17話 逃走劇

 俺達は大通りを歩く。先程のことは一旦考えないようにした。今はこの雰囲気を楽しもう。


 金はないから何も買うことができないのが残念だが、見ているだけで楽しいものだった。


 この国も結構いいものだなと思っていた。この時までは。


「おい、そこの君!」


 後ろから声が聞こえる。俺が呼ばれている気がして、振り返るとそこには凛々しい女性がいた。


 綺麗な水色の髪、白い鎧を着ており、腰には長い剣を携えている。風になびく水色の髪が彼女の纏う空気を華やかに彩っている。


 この人は騎士か、その類か。


「俺か?」


「ああ、そうだ。少し話が聞きたい」


 すごいはきはきと喋っている。そして俺たちの周りだけ静かになっている。皆が目の前の女性に目を奪われている。


「はぁ……」


 俺は溜息をつく。そして彼女の方に近づく……


 と思わせて、ハルの手を取り、反対方向に走り出した。


「――!? やっぱりか!」


 再び追いかけっこが始まる。


 俺はハルをお姫様抱っこし、建物の屋根へと飛び上がる。


 そのまま屋根伝いに走って逃げる。


 後ろから足音が聞こえる。少し振り返ると、さっきの彼女が追いかけてきていた。


 生半可なダッシュじゃ逃げられそうにない。どうするべきか。


 俺は屋根から降りてすぐそばの物陰に身を隠した。


 走って逃げてもいいが、あの人の方がこの国の地理をよく知っているはずだ。俺の行きそうなところに先回りして他の騎士を配置していてもおかしくない。


 この人は侮ってはいけないと直感で感じていた。


 俺は息と気配を殺す。ハルは目を回してぐったりしている。


 トン、と軽い音がした。恐らく彼女の着地音だ。さすがに走り去ってはくれなかったか。


 今の俺たちががいるのは町はずれのようだ。ほかの通行人が見当たらない。


 いや、もしかしたら、


 刹那、背筋にゾゾゾと悪寒が走る。ヤバい、バレてる。


「『フリセッド』!」


 俺はハルを抱え隠れていた場所から飛び退いた。


 次の瞬間、さっきまで俺たちがいた場所に大量の氷柱が飛んでくる。


 その氷が地面にぶつかると同時に固まり、それによってさっきまで俺たちがいた場所には大きな氷塊が生まれていた。危なすぎるだろ。


「外したか」


 見ると先程の騎士がこっちを見ていた。やはり気付かれていたか。しかしどうする。


「『フリセッド』!」


 彼女の周りに氷柱が現れ、俺たちに向かって飛んでくる。


 慌てて避ける俺。ハルを抱えているため俊敏な動きはできない。


 戦うか? いや、ここは……


「!? おい、逃げるな!」


 騎士が声を張り上げるが、俺は彼女に背を向け、再び屋根の上へ。


 それに気づいた彼女も急いでジャンプしようとする。


「『フリセッド』」


 俺は唱え、邪魔をする。


 すると、俺の周りには先程よりも大きな氷柱が生まれ、彼女に向かって飛んでいく。


「うわっ!?」


 彼女は飛び上がることをやめ、避ける。しかし、バランスを崩して転倒。


 俺はその隙に屋根に飛び乗り逃げる。


 ここは町外れ、町の喧騒から遠く離れている場所。そしてすぐ近くには城壁。


 俺はその大きな壁に向かって走った。


「ッ!? 待て!」


 俺がどうするつもりかわかったのだろう。後ろから声が聞こえる。でも、俺は待つほど優しくない。


 ハルを抱え、急いでこの国の外へと駆け出した。








 そびえ立つ高い壁。50メートルは優に超えているだろう。さて、どうやって乗り越えるか。


 俺は走りながら考える。


 そして一つの結論を出す。


「え? ちょっ、本気?」


 ハルが慌てたような声を出す。何をするかわかったのだろう。


「喋るな、舌を噛むぞ」


 俺はそれだけ言うと、強く地面を蹴ってジャンプした。


 目指すは壁の上。自分の力がどれくらいか把握出来ていないが、きっと届くと確信していた。


 そして俺は着地した。壁の上に。何も遮るものはなく、強い風が体を押してくる。


 辺りを見渡すといくつか見張り台のようなものが目に入る。あ、人が出てきた。


 俺は壁の外側へ向かった。ハルは俺の腕の中で震えている。


 結構高い。奥には森が広がっている。


 まあ大丈夫だろ。この身体能力だ。怪我をすることはあるまい。


「ちょっと待って、ほんとに?」


 ハルは俺が何をするか悟ったのだろう。軽くパニックになっている。もしかして高いところが苦手なのだろうか。


「大丈夫。落ちるのは一瞬だから」


「そういう問題じゃないの!」


「いいから、喋るなよ。危ないぞ」


 それからハルは静かになった。全てを諦めた顔をしている。そこまで怖がらなくても。


「おい!こんなところで何をしているんだ!ここは立ち入り禁止だぞ!」


 声が聞こえたほうを見てみると軽く装備を持った男が向かってくる。


 見張りの人だろうか。少し時間をかけすぎたみたいだ。


「すいませーん。すぐ出ていきますので。じゃあ」


 俺は警備の人にそう言い残し、壁の外へと飛び出す。


「キャー!!」


「おい!何をしている!」


 ハルの悲鳴と警備の声が混ざり合う。


 そんな中、俺たちは壁の外に落ちていった。

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