才能感染
@syu___
第1話
意味なんていらない。きっとこれはそうゆうものだ。
マサルは心の中でそう唱えながらスケッチブックと睨み合っていた。まだ九月の上旬だというのに、秋の始まりを告げるかのような鈴虫の鳴き声も、肌によく馴染む少し冷たい風も、センチメンタルになれるこの季節の全部が好きだ。ずっとこの季節が続けばとさえ思う。
「部長、象のところに鍵掛けときますね」
美術室には顧問の先生が作った作品が散りばめられている。象の鼻が鍵かけになっていたり、黒板消しクリーナーには虎のしっぽが生えていたり。
「ありがとう」
振り向きながら彼女に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でそう返した。
下校時刻を過ぎ、静寂に包まれた部屋に残された『俺たち』はお互いに睨み合っていた。十月一日に行われる文化祭の展覧会と、十月十日締め切りの全国高校生絵画コンクールの出展。一年生では初出展ながら銅賞、二年生では銀賞を受賞した俺は、高校生初の三年連続受賞がかかっていた。コンクール後に特別刊行される論評雑誌の論評で選考員たちは、こぞって『模写力』という文字を多用し作品を評価した。その力が鍛えられたのは、幼い頃から目に見えるものしか描いてこなかったからで、それを苦と思ったことは一度もなかったし、描く度に母さんに褒められたから上達したのだと思う。
ただあまり他人の評価を気にするわけでもなく、賞欲しさに絵を描いているわけでもなかった。だから毎年、期待などの類の感情は一切持たず、ただひたすら思うままに描いていた。
だけど今年は違う。この絵一枚で、未来が変わる。なのに、そんな未来への懸け橋となるはずのキャンバスは、未だ真っ白なままだった。
毎年三年生には最後のコンクールに集中してもらうためにと、文化祭の出展テーマも同じにするのが創部当時からの流れになっていた。そして今年のコンクールのテーマは『救い』。他の部員が描くそれは、家族や、親友の人物画であり、俺にとってもそれは違わなかった。
ただどうしてもそれを描くことに、戸惑いと矛盾が俺を許してくれずにいた。
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