第8話 お医者さんごっこと、ひかりちゃんの夢
「やっぱりぐあいわるいの? ひかりがしんさつしてあげよっか?」
「へ? 診察?」
「うん、だからみやちゃん……おようふくめくっておなか見せて?」
「へ? え? んぁぁぁぁぁなぁぁ!?」
最愛の美夜様に転生してしまったという事実に頭を抱えていた私を待ち受けていたのは、大好きなアイドル(幼)からの、お医者さんプレイのお誘いだった。
おおう、何というハレンチーノ! 唐突なお医者さんプレイ!?
「え、でも、そんな……私たちまだ子供だし……そういうのはまだ早いと思うの……」
しかもトイレでだなんて、人としての尊厳を踏み
「??? みやちゃんなにいってるの?」
デスヨねー。こんな汚れたオタのボケなんて通じませんよねー。
深く反省しまっす。
□■
「じゃあわるいところがないかしらべるから、おなかだして」
さすがにトイレでは不味いということで教室に戻ってきた後、ひかりちゃんは私を椅子に座らせ診察準備(?)を始める。
両手をワキワキさせて、妙にやる気を出しているひかりちゃん。
頭を抱えている人間に対して、お腹を見せてとはいかがなものかとは思うが、その目は真剣そのものだ。
「わたし大人になったら、かんごしさんになりたいんだー。だから、みやちゃんにはそのじっけんだいになってほしいんだー」
「実験台って……」
練習台じゃないんだ。マッドにサイエンスな香りがするなぁ。
あ、でもひかりちゃんの実験体にならなりたい気も……あんなところやこんなところ色々改造されちゃったり? うへへ。
…………って、あれ?
「え、あれ? ひかりちゃんの将来の夢って看護師さんなの? アイドルじゃなくって?」
「アイドル? んーと、アイドルは大好きだし、アイドルになれたらゆめみたいだなーって思うけど……わたしなんかがアイドルになれるわけないし……」
「いやいや、そんなことないよ。ひかりちゃんには絶対アイドルの才能あるよ!」
実際にあなたはカレプリの世界では、日本を代表するトップアイドルの一人だったんだよ!?
「えへへ、そう言ってくれるのはうれしいけど……ひかりにはむりだよ。かわいくないし、歌もダンスもはずかしくってうまくできないし……だから、ひかりのいちばんはかんごしさんだなー。そう言ったらママもよろこんでくれたし」
「そ、そうなんだー。い、いいよね、看護師さん」
ひかりちゃんの夢が、アイドルじゃなくて看護師?
それってどういうこと?
カレプリの設定では小学生の頃から美夜様とひかりちゃんはアイドルを目指してレッスンに励んでいたはずだ。
なのに…………いや待てよ。そうだ、思い出した。
確かに設定資料には、ひかりちゃんの子供の頃の夢は看護師だったと書いてあった気がする。
それが心変わりしたのが小学一年生の冬。
バレエの全国大会で優勝した美夜様の姿に感動して、芸能の道を志すことになったって、確かに書いてあった。
「って……ん? それって……まさか?」
ひかりちゃんがアイドルを志した理由は美夜様なわけで。
美夜様がバレエの全国コンクールで優勝しなかったら、ひかりちゃんはアイドルを目指さないわけで。
そして今の美夜様は私なわけで……。
あれ? だから、要するに、この冬に開催されるバレエの全国コンクールで、私が優勝してみせないと、ひかりちゃんはアイドルにならないってこと?
──天下のお散歩アイドル、日野ひかりちゃんがこの世界に誕生しないってこと?
……。
…………なんそれ!?
それって世界の損失じゃない?
お散歩アイドル日野ひかりちゃんが、存在しないカレプリの世界。
――――――そんなの私は絶対に嫌だ。
「ひかりちゃん、訳が分からないと思うけど聞いて。私、今度バレエを習うの。それで日本一になってみせる。この世に無理なんてことは無いって、私が証明してみせる!」
「み、みやちゃん? きゅうにどうしたの?」
急に熱く語り始めた私に、ひかりちゃんが困惑の声を上げる。
「だから、もし私がバレエで日本一になれたら、ひかりちゃんもアイドルなんて無理とか言わないで欲しい!」
考えるより先に、口をついて言葉が出ていた。
──スタープリマ、日野ひかりの存在しない世界。
それは、カレプリを命懸けで愛した者として、絶対に受け入れられない未来。
けど、そんな未来が訪れる恐怖よりも、ひかりちゃんが『自分はアイドルになれない』なんて諦めた顔で言うのが、もっとずっと私には耐え難かった。
設定がどうとか、本物の美夜様ならこう言うだろうとか――そんなのは全て後ろに置き去りにして、ただひたすらにひかりちゃんに伝えたかった。
貴女はこの世界にかけがえの無いアイドルなのだと。
その小さな身体には、無限の可能性が秘められているのだと――。
□■
小学校が終わると同時に、私は教室から飛び出した。
校庭を、商店街を、住宅街を、小さな歩幅で全力で走り抜ける。
私は大きな決意の元、小さな拳を握りしめていた。
頭の中はひかりちゃんのことで一杯だった。
本物のカレプリの世界に、本物の黒帳美夜様に転生してしまったという自分自身の不安や戸惑いなんかは二の次だった。
家に帰った私は、ランドセルを降ろすのも忘れてリビングのドアを開け放つ。
そして、キッチンで鼻歌交じりにチョコチップスコーンをこしらえていたお母さんに大声で叫んだ。
「ママ、お願い! 美夜バレエやりたいっ! 冬の全国大会まであと半年、私がバレエで日本一にならないと、この世界の太陽が永遠に失われてしまうのよっ!」
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