第23話 半端魔導師と魔導参謀・一

「ギルマン隊は発煙手榴弾で混乱を起こすと共に警備兵の無力化を頼む。ノイチュ隊は警備の魔導士官を先制で抑え、蒸気ポンプを停止させろ。ホイス分隊は通信室を占拠して後続部隊の増援を送る。その間に僕と中佐は槽の足場に登って魔導参謀を相手する。絶対に槽を傷つけるな。圧縮魔素の内圧に耐える厚さの硝子なら小銃弾では傷つかないだろうが、衝撃から爆発が起きるかも知れない」


 テオドールは手短に告げると、メルセデスに向かって手早く頷く。

 メルセデスもその意図はわかったようで、頷き返して、肺から声を震わせてときの声を上げた。


「トプカプ州軍である! 全員大人しくしろ!」


 その言葉と共に、ギルマンと歩兵部隊が飛び出て、呆気にとられた近くの警備兵を擲弾筒槍グレナディーランスの柄と騎兵銃の銃床で昏倒させる。


「イベア・ユクム! 吹き荒れろ『暴風オルカン』!」

 

 ノイチュは伸縮式の大杖を広げ、大杖を持ち魔導科章をつけた警備の魔導士官に向かって中級風魔法を浴びせる。

 魔導士官は応戦する間もなく、ノイチュの風魔法で巻き上げられたボンベに身体を打ち付けて倒れてしまった。


『クレスタⅨ』はメルセデスの一声の後に、完全な混乱状態に包まれていた。

 

 その隙を狙って、テオドールを背に乗せたメルセデスは青白く光る槽に向かって一直線に走る。

 混凝土コンクリートの床をけたたましい音を立てて蹄鉄で蹴り、配管や資材を飛び越え、工場の中に敷き詰められた鉄の線路を避ける。

 銃声が聞こえ始めると、メルセデスはふう、と息を深く吸い、速度を上げた。鼻孔と口内に濃いラベンダーの匂い――圧縮魔素の精製臭が広がる。

 速度を上げた途端、メルセデスを狙い撃とうとした兵たちの銃弾は後ろへとぴゅんぴゅん飛んで行き、混凝土コンクリートの床や配管に穴を開ける。

 しかし、銃を構えた警備兵は前にも、上にも居るのだ。

 三方向から銃口が突っ込んでくるメルセデスを真正面で捉えて、兵士の手で三つの槓杆ボルトが引かれる。

 兵士の指が躊躇ためらいがちに引き金を引く直前、彼女の背のテオドールが『アッシャー・ヘイロー』を鞘から抜き放つ。

 

「ベアル・タルテ!」


 ぱんぱんぱん! と施設に反響する連続した射撃音とほぼ同時に、起動文と共に三発の白色の衝撃光弾エネルギーボルトが引き金を引いた兵士に向かって飛んでゆく。

 衝撃光弾は無煙火薬の銃弾より格段に遅いし威力も低いが、魔素を物理エネルギーに変える魔法であり、その物理エネルギーは銃弾のエネルギーを完全に減衰させられる。


「ベアル・タルテ!」


 次弾が来る前にテオドールの起動文が、メルセデスが右手で槓杆ボルトと引き金を同時に持つ奇妙な持ちかたで騎兵銃の槓杆ボルトを引く音が洞穴に響いた。

 

 ぱん! がしゃ ぱん! がしゃ ぱん! がしゃ


 メルセデスは左手で銃をしっかり握ると、引き幅の短い槓杆ボルトを右手の中で踊らせ、中指で引き金を引く。回転式拳銃リボルバー並みの連射速度で銃弾が発射され、正面の警備兵は次々倒れる。

 九六年式騎兵銃のアンジーリア王国式の特殊な作りの槓杆ボルトを使った「狂った一分間」マッド・ミニットと呼ばれる速射技術を、メルデスはこの数日の間に会得していた。

 もともと巨大な騎兵槍ランスを片手で持つ腕力と体幹の持ち主だ。騎兵銃をまるで少し大きめの拳銃のように扱って、疾走しながらも中央軍の脚や脇腹を撃ち抜いてゆく。

 

 テオドールの衝撃光弾も上の足場からメルセデスを狙う警備兵を昏倒させる。光弾は銃弾よりはだいぶ遅いが、人馬が最高速で走ってやっと逃げられる速度のものを人間が咄嗟に避けることは出来ない。兵士たちは腹や頭に衝撃光弾を食らって昏倒し、その場に倒れ込んだ。


 出来れば警備兵を殺すことはしない。それは侵入要員全員が共有する暗黙の了解だった。


 最後の銃弾を撃ち尽くしてから槓杆ボルトを引き、装弾クリップが後ろに飛んでゆく。その頃にはもう巨大な魔素圧縮槽の上に続く階段の下に、メルセデスは辿り着いていた。


「ここから上は僕がやる! メルは下からの邪魔を止めて欲しい!」


「はい!」


 メルセデスの背から飛び降りると、テオドールは『アッシャー・ヘイロー』を右手に握りしめたまま槽の上部の足場に続く鉄階段を駆け上る。

 後ろからじゃきん、と装弾クリップを入れる音が響く。階段の踊り場に辿り着くと、遠くで発煙手榴弾が焚かれ、アルマが天井クレーンを盾に発煙手榴弾を次々と投げつけているのが見えた。

 ギルマンが灰銀の鎧で銃弾をはじき返し、警備兵を次々昏倒させている。洋酒色の制服は機敏に動き回っては、戸惑いと混乱に陥っている銃を持った黒色の制服の兵を新式の騎兵銃で次々撃ち倒す。


「カルグ・パウナ! 『風弾ヴィント・ボルト』!」


 下の様子に目を取られていた瞬間、頭上からテオドールの耳に聞き覚えのある起動文きどうもんと初級風魔法の呪文が飛び込んでくる。

 

「ベアル・タルテ! 『風弾ヴィント・ボルト』!」


 すぐさま相殺するように、声のした方を向いて、飛んでくる圧縮された空気弾に、同じ空気弾をぶつける。

 魔素はすぐに練られ、呪文を口にした途端に空気弾は飛んでいった。

 彼を狙った空気弾はテオドールの直前で相殺し、空気の爆発が起こる。テオドールの耳は耳鳴りと痛みを覚えたが、それを堪えてテオドールは頭上を見る。


 もうその顔ははっきり見えていた。

 士官学校時代には寮の八人部屋の同室で、高い背丈と優男風の風貌で浮名を流した学友。イザーク=ハント。眉を吊り上げ、唇を震わせ、銀の大杖をこちらに向け、魔法ダイナモの引き金に指をかけてている。

 それは何かを堪えているような表情だ。

 その脇にはまだ四十がらみであろう、立派な禿頭に樹脂フレームの丸眼鏡をかけた、真鍮の飾りと魔法ダイナモを備えた大杖を持つ参謀が姿勢を崩さず、テオドールを見下ろしていた。


「イザァァァク!」


「テオドーール!」


 息を切らせて階段を登り切ると、二人は対峙する。


「――何故ここに来た! 軍令部長の差し金か!」

 自棄やけなのか、焦りなのか、余裕のない声でイザークが叫ぶ。

 

「トプカプ州のためだ! お前たちこそこんな施設を作って何をしている!」


「我々はこの施設の稼働をジグムント=レンハルス少将殿下とレンハルス皇帝家の御名の下に行っています。州軍ごときが介入できることと思わないことですな。テオドール=フォン=ミュッケ州軍少佐」


 そう口にしたのはイザークの隣の参謀だった。


「貴方が『クレスタⅨ』の統括か」


「立場上そういうことになります」

 テオドールの問いかけに、禿頭の男は仏頂面を崩さぬままに訥々とつとつと続ける。

「クルト=フォン=ミュッケ中将付き主任参謀。ヘンリック=フォン=グロックナー中佐です。お見知りおきを、ご令息殿」


「そういう訳か」と呟くと、テオドールは槽から零れた魔素がグロックナーとイザークに集まるのを感じ、自らも魔素を集めた。


 イザークと、そしてグロックナーにもテオドールの「やり方」は恐らく見破られている。『疾脚オルカン・ベイン』を使った立体戦闘はこちらに分があるが、対策されているはずだ。

 それでも、仕掛けるならばそれしかない。テオドールは起動文を小さく呟いた。

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