第13話

 俺は礼奈に引きずられるようにして学園へと入った。すると文化祭の準備をしているためか学園の敷地内では生徒がせわしなく働いている様子だ。その中に文化祭実行員の紅音がいた。彼女は俺に気が付くと急いで駆け寄ってきた。


「おはよう紅音」

「おはよう浅井君……」


 紅音の表情が曇っているように見える。そうか。礼奈と俺が一緒に登校しているから快く思っていないのか。


「紅音ちょっと聞いてくれ。礼奈と一緒にいるのはたまたま学園のそばで偶然会ったからで二人で家から登校してきたわけではないんだ」


 俺は以前、紅音に礼奈と二人で登校することを咎められていたのでここは弁明しておく必要があった。だから俺はすかさず真実を彼女に伝えた。だが……


「別にそんな言い訳みたいなことしなくていいよ。浅井君、礼奈とは幼馴染なんだから仲が良くて当然だよ」


 彼女は笑顔を作って俺にそう答える。その笑顔が若干ぎこちないのが余計に申し訳ない気持ちを駆り立てた。彼女は相当無理しているのだろう。すると礼奈が口を開く


「紅音、おはよう! 私も生徒会で実行委員のサポートをするから困ったことがあったら相談してね」

「ありがとう、礼奈」


 紅音を気遣うように礼奈は言葉を綴る。しかし心なしか俺に対して距離が近すぎるような。まるで紅音に見せつけているかのようだ……。それを見て紅音の表情がさらに暗くなる。


「ごめん、仕事があるから私はもう行くね」

「あっ、紅音。ちょっと待ってくれ」


 紅音はいたたまれなくなったのか足早にこの場を後にした。


「ちょっと礼奈、どういうつもりだ?」

「ごめんなさい、私もう行かなきゃ。はい、お別れのキス」


 彼女は急に行ってしまった。お別れのキスって……。こんなの誰かに見られでもしたら言い逃れできないぞ。幸いなことに周りは文化祭準備の作業に没頭していたため気づいている様子の生徒はいなかった。


 最初は式影君と紅音の仲を邪魔するつもりなんてなかった。でも、もう遠慮をする気も失せた。あの日、彼に絶好宣言をされた日から……。私の感情を縛り付けるものはない。思う存分に彼に憎しみと愛情をぶつけ続けるだけだ。


 それにしてもあの紅音に対して弁明していた時の彼の姿……可愛い。可愛すぎる。何なのあれは反則よ。私はあの時、ほころぶ口元を必死に抑えていた。


 放課後、文化祭の準備中だった紅音に声をかける。生徒会として実行委員の彼女のサポートをするのは仕事の範疇だから関わらざるを得ない。


「紅音、今朝はごめんなさいね? 偶然、登校時間が式影君と被ってしまって」

「礼奈……。ううん、幼馴染で一緒に登校するなんて家が近いんだから普通のことだよね。それなのにちょっと妬いてるみたい。私、ダメだなぁ……」


 紅音は素直に自分の今の心情を私に教えてくれた。この娘はやっぱり健気ね……。こんな時でも自分を責めているんだもの。実際、紅音に罪はない。私は紅音を傷つけたいわけじゃない。でも……式影君の心を痛めつけるのには絶好の人物だった。彼にはもっと私と同じ苦しみを味わって欲しい。


いや味わうべきよ。私の苦しみを……。そして私と彼は同じ苦しみを共有して結ばれる運命なのよ。ふふふ……


「その……式影君のことなんだけどもし不安なこととかあったら私に相談してね」

「ううん、大丈夫。私は彼を信じる」

「そっか。強いんだね、紅音は」


 彼女は健気なだけではなく強固な意志を持っていた。面白い。相手が手強ければ手強いほど攻略した時の快感は何倍にも膨れ上がる。私はそんな強い紅音の曇った表情も好きだった。健気であればあるほど壊したくなる。


 私は紅音に対して感謝している面もある。というのも、紅音が現れなければ私もここまで積極的に式影君に対してアピールすることなどできなかっただろう。ずっと疎遠のままだったに違いない。そんな彼女の辛い表情を見るのは心苦しいが仕方ない。


 私はもう何物にも縛られずに行動するのみだ。














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