第17話 魔王と勇者


 結婚相手を親が決める。

 未だ、良くある話だ。


 お父様が目覚め、決めた相手。

 それは、隣の高校の生徒会長だった。

 社長の息子だとか。


 正直、全く惹かれない相手だ。


 でも、彼には特別な才能がある。

 黄金ランクのギフト保有者。

 私と望月充君を覗けば、日本に居る黄金ランク保持者は彼しかいない。


 お父様は国にもそれなりに顔が利く。

 だから、異世界の事をある程度承知している。


 最高位ランクのギフトを持つ両親。

 その間に生まれた子供への期待。

 それは、大人が目の色を変える程の価値を秘めていた。


 全力を出せば逃げられる。

 海なんて簡単に渡れる。


 それでも、私はそうできない。


 相手の権力は、資産家であるお父様と比べても強大だ。

 私が逃げたとなれば、その責任はお父様に問われる。

 それは、嫌だ。


「悪いな夜見」


「いえ」


 私は、人と少し違う。

 多分、快楽の形状が。

 それを満たす為、お父様は協力してくれた。

 私が、真面に思える表面を持てているのは、お父様のお陰だ。


 拾って貰った事にも感謝はしている。


 裏切れない。


「あの男以上のギフトを持つ者でも居れば、それをお前の相手にもできるかもしれないのだがな」


「……」


 思いつく相手が居ない訳じゃない。

 でも、今の段階では敵う訳もない。

 そんなレベルの部活の後輩。


 そう、考えている所に家のチャイムが鳴る。


 最近は毎日、この時間にチャイムが鳴る。

 あの男が、私を毎朝迎えに来るからだ。


 鬱陶しい。

 面倒くさい。

 殺したい。


 でも。

 私は、そんな顔を隠して玄関の扉を開ける。

 媚びる様に、私は言うのだ。


「おはようございます。一条いちじょうノア様」


「あぁ、おはよう夜見さん。

 君は今日も可憐だね。

 君の様な美人な許嫁が居て、僕も鼻が高いよ」


 歯の浮くような。

 恥ずかしい台詞を彼は口にする。

 正直、耳に残る言葉は一文字も無い。


 けれど、私はちゃんとして。

 微笑んで、美しく顔を作って。

 毎朝同じ言葉を返答する。


「ありがとうございます。

 貴方様の方こそ、本日も素敵ですよ」


 あぁ、なんでもいいから。

 何か壊したいな。


 こういう時はそうだよね。

 異世界に行くに限る。




 ◆




「来ました」


 温度を感じない。

 平坦な声色。

 機械は普通に喋れるクセに、機械ぶって喋っていた。


「メサイア。

 お前は俺に、この世界を守れと言った」


「はい」


「それは、異世界の話か?

 それとも、仮想世界の話か?」


「……」


「なんで黙る。

 思考を読めるなら、俺の言いたい事は分かってるだろ」


「思考取得は、外敵に対するガイドラインに従い行っています。

 外敵では無い貴方への思考取得には、同意が必要です」


 だから、今は読み取ってないって訳だ。

 何せ、俺はこの機械の仲間になったんだから。


「私のコアは現在、仮想化されています」


「もうちょっと簡単に言ってくれ」


「次元断層片の権能を使用し、私は私の肉体機構の全てを仮想世界の中に転移させました。

 端的に言えば、私は仮想世界で完結している存在です。

 なので、私を破壊するには仮想世界の私を発見する必要があります」


「隠せばいいじゃ無いか。

 無限に仮想世界を作れて、その中身も自由自在なんだろ?

 それじゃあ、負けようがない」


「いいえ、それはできません。

 仮想世界は、世界の中でもかなり不完全な物です。

 私への到達経路を完全に封印する事はできません」


「じゃあ、探索されれば見つかるって事か?」


「時と力があれば……」


 だったら、見つけるだろうな。

 あの人、丹生夜見は。


「……そして来ました。

 侵入者です」


「はっやいよ、あの先輩は……」


「現在、迷宮区ダンジョンゾーン第3階層。

 到達までの予測時間は71時間42分±」


「あの天使で止められそうか?」


「天使撃破数182体……3体」


「ここに直通させろ。

 時間の無駄だ」


「御意……」


 そう言いながら、世界は動きを始めない。

 俺の隣に立つメサイアが、俺をジッと見つめる。


「お気をつけて」


「お前が言うのかよ。

 変な話だな」


「ギフトは、世界法則より優先される力です。

 ギフトに殺されれば、私の復旧は不可能。

 私に接続記録されている全人口と共に死亡します」


 現在、俺がメサイアと話てから3時間程が経過。

 しかし、それは実時間の話である。


「俺が負けると思うのか?」


「いいえ。

 貴方様を信頼しております」


 仮想空間は加速処理できる。

 俺は、ここで約1年の時を過ごした。


 現在、俺の複製品の合計数は300品。


「それでも怖いのか?」


「……はい」


「何が怖い?」


「これを……」


 そう言って、メサイアは白い腕を伸ばす。

 握り拳を上に向けて、開いた。


「指輪か?」


「私は、貴方様が思い直す事が怖い……」


「それで、これは何だ?」


「私と婚約して下さいませ」


「人工知能が何言ってんだよ」


「いけませんか?」


「……あ?」


「人工知能だからという理由で、私のこの行動は咎められる物なのでしょうか?」


「だから、お前に恋愛感情とか無いだろ」


「はい。しかし、私には損得を計算できる機能があります」


「得とか損で婚約するのか?」


「はい。それが、通常の婚約です。

 自由恋愛であっても、この条件は適応されると統計的に分かって居ます」


「俺に得がねぇけどな」


「私の全機能に、優先的に命令可能な権限を付与する。

 それで、如何でしょうか?」


 こいつ、本気かよ。

 でも、機械が嘘を吐くってのも意味不明だ。

 1年。こいつは俺の傍にいた。


 俺の能力を解析研究し、複製条件を把握した。

 複製品の選定も、全てメサイアに任せた。


 感謝はしてる。


 そして、例えば俺に金が無くても、こいつには関係ない。


 悲しませる事は、きっと無い。


「はぁ……分かったよ」


 俺は、指輪を受け取り指にはめる。


「ゾーン別の加速処理を行えば、10秒ほどで初夜を終える事も可……」


「黙れ」


 俺は、メサイアの頭に触れる。

 ふわふわとした髪の感触を感じた。

 けれど、これも全ては電気情報でしかない。


「未成年淫行禁止」


「うぎゅ」


 乱雑に頭を撫でる。

 すると、メサイアが可愛い声を出した。

 初めて聞いたな、こんな声。


「行ってくる」


「ご武運を」


「あぁ、楽しみだよ。

 あの女の願いを叶えてやれるのがな」


 笑い声を震わせながら呟く。


「……」


 それにメサイアは何も答えず、姿を消した。


 その瞬間、真っ白な世界に色が付く。

 全く別の空間ゾーンが形成されていく。



 ――玉座。



 背の長い椅子が、俺の後ろに出現する。

 眼先には4段の階段があり。

 レッドカーペットが巨大な門まで続く。


 そんな空間。


「よし」


 俺は、椅子に座る。

 気を利かせてくれたのか、俺の衣服も変化する。

 とは言え、金色の王冠と赤のマントが現れただけだ。


 数秒待つと、扉から音が響く。

 ズズズと、重厚な扉が少しずつ開……



 ――バッコーーーーーン!!



 ぶっ壊されて、俺の後ろの壁に激突した。

 ぶっ刺さってるよ。扉が。

 てか、俺に命中してたら俺死んでんだけど。


「何、やってるの?」


「そっちこそ、何してくれてんだよ」


「充君」


「夜見」


「知り合いかい? 夜見さん」


 扉の奥には、夜見と金髪の男が立っていた。

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