第9話 目指せ、バレエ日本一

『私がバレエで日本一にならないと、この世界の太陽が永遠に失われてしまうのよっ!』


 我ながら中二臭い台詞を吐いてしまったものである。

 ママ、メッチャ引いてたからね。

『綺麗に産んでくれてありがとう。黒帳美夜はアイドルになります!』発言のときもちょっと引きつった顔してたけど、今回はそれを遥かに越えていた。

 何しろ私が寝たのを見計らって、両親が家族会議してたくらいだ。


『うちの娘ちょっとおかしいのかしら?』


 ──って、中々にショッキングな会話聞こえてきちゃってたからね。


 まぁ、おかしいか、おかしくないか、と問われれば、前世の記憶なんぞ持っている私は十二分におかしな子供なので、両親には申し訳ない気持ちで一杯だったりするのだけれど……。


 こんな娘で、ホントすんません。


 それはともかくとして、それから一週間後、私は無事バレエのレッスンを受けさせてもらえることになったのだった。



 □■


 ひかりちゃんをアイドル界に誘うため、私がバレエ教室に通い始めてから、あっという間に三か月が過ぎた。

 レッスンの進行状況は順調。

 私はめきめきと力をつけていった。


「バレエ地獄の日々と引き換えにだけどね……」


 準備運動を兼ねたバーレッスンを繰り返しながら、私はひとちる。


 自分で言うのもなんだけれど、さすが美夜様の身体。

 物覚えが滅茶苦茶早いし、運動神経も抜群――とはいえ、全くの素人状態から日本一を目指そうというのだから、まともな練習量で間に合うわけもないのは当然の話だった。


 毎日毎日バレエ漬けの日々。

 レッスンは週三日――なのだが、レッスンが無い日も毎日、何時間も自主練しなければならない。

 オーバーワークなのは分かっていた。

 憑りつかれたようにバレエのレッスンに励む私を、両親が心配していることも知っている。

 でも、それでも。ここで私がへこたれたら、ひかりちゃんがアイドルになるという未来が露と消えてしまうかもしれない。

 そんな恐怖心が私が足を止めることを許してはくれなかった。


 ──だって、どうしても……それだけはどうしても嫌なのだ。


 日野ひかりというアイドルの居ない世界。

 それを思うだけで、心臓が氷の手で締め付けられるような感覚に襲われる。叫び出しそうな感情に狂いそうになる。

 

 前世ではカレプリだけが私の生き甲斐だった。


 辛くて苦しいばかりの毎日の中で、カレプリだけが私に夢と希望を与えてくれた。優しくしてくれた。抱きしめてくれた。

 アニメやゲームが優しい?

 抱きしめてくれた?

 コイツは何を言っているのだ、と思われるかもしれない。


 でも、本当なんだ。


 ゲームやアニメの世界に浸ってるからお前は駄目なんだと、叱責されたことも何度

もあった。


 でも、そうじゃない。そうじゃない。

 あの世界が、カレプリがあったから私は何とかあの日まで生きていられた。

 カレプリが無かったら、きっと私はもっと早くに折れて、ひしゃげて、朽ち果てていた。

 たとえ一方通行の愛だったとしても、私は確かにカレプリに、そこに生きるアイドル達に包まれ、支えられていたんだ。


 ──だから守りたいと思った。


 死んだ私が今を生きるこの世界が何なのかは分からない。

 私が黒帳美夜としてこの世界に転生した理由も分からない。


 ――神様が私の願いを叶えてくれた?

 ――本当の私はまだ黒岩宮子で、病院のベッドでただ夢を見ているだけ?

 ――それとも、私はとっくに気が狂っていて、妄想に憑りつかれているだけなのか?


 考えればキリがない。想像や推測だけならいくらだってできる。

 でも、そんなことはどうでも良かった。


 この世界が何なのかとか、どうして私がカレプリの世界に転生したのかとか――どうでもいいんだよ、そんなことは!

 とっくに考えるのを止めた。

 考えても意味がない。

 だって、私は今ここに生きていて、目の前に絶対に成し遂げなければならない目的があるのだから。


 そんな強迫観念にも似た激情に駆られ走り続けた。

 そうしている内に、バレエの全国コンクールが開催される冬の季節がやって来たのだった。



  □■


 カレプリの世界を守るという決意のお陰か、遂に私は半年に及ぶ猛特訓をやり遂げることができた。

 全国バレエコンクールはもう目前まで迫っていた。

 仕上がりは上々。実力さえ発揮することができれば、私のコンクール優勝は固いだろう。


 けれど、コンクールの前日。


 ハードワークが祟ったのか、私は足首をねん挫した。一歩足を踏み出すだけで脳髄に電気が流れるような痛みが襲う。

 でも私は、怪我をしていることを先生にも両親にも内緒にしてコンクールに出場した。


 結果、私のコンクールは入賞することも叶わず、最下位の成績で幕を閉じたのだった。

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