第19話 君臨者


 丹生夜見は、薄く微笑み俺を見る。

 本当に、誰もが振り向く美人な面だ。


「その顔や体形も、ギフトって言われれば納得できるけど」


「見た目を変える様な力は持って無いな。

 健康とか身体を強くするギフトは沢山あるけど」


 祝福継承マルチギフト

 異世界で獲得した力を一つ、ギフトに昇格させる。

 多くの世界に行けば行くほど、丹生夜見は強くなる。


 一条ノアは異世界人を召喚していた。

 けれど、所詮それは足し算の力。

 俺の複製デュプリもそういう意味じゃ同じだ。


 しかし、夜見の力は違う。

 この力は、掛け算で所持者を強くする。


 化物、怪物、最強。


 目の前の女は、核弾頭より怖い存在。

 そう、きちんと認識しよう。


「因みに、幾つギフトを持ってる?」


「30個くらいだよ」


 一条は中学からって言ってたな。

 それで50人と少し。

 夜見が高校から始めたのなら、適当な数値か。

 いや、異世界に行けるからと言って獲得可能な能力が毎回あるとも限らない。


 スキルなんて物がある世界が、普通とは思えない。

 実質的な攻略数は、もっと多いのだろう。


「普通に、ここをクリアするのを辞めろっつってもダメなんだよな?」


「うん。だって、そうしたら君は私と戦ってくれないんでしょ?」


 俺の試練は、こいつを殺す事じゃない。

 俺の目的は、こいつと戦い続ける事だ。


 勝てなくても、勝てそうだと思わせれば。

 そうすれば、丹生夜見は何度も俺と戦おうとする。

 そうすれば、俺はこの世界を守れる。


「あぁ、掛かって来いよ。現最強」


「違うよ。私は今までに確認された歴史上全てのギフト持ちの中の。

 つまり、過去最強の恩恵者ホルダーだから」


「上等!」


 俺は引き金を引く。


 長押しで。

 残った1900発全てを撃ち出す勢いで。

 弾丸では無く光線が照射され続ける。

 オートエイム。

 撃てばロックされた対象にぶつかる。


「ごめんね。

 私に光は効かないんだ。

 天照法印……」


 呟く言葉と同時に、夜見の前に丸い法陣と見た事の無い文字が現れる。


 それにぶつかった瞬間。

 光が拡散していく。


「行くよ」


 一歩。

 夜見が前に出る。


 けど、俺の召喚は済んでいる。


「マナ、くれ」


「うむ」


 杖を片手に出現させる。

 同時にマナが現れる。


 手渡された青い林檎を齧る。

 俺の精神力が回復した。

 これで、複製の召喚上限は回復する。


 まだ、俺には200の複製枠が残っている。


「バトルギア」


 叫ぶ必要は無い。

 けれど300も物があると、選択が面倒で。

 登録された言葉を叫ぶ方が簡単だ。


 7枠に込められたスーツを召喚する。


 両手袋。ブーツ二足。背面プレート。ヘルム。ベルト。

 この5つはこの世界で作られた。

 個人戦闘用高速起動ガジェット。


 黒を基調に紅色の線が入った道具類。

 それを纏う様に呼び出した。


「カッコイイ……ね!」


 加速。


 一歩目とは大幅に違う。

 まるで、瞬間移動するような速度で迫る女。


 しかし、このスーツは空気を吸引し、押し出す事で自分の身体を吹き飛ばす様に高速移動する事ができる。


 その速度は人間の反射速度を越える。

 その為、ヘルムの意識加速の処理は必要不可欠。


 俺の脳波に依存した命令系統により、意のままにエアジェットが噴出する。


 俺が半秒前に居た場所に、軍刀が斬り込まれる。


「女に刃物はあぶねぇな」


「料理とか、得意だよ私」


「人間素材にしても美味しくないだろ」


「大丈夫。美味しく食べて上げるから」


 最初っから美味い素材使おうって言ってんだ馬鹿。


「太陽も星も無いからいいけど、屋外だったらもう死んでたよ。

 もっと頑張ってよ充……呼び捨てって照れるね」


 浮遊しながら、俺と夜見はそんな会話をする。

 で、そろそろいいか。


「時間稼ぎはできたな」


 掌を相手に向ける。


「分かってるよ、私と話したかったんだよね」


 グローブに空気をチャージし。

 塊にして飛ばす。

 その威力は普通の木程度なら、30本近く薙ぎ倒す。


「エアバースト」


「風魔法・エアスラッシュ」


 俺の巨大な風の弾丸と、夜見の放った風の刃が接触する。


 夜見の左右後方が、爆発した。

 刃は消える。

 けれど、俺の弾も真っ二つにされ、夜見の左右を通り抜けて行ったのだ。


「もう、お話はいいの?

 じゃあ、私も少し熱く行こうかな」


 夜見の右手の上に、赤い紅玉が浮かぶ。

 夜見の左手の上に、青い炎が灯る。


太陽龍イグニスの紅玉。

 そして、不死鳥フェニックスの炎」


 それは知ってる。

 片方はあの時見たから。


 別に俺は、俺一人で戦うなんて言ってない。


「じゃあ、夜と吹雪の北極に行こう」


 一瞬で、景色が変わる。

 仮想空間の環境設定は、全てメサイアの手中だ。


 ギフトを持つ俺たちのアバターのパラメーター設定は、メサイアにはできない。

 しかし、温度や天候、場所は別だ。

 空間の設定は任意にラグなく行える。


「初デートだね?

 星空の下で月見なんてお洒落」


「これで炎は使えないぞ」


「もう、使う意味がないよ」


 だって。


 そう呟いて、夜見が天に手を翳す。

 光が、その手の中へ収束して行く。

 そして、身体が淡く光っている。


「星々の加護。

 月光充填」


「……別のギフトか」


「うん。

 星の輝きを吸収して、私の力は上乗せされる。

 そして、月の光を吸いこんだその輝きで」


 夜見の指先が俺を向く。



「――君を照らせる」



 ッチ。不味い。

 反射的に俺は複製を起動する。

 50の枠を使いパーツを呼び出すは。


 巨盾。


 金属で造られたそれは、衝撃、光、電気、全ての力を反射する。


「アイギス」


 指から放たれた月色の光線が、盾に弾かれ夜見に返る。


 反射的に夜見が顔を逸らした。


「あぁ、良い気持ちになって来たよ」


 頬に赤い線が走る。

 反射した光線が、夜見を傷つけた。


 視界不良の吹雪の中。

 月光の射撃の速度は、俺の光線銃とほぼ同等だった。


 つうか、それに反応して首を捻ったとか。

 人間業じゃないだろ。


 けれど、傷は与えた。


「じゃあ、本気で行くね」



 ――筋力強化。

 ――魔力強化。

 ――視力強化。

 ――意識加速。

 ――天使の肉体。



 夜見の背に翼が出現する。


 更に、夜見が持つ軍刀が金色に光った。


「聖剣の契約者」


 夜見の空いた左手に、角の様な白い槍が現れる。


聖角槍ユニコーン


「人間離れして来たじゃ無いか」


 それでも、美しい事に代わりは無く。

 頬に掠めた傷は、もう完治している。


「行くよ」


「デュアルエアバースト!」


 両手を向け、空気の弾丸を射出する。

 さっきより多く空気を充填した。

 放てたが、雪を吸い込んでグローブが小さく爆発する。


 痛ってぇ……


「アタル!」


 投げ渡される赤いリンゴを齧りながら、俺の放った空気の弾丸が軍刀に切り裂かれるのを見る。


 グローブを再召喚。


 その辺りで吹雪が止む。

 曇り空の氷の大地の上となる。


「星と月を隠しても、もう無駄だよ」


「視界が良くなったし、エアバーストも使える。

 無駄じゃねぇよ」


「一度も当たってない技を使えて、だから何なのかな」


 俺は空に逃げる。


 バトルギア。

 このスーツは、高速飛行用の軍用兵器だ。


「追いかけて欲しいのかな」


 あぁそうだよ。


 でも、それを分かってもお前は追ってくれるだろ。


「いいよ」


 ほらな。

 純白の翼を揺らし、夜見の身体が浮く。


 それを下から狙う。


「行け……」


 呟く言葉は、マナへ向けて。


「貴様には、少し怒りも沸いておるのでな」


 マナの手は、俺が召喚した大型銃器の引き金を握っている。


「だから、光は効かないって」


「光線じゃねぇよ、実弾だ」


 あの銃はパーツを少し組み替える事で、光線銃から電磁銃レールガンへコンバートできる。


 磁気によって射出された金属の弾丸。

 数は秒間120発。

 機関銃並みの連射速度でぶっ放す。


「へぇ……」


 それでも、丹生夜見の笑みは崩れない。


「来て、白蛇白龍しろへびはくりゅう


 あの時見た巨大な蛇と龍。

 それが、夜見を弾丸から庇う様に召喚される。

 その巨体に弾丸は阻まれる。


「グゥゥゥゥゥゥッゥゥゥゥゥゥゥ!!」


「いだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだだだだだだだだ!」


 そう言いながら、出現した数秒後には二つの生物は消える。


「ひでぇ……」


「喜んでるから良いんだよ」


 全然そうは見えないけどね。


 しかし、巨体を影にして夜見の身体が飛び上がる。


 雲を突き抜けて俺より更に上空へ。


「不味い……」


「もう遅いよ」


 雲の下と上で、どうして会話が成り立つのか。

 意味の分からない聴覚と声の通りだ。


 そして、聞こえるからこそ分かる。


「月光充填。

 星々の加護。

 聖剣槍術」


「来い、アイギス!」


 俺の前、上に盾が再召喚される。

 どんな攻撃にも耐えきるこの世界で最強の盾。



「――十薙となぎ」



 しかし、最先端の科学技術を嘲笑う様に。


 幻想は、電脳を蹂躙する。


「マジかよ……」


 クロスされた光の線が、盾の亀裂と成っていく。


「エアバー……」


 俺の呟きより速く。

 光の線が、俺の身体に捻じ込まれた。



 ……



 水の中を沈む。


 身体の感覚が無い。


 溺れるというには、藻掻く意思が欠落している。


 雲を割り、大地を割き、俺の身体を水中まで叩きつけた。


 なんだよあれ。


 反則過ぎるだろ。



 景色が変化する。



 ――玉座。



 最初の空間に戻って来た。


 濡れた身体をゆっくりと動かして、俺は自分の身体を確認する。


「そりゃ、痛みもねぇわ」


 左腕と、腰から下が存在していなかった。


 大量の血がレッドカーペットの上に広がっていく。


「アタル!」


「貴方様……」


 マナが近くに駆け寄って来る。

 その手には赤いリンゴがあり、俺はそれを齧る。

 手足が生えて来た。


 紘一や委員長が言う所のチートだ。

 今使われた全部の力が。


「悪いな2人とも心配させて。

 けど、もうちょっとだ。

 あの女の力をどんどん引き出せてる」


 俺は身体の調子を確かめる様に手を握る。

 動く。戦える。

 多分メサイアが、夜見をあの仮想空間に置いて来たんだろう。


 けど、ここまで戻って来るのも時間の問題だ。

 それまでに、仕掛けを揃える。


 そう考え始めた所で、声が二つ俺の耳に響いた。

 それは、同じ内容で。


「もう、止めるのじゃ」


「もう、止めましょう」


 2人は、似たような表情で、そう言った。


「あの女は強すぎる。

 幾つもの神獣を身に宿し、あらゆる加護を携えている」


「丹生夜見の記憶を取得しました。

 この勝負に勝ち目は殆どありません」



 けれど、二人の問いに答える俺を待つ事も無く。



 ――パリン。



 と、窓ガラスが割れて黒髪の女は飛び込んでくる。


 純白の翼。

 聖なる剣と槍を携え。

 数多の神と獣を身に宿す。

 祝福された存在。


「充……どうするの?」


 聞いていた訳ではないだろう。


 それでも、丹生夜見は諦めた様な表情を浮かべている。



 これは想像の話だ。



 丹生夜見は負ける事を望んでいる。

 相手に自分以上の力を望んでいる。

 けれど、それが成就した事は一度も無い。


 だから、ある程度の力の差を見せつければ、諦められる。


 そんな経験を、何度もして来たのではないだろうか。


 最強の気持ちなんて俺には分からない。

 何故、丹生夜見の性格が破綻したのか。

 何故、彼女は敗北に拘るのか。

 知る由も無いけれど。


 もしも、それだけが夜見の希望なのだとしたら。


「悪いな」


「……いいよ、皆そうだから」


「マナ、メサイア」


「「「……え?」」」


 俺は立ち上がる。


 もう、目的は達成できている。

 俺は、この最強に全力らしき物を出させた。


 零れた笑みの大きさで、何となく分かる。

 誰でも、楽しいが強くなれば大きく笑う。

 夜見にとって力を出すとは、そういう事だ。


 負けてもいい。

 立ち上がる必要は無い。

 この世界は、まだ終わらない。

 俺の目的は達成された。


「けど」


 それでも。


 この1年。

 俺は十分に幸せだった。

 俺は、この世界に住む事を決めた訳じゃない。

 この世界に存続して欲しいと思っただけだ。


 俺に、休暇をくれたこの世界に。

 休んだの何て、何年振りだろうな……ほんと。


 メサイアには、本当に感謝している。


 この世界での記憶があるから、俺はもう少し頑張れる。

 頑張ろうと思った。


「夜見。

 あんたの事は俺には分からない。

 想像なんて、意味の無い話なのかもしれない」


「……」


「でも、もしかしてだけど……

 あんたも、休みたかったんじゃないのか。

 最強っていう、重たい称号を」


 負ければ、丹生夜見は最強では無くなる。

 最強だからと、頼られた全てに解放される。


 だとしたら、俺はまだ沈めない。

 俺にとってのこの世界。

 夜見にとってそうなれるのは、多分俺だけだから。


「どうかな……もう、忘れちゃったよ。

 けど、もしそうだとしても、君が私に勝てるとは思えない。

 分かってると思うけど、もう手は抜かないよ」


 あぁ、分かってるさ。

 全力のお前に勝つ。

 じゃなきゃ、俺が最強を越えたとは言えない。


 でも、心配するな。


「屋上に鏡を置いてくれた事、感謝してるよ」


「……それは、私の為だよ」


「それでも、俺はあんたに感謝してる。

 だから、あんたの願いを叶えたい」


「気持ちだけでも、嬉しいから。

 もう傷つかなくていいよ、ごめんね」


 似つかわしく無い。

 しをらしい表情で。

 諦めたように彼女は笑う。


 あぁ……鬱陶しい。


「ハッ、見た目しか取り柄の無い女に戻してやるよ。

 お前に勝つ方法は、いま思いついた」


「君は凄いね……

 私が怖くないの?」


「怖いに決まってるだろ」


 けど俺は、バイト代を未払いにする奴が大嫌いだ。

 俺は絶対にそうはならないと誓ってる。


「あんたに恩を返せないのが怖くてたまらない」


 そう言って、俺は笑ってやった。

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