第13話 ニニエル高地の戦い・三

 山砲の砲声と爆裂魔法の音はニニエル高地を一瞬で戦場と変えた。火薬の匂いを伴う白煙があちこちから吹き上げ、着弾と共に岩肌が抉れ、吹き飛ばされる。群れて崖を駆け下りたマンティコアも何匹も巻き添えになったが、それでも足りない。


「当たれば照準は適当で良い! 乱戦に持ち込む前に数を減らせ!」


 メルセデスの大音声におうぅ! と大隊の兵たちが応える。


 砲声は連続して続く。着弾音に交じって、ぎょぇあ、と言う断末魔が聞こえ、高地の冷たい風に火薬の匂いに加えて血生臭さが混じる。岩肌にべったりと魔獣の肉と内臓が飛び散ったものが張り付いて、紫と桃色のいやな花があちこちに咲いた。


「ベアル・タルテ。『耳蓋オーヘンシュッツァー』」

 爆裂魔法で鼓膜が痺れて、メルセデスの下令すらおぼろげにしか聞こえなかったテオドールが、遅れて防音魔法をかける。

 本来は爆裂魔法を使う時は最初にかけるのだが、『耳蓋』で音の感覚が狂うのを嫌うためにこの手順を省く魔導士官は意外に多い。テオドールもそのクチだ。

 しかし今回ばかりは砲声と着弾場所の近さにあまりに耳が痺れるために使うことにしたのだ。

 そして再び『アッシャー・ヘイロー』を構えて、魔法ダイナモのハンドルを引く。

 マンティコアが岩肌を駆け下り、陣に迫るまでは時間勝負だ。魔素を悠長に集めている時間はない。

 

「ベアル・タルテ! 爆ぜ我が敵を蹴散らせ! 『業爆炎ゴズ・エクスプラ』!」


 狙ったところに爆炎が上がる。成体の平均的なマンティコアが群がるその中心が爆ぜて、爆発と炎でマンティコアが数匹単位で焼かれ、気味の悪い花がまた咲く。

 もう一発、もう一発。乱戦までのタイムリミットまで魔法ダイナモのハンドルを引き、爆裂魔法をマンティコアの平均的な成体の集まる中心に叩き込む。

 反動の精神痛に歯を食いしばりながら、しかし目標を定める。

 できるだけ群れの個体の数を削るためには、テオドールの中位爆裂魔法程度でも吹き飛んでくれる平均的な個体を狙って片付ける必要がある。


「ベアル・タルテ! 爆ぜ我が敵を蹴散らせ! 『業爆炎』!」


 六発目の魔素管を使い切り、魔素管の装填クリップが、ちぃん、と音を立てて弾け飛ぶと同時に、テオドールはその場に崩れるように膝をついた。

 中型魔素管でも六発を短時間で使ってしまったことで、神経と肺が悲鳴を上げている。

 喉を押さえ、荒い呼吸を繰り返しているうちにノイチュが駆け寄る。


「大丈夫ですか、少佐!」


「こっちを心配する暇があるなら範囲魔法を撃ち込め! もう降りてくるぞ!」


 自分を心配してくれるのは嬉しかったが、今はその時間じゃない。もっと魔法を撃ち込むべきなのだ。

 ノイチュはテオドールの絞り出すような下令に、慌てて大杖を構えて範囲重圧魔法を唱える。


「面制圧戦で数を削げれば御の字……だけど、これはかなり面倒だぞ」


『アッシャー・ヘイロー』を杖代わりにして、膝をついたままテオドールは喉を押えながら呼吸を整える。

 山砲と迫撃砲と擲弾筒の砲声が魔法越しに響き、白色の煙に包まれる陣の先頭で攻撃が続くのをテオドールは睨んでいた。

 砲と魔法で吹き飛ばしたマンティコアは数知れず。しかし砲撃の速度よりマンティコアの崖を駆け下りる速度の方が圧倒的に早く、榴弾や擲弾てきだんをまともに食らった数匹が盾になってしまうこともあり、まだ数十匹もの群れが残っており、先端はもう重装兵の作ったラインに近づきつつある。

 後続へと向かって砲と魔法が撃ち込まれるが、このままではせいぜい群れの半分程度――それも軽砲や中位範囲魔法の効かない強い個体が意図的に残った状態――しか削れないだろう。

 テオドールの予想ではもっと数を片付けられるはずだったのだが、いかんせん頭で考えた予想と現実は違う。

 やっと呼吸を整え、立ち上がると同時にテオドールはベルトにくくりつけた弾薬ごうから魔素管の五発込めクリップを引き抜き、『アッシャー・ヘイロー』の魔法ダイナモへ装填する。

 六発を早々と使ってしまったために、魔素管は残り十発。

 その数でこれらを相手するのは恐らく今までのテオドールなら無理だっただろう。

 しかし、それでも今なら、出来る。

 今の自分には帝国指折りの騎兵であろう小さな人馬がついているのだから。

 自分のそばで大口径ライフルの弾を撃ち尽くした彼女はライフルを肩に担ぎ、馬体の鎧に固定されていた突撃槍ランスを引き抜く。

 

「テオ、精神痛は治まりましたか?」


「……なんとか、考えが巡る程度には」


 メルセデスの声に、テオドールが答える。

 もはや群れの先端と重装兵のぶつかり合いが発生している。大型個体の桁外れの腕力で殴られ、灰銀の鎧を獣魔法ベズ・ヘクスで溶かされ、昏倒したり戦闘に支障が出ている重装兵も既に居る。

 いくら頑丈さが売りの猪人ザウマンもさしもの大型のマンティコアには敵わないということか。

 歩兵の小銃の銃剣も重装兵の擲弾筒槍グレナディーランスも通常のマンティコアならともかく、大型個体には通じていない。

 どころか獣魔法で皮膚を灼かれ絶叫したり、殴られたり、毒針で倒れる歩兵の姿も散見される。

 もう乱戦は始まっている。


「私たちの出番ですよ。早く背に跨がってください」


「ええ」


 テオドールは長靴をメルセデスの背から下がった鐙にかけて、手綱を左手で握ると、手綱を緩め、まだ少し重い右腕で『アッシャー・ヘイロー』を下向きに構える。

 管室の魔素管は五発。連発さえしなければ身体も保ってくれるはずだ。


「行きます!」


 だん! とメルセデスの蹄鉄が高地の地面を蹴りあげる。

 突進力を一気につけて、メルセデスは歩兵隊の中央に割って入り、歩兵を投げ千切って蹂躙じゅうりんする三チャーン半にも届きそうな大型の雄のマンティコアを目指す。

 メルセデスは突撃槍を低く構え、テオドールは逆に振りかぶるように『アッシャー・ヘイロー』を構えた。


「ベアル・タルテ! 我が杖より出よ『業火ゴス・フランメ』!」


 テオドールの打ち込んだ中位火球魔法は三チャーン半のマンティコアの岩色の毛皮に火を点ける。毛皮全体に火が回り、ぎょぉぉぉぉ、と耳障りな悲鳴を上げるマンティコアが視界の中でどんどん大きくなる。


「さっき使い過ぎたからな。お前に魔素管は使うつもりはないよ」


 マンティコアの身体が視界いっぱいに広がると共に加速が増す。

 

「やあああああっっ!」


「うおおぉぉぉぉっっ!」


 メルセデスの前脚が、後脚が跳ねた。

 テオドールは思い切り手綱を握って振り下ろされまいと姿勢を固定する。

 

 飛び跳ねたメルセデスの突撃槍がマンティコアの腹を思い切り貫き、数瞬の後に振り下ろされた灰銀の剣の切っ先がマンティコアのくびねた。

 断末魔の響きも無く、ぐらりと頸を失った胴体が後ろに倒れる。


 だん! と着地し、頸を撥ねられた骸から突撃槍を引き抜いたメルセデスと、刃に付いた紫色の生臭い血を振るって払うテオドール。その目は次の目標を探している。


「次はどれを狙う?」


「今ギルマン准尉たちが抑えている大型は無視しましょう。私たちが狙うのは――アレです」


 メルセデスが突撃槍の先を向ける。

 

 ニニエル高地の土の上にその両脚を降ろした、五チャーンにも届く筋肉質の巨体。

 そしてそれに寄り添うように立つ、ぎゃあぎゃあと声を上げて口から黒い液体を飛ばす、緋色の乳房と膨らんだ腹を晒す先程の固体と同じ程の大きさの雌のマンティコア。

巨人ゴリアテ』と『魔女ヘクセン』――自分達が狙うべき相手だ。


「テオの精神と私の体力がまだ保っているうちに、息の根を止めましょう」


「ああ、そうしよう」

 テオドールが口元にやけっぱちの笑みを浮かべる。

「本隊の重砲でもアレを吹き飛ばせるかは怪しいだろうし、素通りなんてさせられない。……それに、あいつらを相手するだけで魔素管が尽きそうだ。早いうちにやっとかないと」


「ですね、決まりです」


 こくりと頷くと、メルセデスは再び槍を低く構える。


「ベアル・タルテ!」


 上向きに構えた『アッシャー・ヘイロー』から白色の衝撃光弾が『巨人』と『魔女』の顔面目がけて飛ぶ。

 勿論ダメージが入るなんて端から思っていない。注意をこちらに引き付けるためのつぶてだ。

 そして案の定、礫を受けたマンティコアの番は、それを放った目障りな鹿もどきと体毛の無い猿もどきの方に注意を向ける。

 ぎょおおおおおおぉぉぉぉぅぅ!! と、低い機械音のような二つの雄叫びがニニエル高地を揺るがした。

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