上司にハメられてクビになったら、幼馴染のお姉さんのヒモ内定して上司が破滅しました

竜頭蛇

上司にハメられてクビになったら、幼馴染のお姉さんのヒモ内定して上司が破滅しました


「イッサ君。解雇処分が降った。悪く思わないでくれよ」


 安藤一茶。21歳。

 高校卒業とともに地元の工場で働いていたが今日付けで解雇された。

 上司が新型装置を壊したことで会社が傾くような大きな損失を起こし、スケープゴートにされたからだ。

 会社側としては損失が大きすぎるために大量リストラしてもおかしくもないことらしく、当事者をクビにするだけで済ましているのでこれでもマシな方らしい。


 悔しいが当時上司と俺しか壊れた現場を目撃していないので、虚偽の証言をされても覆す手段も無ければ、上司と違い上の人間と接点のなかった俺には信頼がない。

 事実を言ったとしても、上役の人間たちは俺の言葉に耳を傾ける気などさらさらないだろう。

 上司をミスをしない人だと思っていたが、ミスをした時に他人に押し付けるという悪癖を持っていることを最悪の形で知ってしまったのが運の尽きか。


「お世話になりました」


 ーーー


 クビにしてから会社の動きは早かった。

 帰宅するとすぐに社員寮からの退去が命じられ、まだ引越しの準備ができていなかったが、持てるものだけカバンに詰め込むと出て行く。

 寮の管理人は「悪いけど、実家の方でお世話になって」と言っていたが、俺の両親は学生の時に死んでいるので頼れるわけでもないし。

 高校の時の友達などいないので、安いホテルに泊まるしか選択肢としてはない。


「近くにいいところはないかな……」


 気分の落ち込みから億劫になりながらスマホを撮り出すと、鷹羽六花ーームイカちゃんからメッセージが届いていることに気づいた。

 ムイカちゃんは子供の時分に近所に住んでたこともあり、一人っ子の俺にとって当時姉のような存在だった人で、地元ということもあり現在こっちに新しく構える支店で働くために戻ってきている。

 彼女が社会人になってからは疎遠になっていたが、ここに戻ってきて当時のことを思い出したのか定かではないが、ここ数日は頻繁にメッセージが届いている。

 最近やたら暇だと言っているが、またそのことかと思い、ロックを解除して非表示になっていたメッセージを確認する。


『ここ本当に何にもないね。暇すぎるから泊まりに来てよ』


 案の定だったが、今日はいつもと違い泊まるように誘ってきた。

 常識的に考えて冗談だし、昔懇意にしていただけで現在はそうでもないのに、厚かましいのは分かっていたが、ホテルを探す気力も湧かなかったことも手伝い、その誘いに応えるようにメッセージを打っていた。


『いいよ、泊まりにいく』


『え!? 本当に? やばい!! 家わかる!?』


 テンションの上がりぷりがおかしくて、思わず頬が緩むことを自覚しつつ、ムイカちゃんに家を知らないことを伝えると、駅前で待ち合わせしようとなり、時刻表から割り出したおおよその到着時間に集合しようということになった。


 ーーー


 久しぶりに会ったムイカちゃんの見た目は変わっていた。

 地元にいた時はショートの茶髪でボーイッシュな感じが強かったが、今は髪を黒に染め直し、ロングになっていることもあり大人の女性といった雰囲気が強くなっている。

 SNSの言葉遣いや喋り方は当時と同じだが、時々見える仕草に女性らしさを垣間見えて、少しドキマギする。


「そこに座って、今からご飯作るから。それにしても今日はどうしたの?」


 住んでいるマンションの部屋に到着するとムイカちゃんは冷蔵庫から食材を取り出しながらそう尋ねてきた。

 促されるままに小さな食卓の椅子に座ると、一瞬愚痴まで聞かせたら迷惑じゃないかと思ったが、泊まりに来てる時点で十分迷惑かと思い、素直に話すことにした。


「仕事クビになって、寮から追い出されたらちょうど誘われたからいいかなと思って」


「クビって、イッサ。 そんな横着するタイプじゃないのになんで?」


 驚いてオーバーリアクションを取るかと思ったが、ムイカちゃんは落ち着いて様子で原因について尋ねてきた。

 昔はちょっとしたことでも大騒ぎしていたので意外だった。

 社会生活をしていく上で、そういう話にも慣れているのかもしれない。

 騒がれると一大事だという再認識させられてしんどくなりそうだったので、少し救われたような許されたような気持ちになる。


「嘘みたいな話だけど、上司に工場が傾くレベルのミスを押し付けられて、それでクビになった」


「上司に押し付けられてか。イッサに全部押し付けたおじさんといい、ここにはまともな大人がいないもんね」


「……」


 当時おじさんに世話になっていた時はムイカちゃんが触れもしなかった話題だったので、言葉が詰まる。

 不意打ちのようなものだった。

 暗に話したくないと示してきた話題を指定した本人自らがするなど想像だにもしていなかった。


「お母さんの介護の時も校長で自由に出席を弄れるから、親孝行をしてやる最後の時間を与えてやるから感謝しろとか言って、イッサに全部押し付けたものね」


「おじさんはよくしてくれたよ。校長が代わると色々と学校のみんなが困惑するし、おじさんも俺の出席とか単位を誤魔化すためにリスクを負ってくれたし」


「高校一年からずっと介護に付ききりで友達もできなくなる上に、勉強をする時間も奪うことも分かっててそれでも押し付ける人はいい人じゃないよ。近所でも甥が出来がいいから介護にも金がかからんくて大助かりとか言って、イッサに介護をさせたのは介護にかかる金を浮かせためだって豪語してたしね」


 そういう人だというのは当時のあの人と接してたので俺がよく知っている。

 母親が持ってた遺産についても全部持っていったし、大学に行く金は絶対に出さない、生かしているもらっているだけでも感謝しろと言う人だ。

 天地がひっくり返してもいい人などとは思わない。


「もう何もかも過ぎたことだし、今更言ってもあの人はここで力を持ってるから誰も聞く耳も持たないよ。しかも今俺は無職だしね、尚更だ」


「ずっと大変な思いをしているのに、イッサが報われないのはおかしいよ。おじさんに対して何かができるわけじゃないけど、しばらくイッサがしたいようにしてよ。私は叶えられる範囲で全部叶えるからさ」


 ーーー


 久しぶりに人が一から作った手作り料理を食べると、ムイカちゃんは好きなだけ言っていいと言い、俺をマンションの部屋に泊めてくれた。

 ムイカちゃんは3L DKの部屋に住んでいるので余裕もあり、ちょうど粗大ゴミ処分を逃れたということもり使わせてもらった。


「ずっとここにいていいよ」


 昨夜はそう言ってもらえたがこのまま世話になるわけにもいかないので、仕事を探すことにする。


「おはよう。土曜日なのに朝早いね」


 朝食を済ませにコンビニに向かおうと部屋から出ると、休日だというのにもうムイカちゃんが起きていた。


「ムイカちゃんこそ、早いね」


「急ぎで仕上げなきゃ行けない仕事が深夜あたりに入ちゃって、午後はぶらつきたいから早めに起きて午前中に片付けちゃおうかなって。イッサこそこんな早くにどうしたの?」


「いや、仕事探さなきゃいけないから。実際に動くのは平日になると思うけど、時間は取れるだけ取りたいなと思ったから」


「仕事ね。別にしなくても養ってあげるのに。別になりたい職種がないならうち人手不足だから話通すけど」


「願ってもない話だけど。大丈夫なの」


「大丈夫だよ。話聞いてももらうだけだし、それで流れてもイッサは働かずにうちで住めばいいだけだし」


「それじゃあ、まごうことなきヒモだよ。通らなかったら立つ背がないから保険で仕事を探すよ」


「とりあえずヒモには内定してるんだから、どんと構えたらいいのに……。はい、トースト焼けたからどうぞ」


「構えたら大物すぎるから。ありがとう」


 昨日言った俺の望みを叶えることを守るためなのか、決して簡単にできることではない就業先の紹介を約束すると、焼き上がったばかりのトーストをくれた。

 食卓を見るといちごジャムとハムエッグ、コーヒーが2人分並んでおり、そのまま流れで一緒に朝食を取ることにした。


 ーーー


 午前中、スマホでここらの仕事探して良さそうなところの候補をいくつか見つけるとムイカちゃんの仕事が予定より早く終わり、正午前に外に食べに出かけることになった。


「久しぶりだし、ダンディ行こうよ」


「ダンディか」


 ダンディこと喫茶店ダンディはこの田舎の県のいたるところにある、地域密着型の喫茶店だ。

 モーニングはそこまで充実したものではないが、料理の量はそこらのレストランの三倍以上あり、家族づれや学生に人気がある。

 俺も母さんの介護をする前はよくムイカちゃんと一緒に訪れていた。


「いいね。思い出したら久しぶりに食べたくなってきた。ムイカちゃんは量多いけど大丈夫?」


「大丈夫。ダンディ常連だから、もう胃の形がダンディ仕様になってるから」


 ムイカちゃんが便利なような便利じゃないようなことを言うと、やはりこの街にもダンディは根を張っていたようで近くに看板を発見した。


 ーーー


「ふー、ダンディの匂いがする」


 上着を脱いで、一息つくとムイカちゃんはダンディ特有のコーヒーと油の香ばしい匂いに反応して、そうごちる。


「ほんとだ。ダンディにきったって感じがする。もう10年近く行ってないのに、体が覚えてるね、これ」


 酷く懐かしい気分になりながら、ムイカちゃんの声に賛同する。


「新しい会社が進出してくるから補助金打ち切りで会社が潰れる!? どういう用件じゃ!! お前が勧めるから俺は全財産投資しとったんだぞ!!」


「それはしょうがないんですよ。業績低下してて、それを新しい機械で巻き返すつもりが壊れてしまって。将来性がないと役所のクソどもがごねるので」


「御託はいい! 藻崎どうしてくれるんじゃ!」


 俺も一心地ついてメニューに手を伸ばそうとすると、怒鳴り声と上司の苗字が聞こえてきた。


「ああ、やてる。やてる。よく昔、近所のおじいちゃんたちが競馬で揉めてたよね」


「あ、ああ、そうだね」


 動揺しつつ、ムイカちゃんの言葉に応えつつも、どうしても耳が怒鳴り声の方に聞き耳を立ててしまう。


「どうしたも、こうしたも今日職を失ったむしろ私の方がどうにかして頂きたいくらいで」


「かああ!! お前はヘマした上に、俺の人脈に頼るって言うんか! そんなんお断りじゃ、ボケ!」


「あ、安藤のジジイ、ふ、ふざけるんじゃないぞ! 誰が、今までいい思いさせてやったと思ってるんだ!」


 安藤のジジイ。

 その言葉を聞くとおじさんのことが頭をよぎる。

 安藤なんてありきたりな苗字、どこにもいるが、態度と口ぶりが似ていることからそう連想してしまった。


「安藤のジジイってまさか」


 ムイカちゃんも俺と同じようで、そう口に出すと俺と目を合わせる。


「ジジイじゃと! 歯を喰い縛らんかい!」


 それと同時に一際大きな激昂する声と、何かが割れる音が響いた。


「お父さん、大変よ! お客さん、揉めとるから!」


「なに! 警察電話せい! アホはお断りじゃ!」


 店員さんが騒ぎ始めると、「おい、頭から血出して動かんぞ、おっさん!」「ジイサン、どこいくんだよ!」とお客さんも釣られて騒ぎ始めた。


「くそが! これもあれも、新しい企業のユメノリのせいじゃ!」


 あまりのことに身を乗り出して騒ぎの中心に目を向けると、髪が白くなって赤ら顔になったおじさんが、血に濡れた割れたビール瓶を持って文句を言いながら店内の通路を走り抜けて行った。


「あれ、おじさんじゃん! しかもうちの会社の名前言ってるし!」


 おじさんの後ろ姿を見送ると、ムイカちゃんが興奮したようにそう言い、救急箱を持った店主が厨房から出てくるのが見えた。


 ーーー


 血まみれの上司が運びだされて、上司とおじさんが事件の当事者だと認識すると、事件現場ということでダンディから強制退去させられた。


「おじさん、いつかやると思ってたけどついにやったね」


「俺あの人の身内だから転職がやばいんだけど」


「確かにねえ。転職はちょっと……。とりあえず、私のヒモに内定ってことで決定かな」

 

 正直、すっきりした気持ちになったがまずいことになった。

 ムイカちゃんの決定を否定しなければいけないが、これ以外にもはや俺が生存する道はない。

 今日付けで俺のヒモ内定が決定した。


 

 




 

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