2.電脳迷宮世界

第12話 新世界


 結局、夜見の父親と面会は無くなった。

 そりゃそうだ。


 相手は目覚めて直ぐの人間。

 面識のない俺より優先されるべき相手がいる。

 資産家ともなれば、それこそ沢山。


 どうせ、また林檎をデリバリーしなきゃいけない。

 会うのはその時でいいだろう。


 その後はバイトだ。

 4時間くらい働いて帰路についた。



 月曜日。

 7時30分。


「よぉあたる、今日も早いな」


「おぉ紘一、そっちこそ」


「最近は元気そうで良かったぜ」


「そうか? 別にいつも通り……

 いや、少しバイトを減らしたんだ」


 部活に入る事になったのだ。

 その時間のバイトは辞めた。


 アルバイトの利点だな。

 割と簡単に辞められる所。

 まぁ、あと何日かは出てくれと言われてるけど。


「そうか。

 まぁ、何か方法はあると思うぜ。

 奨学金とかよ」


 そういうのは、一通り調べたんだよ。

 その上での、貯金だった。

 でも、その貯金は無くなったのだ。


「あぁ、別に諦めた訳じゃないって。

 割のいいバイトを見つけたんだ。

 もしかしたら、貯金できるかもしれない」


「良かったね望月君」


 そう後ろから声が掛かる。

 いつもの面子だ。


「お、委員長。

 おはよ」


「おはよ、佐久間君も」


「あぁ、おはよう委員長。

 今日も美人だな」


「ちゃらい、減点5点」


「へぇへぇ」


 なんだこのコント。

 いつもの事だけど。


「っていうか聞いた?

 あの丹生先輩に彼氏ができたらしいよ」


 そう、委員長が言った瞬間。

 反射的に俺は言う。


「違うぞ!」


「え?」


「なんだよ、まさかの玉の輿?」


 絶対違うと知ってるみたいにニヤついて、紘一が言う。

 この野郎……


 てか、まさかあの人、俺の事勝手に彼氏って言いふらしてんじゃ……


「違うよ。

 ほら、あそこ見て」


 そう言って、委員長は窓の外を指さす。

 俺と紘一は、階下を見る。

 そこに見えるのは校門の前。

 確かに、夜見が居た。


 けれど、疑問が一つ。

 夜見の隣に、俺たちとは違う制服の生徒が並んで歩いている。


「一週間くらい前から、毎朝一緒に登校してるらしいよ。

 これはもう彼氏確定でしょ」


「誰なんだよあいつ。

 制服違うし、この学校の生徒じゃ無いんだろ?

 我が学園のマドンナを掠めるとは、何奴よ?」


 マドンナって……

 いつの時代だよ。


「隣の高校の生徒会長だって。

 全国模試2位。親は大手自動車メーカーの社長。

 ロシア人とのハーフで超イケメン」


「うぉ……負けました」


「佐久間君も……ガタイいいよね!」


 笑顔で言う委員長。

 けど、それってガタイ以上に勝ってる所はないって意味だぞ。


「うぐっ」


 それに気が付いて紘一は効いてる。


「……?」


 委員長はきょとんとしてる。

 ちょっと天然だよな君。


「並ぶと絵になるよね。

 勝手にアップされた動画が200万回再生だって」


「犯罪じゃん」


「もう消されてるよ。

 流石に資産家と社長の子供たちだし」


「動画だして200万回なら、顔だけあれば配信者とかで稼げるわけか。

 世の中公平じゃねぇよなぁ」


「佐久間君もやればいいじゃん。

 筋トレチャンネル」


「馬鹿にしてるだろ委員長!」


「ちょっとだけ」


 指でジェスチャー。

 一緒にウィンク。

 委員長も結構アイドル気質な気がした。


「配信者って稼げるんだ」


「今の話で食いつくとこそこかよ」


「お金の話には目が無いね」


「がめついかな?」


「全然。頑張ってるだけだし。

 私はそういうとこ嫌いじゃないよ」


「有名な配信者は結構稼げるみたいだぞ?

 ほれ」


 そう言って紘一の差し出してくるスマホを見る。


 女のアバター? が喋ってる。

 隣には見てる人のコメントみたいなのが並んで。

 その中に、¥の文字が書かれた物がある。

 ¥の隣には、千や万単位の数字が並んでいた。


「投げ銭って言ってな。

 見てる奴が、応援と一緒にお金を送れるんだ。

 1日で億稼いだ人とかも居るらしいぞ」


「やっばっ……」


 俺のバイト何日分だよ。

 いや、一生分だろもうこれ。


「凄いな……」


「まぁ、一般人とは縁遠い世界の話だけどな。

 面白かったり歌えたり、ゲームが上手かったりしないと無理だろうし」


「もうアイドルより、ネット上で人気な人の方が憧れる時代だよね」


「ちょっと婆さん臭いな」


「ねぇ!」



 そんな会話をしながら、俺はいつも通りの月曜日を過ごしていた。


 そして、放課後。

 俺のスマホがメッセージを受信する。

 これが無いとバイトもできないから、俺も持ってる。

 格安でパケット最低限の奴だけど。


『充君、ごめんね。

 私、今日は部活行けない。

 面倒な人に絡まれちゃって。

 1人で向こうに行って調査しておいて。

 あれが何処にあるかさえ分かれば、私が全員殺すから』


 全員殺すな……


『望月くーん♡

 美術室開けてるから勝手に使っていいよー。

 鍵置いてるから出るときはかけといてね。

 私は合コンだから顧問は無理なのだー。

 異世界に行くときは、鍵閉めるんだよ。

 6時までには戻って、鍵は職員室に戻しておいて。

 ちゅ♡』


 うぜぇ……


 俺はスマホを見ながら頭を抱えた。

 なんじゃこいつ等。

 腹立つ内容送らないと死ぬんか。


 人生腹立つメッセージランキング堂々の1位と2位です。

 おめでとう、バカ。


 先輩は怖いから2位で。

 先生が1位ね。おめでとう。

 後でキレよう。


 美術部の部室。

 当然それは美術室だ。

 そこの準備室。

 通常は先生しか立ち入れない場所。

 そこで、鏡は布を掛けられていた。


 言われた通り鍵を閉め、俺は鏡に触れる。

 いつもと同じ感覚。

 吸い込まれる様に、俺の体は鏡の中へ落ちる。




 ◆




 そこは、草原では無かった。

 俺の目的は次元断層片の回収。

 そして、既にマナの世界での任務は終わっている。


 世界が切り替わる。

 桜井先生に言われて分かっては居た。

 でも、実際見ると実感が湧く。


「地下……か?」


 灯はある。

 壁に松明が掛けられている。


 高さ5m以上。

 幅は3mと少し。

 石造りの通路が真っ直ぐ続いていた。


 そして、ステータスが見えない。

 あれは、マナの世界の固有法則という訳だ。

 そして、この世界にはこの世界の法則がある。


 それが。

 これか。



 :お、来た来た。

 :初見です。

 :次の挑戦者の入場だぁ!

 :新人ライバーわくわく。

 :まずは能力教えろやこら。

 :強かったら投げ銭するから頑張って。

 :顔は微妙ですね。

 :ダンジョンは危険が一杯だぞ。

 :まずは拠点を確保するのだ。

 :初配信の同接2500人。

 :初期装備、学校の制服かよ。

 :こっからどれだけ増えるかだな。

 :神プレイ期待してます。

 :弱そう。

 :まぁ、適当に期待してるわ。

 :がんばー。


 文字が視界を埋める。


「うざ」


 そう、俺が呟いた瞬間。

 視界に映るその文字が変容した。


 :は?

 :お前の方がうざいんだが?

 :はい、こいつキモイと。

 :クール系男子。

 :死ね。

 :もっと丁寧にしないと同接減っちゃうよ?

 :投げ銭して貰えないと強くなれないんだから。

 :愛想悪すぎて草。

 :まだただのサド。

 :一言目でそれって、性格悪すぎだろ。



 ――親が教育失敗したんじゃね。



 あぁ。

 ムリだ。



「俺の親は馬鹿だし、教育のきの字も知らねぇけどな。

 それでも俺を必要としてくれてるんだよ。

 だから、ちょっと頑張るから好きに見てろ」


 :へぇ。

 :まぁ、知らんけど。

 :いまさら感動話要らない。



 ――『ラク』から1200の技能値が送られました。

 ――『ラク』のコメントが名称表示されます。



 ラク:応援します。頑張って下さい。


「あぁ。良く分かんないけど、ありがとな」



 こうして、新世界1日目は始まった。

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