第2話 オヴェリフルにて・上
州都の中央駅にありがちな鉄の大屋根を持たず、白い火山質の岩で出来た平べったい駅舎のオヴェリフル中央駅は、今が昼間と言うのもあって、昨晩出発した城壁を望むイヴァミーズ西駅と比べると随分開放的で明るく感じる。
その明るさと開放感がテオドールの心の緊張を一瞬だけ解きほぐしてくれた。
「それではテオドール様、我々はここで。スウィンケ行きの汽車がすぐ出てしまいます故」
コッフィー夫妻が深々と頭を下げるのを内心申し訳なく感じながら、「お気をつけて」と言葉を返すテオドール。トランクを抱えて近郊線のプラットホームに向かっていくコッフィー夫妻にを手を振り、見えなくなるまで目で追う。
――僕よりもマイスター=コッフィーの方がずっと凄い人だし、僕はたまたまミュッケ伯家の長子に生まれたと言うだけなのに、ああ
言葉に出来ないわだかまりを覚えたまま、汽車の到着表を見上げる。首都ユーヒラルからの急行列車は十数分前に到着しているらしい。
と言うことは、この呼び出しに立ち会う首都住まいのミュッケ伯家の人間はもうこの駅に着いていると言うことだ。
――父上が来ているか、それともあいつが来ているか。
そのどちらにせよ憂鬱の種には変わらない。
父ならば緊張と萎縮の限りであるし、彼女ならば言い返せない
テオドールはトランクと長物の入った布袋を改めて担ぎ直すと、駅舎に入る。
賑わいを見せる中央駅の人混みの中で人間を見つけるのは時間がかかりそうだと思った。
けれども、駅舎の吹き抜けの中央に設けられた蒸気時計の下に、人の頭から飛び出た目立つ銀の
テオドールは重い足取りで蒸気時計へと歩を進める。
蒸気時計の下には、やはり見知った姿が立っていた。
きめ細かい綺麗なアッシュブロンドを三つ編みにし、その先端を
女性としては平均的な背丈ではあるが、脚を真っ直ぐに床に着け、自然に胸を張り、全身から自信を満ち溢れさせているその姿勢のおかげで実身長よりもずっと背が高く見える。
そんな彼女は、魔法ダイナモの
「あら、テオドールお兄様。やっぱりのろまなご到着ですこと」
「お前は汽車の到着時刻表も読めないのか、エリス」
「お兄様こそ汽車の時刻表くらい読めなくて? 目上の者を待たせるなんて普通はしませんこと。私の着く前日にオヴェリフル入りするくらい当たり前ですわ」
エリス=フォン=ミュッケは悪びれもせず、目の前の旅行着とトランクを手にした兄を侮るような笑みを浮かべていた。
「杖を隠して旅行着なんかで来たなんて、よっぽど州軍少佐の制服で来るのがみっともないと思ったのかしら?」
エリスが皮肉たっぷりにテオドールに向かって言う。
「目立つからだ。僕はお前のように軍服と杖で悪目立ちはしたくない」
「あら失礼」
丸みを帯びたテオドールと同色の灰色の瞳が細まる。
育っているうちに謙虚さという言葉をどこかに忘れてきたんじゃないかと言うくらい、この実妹は自信過剰で自意識過剰だ。
だがその自信も自意識も根拠なくついたものではなく、力強い裏付けの上にある。
魔導科
二十五歳の女魔導師がそれを身に纏うと言うだけで異例づくしだ。
これこそがエリスの魔導師としての非凡さの裏付けだった。
「……僕は父上が来ると思っていたのだが」
「クルト=フォン=ミュッケ中央軍中将は皇弟殿下のご提案の実現にお忙しく、クルト中将の代理としてこのエリス=フォン=ミュッケ中央軍少佐が同席することとなりましたの。わかりまして? ミュッケ州軍少佐?」
わざと階級を読み上げるエリスに、テオドールは「そうか。お忙しかったか」と返す。
つまりエリスの言いたいことは、遠回しに兄へ自分の方が立場が上なのだと示したいのだ。
帝国中央軍及び海軍と帝国諸州軍では同じ階級章でも、中央軍の方が二階級上。
本来は諸州の魔獣被害などの有事や戦時の臨時編成の統率を円滑化するために有事限りとして設けられた制度だが、それがいつの間にか帝国内では慣例となっている。
エリスは目の前の兄に慣例を通じて、自分の立場と優秀さを誇っていると言うわけだ。
テオドールからすれば何を今更と言いたくなるが、エリスは何よりこの事を証明したいらしい。
たった二年生まれた時期と順番が違うだけで、優秀な自分が伯家の長子になれず、自分より劣った兄が長子であることが悔しい。と度々口にするエリスには。
「もう宜しいです、解りました。ただしシュリーフ候のご息女を待たせたくないのでこの話は追々いたしましょう。ミュッケ中央軍少佐殿」
テオドールは
エリスはふん、と鼻を鳴らして竜銀の大杖をかん、かん、と鳴らして着いてゆく。
駅前の馬車溜まりから二頭立て馬車を拾って、テオドールは
皺のひどく浮いた、浅黒い顔色の中年男の馭者は「エンツェンヴィル城ですね」と訂正するようにぼそりと呟く。
「そう、エンツェンヴィル城」
テオドールは馭者の郷土心を尊重して訂正を受け入れ、二頭立て馬車に乗り込む。エリスも二チャーン半程の長さは軽くありそうな竜銀の大杖を器用に入り口に通して、中に収めた。
「はっ!」
馭者のかけ声と、手綱をしならせる乾いた音の後に馬車は走り出す。
がたごとと揺れる車内で、テオドールは布袋に仕舞い込んだ自分の
この杖に命を託すだけの信頼を持っている。それに父に負けず劣らずの歴戦の将であるマインツ叔父は「お前にあった杖」と評してくれた。
だが本来魔導師が
マインツ叔父はきっと持ち主の使い方に適した杖と言う意味でその言葉送ったのだろうが、テオドールにとっては「半端物同士合っている」と言う風にも取れてしまう。
そう、半端物。退屈そうに町並みを眺めるエリスを一瞬盗み見て、視線を下げ、テオドールは口の中でそう独りごつ。
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