タイムトラベラー

ヨカ

夜の海と女の子


 堤防の上で、人影がゆらゆらと歩いてる。


 夜。破壊音のような波の音。雲で滲む月明かりとおぼつかない電灯。ひどく小さな背中がそこにあった。

 中学生だろうか、高校生だろうか。多分女の子だと思う。そのくらいの小さな影が、ふらりふらりと堤防の上を歩いていた。


 僕は何を考えるでもなく、大学帰り。ただいつもの習慣に従って、堤防に沿って足を進める。その人影はひどくノロマで、僕はすぐに追いついた。

 やはりそれは中学生くらいの女の子で、Tシャツに短パンのその姿は、この季節には少し寒そうに見えた。


 ふらり、ふらり。


 ふらり。


 一層大きく影が傾く。破壊音のする海の方へ。

 そのあまりの唐突さに、ただ手が動いた。

 細い手首だった。


 勢いのままに引っ張って、僕らは地面に転がった。小さく短く息が漏れて、しばらくして、やっと心臓が強くうるさいくらいの音をたてているのを自覚した。

 夜の海に、人が投げ出されそうになったことを自覚した。

 もぞりと自分の上で身じろぐ気配がして、慌てて身を起こす。


「大丈夫?」


 長年使われていなかった道具を使ったみたいな、ひどく不器用な声が出た。

 咄嗟に掴んだ彼女の腕はひんやりしていた。尻餅をついたアスファルトと同じくらい。

 俯いた彼女の顔が上がる。ふわりと鼻を海以外の匂いが掠めた。ようやく見えた彼女の顔は赤らんでいて、それが羞恥や怒りのせいじゃないのは、眠たそうな目やアルコールの匂いからわかった。


 だがそれよりも。先ほど彼女が死にそうな目にあったこと、未成年が飲酒をしたらしきこと以外の要素が、僕の心をひどく揺り動かした。

 思わず呼吸が止まる。一瞬何も考えられなくなる。


 僕は彼女を知っている。


 何かが溢れそうになる口を、咄嗟にきつく引き結んだ。ぺたりと地面に座り込んでいる彼女を横目に慎重に、慎重に立ち上がる。


 ここからどうすればいいのか。僕にはわからない。頭なんて大事な時にはほとんど働いちゃくれない。でも僕は知っている。


 これからどうすればいいのか、僕は知っている。


 手を差し伸べた。思わずと言った風に、彼女の小さな手がほとんどなんの重さもなく乗っかった。その細い体が立ち上がって、手が離れる瞬間に口をひらく。


「タイムトラベラーさん」


 彼女の億劫そうな目が見開かれて、なぜだろう。

 僕は少し、泣きそうになった。

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