第26話 謎の敵
ムテキングスライム城自体は大した難易度ではない。
道中現れるザコ敵、小賢しい罠、面倒くさいけど、そのぶんあちこちに回復薬が落ちているので苦ではない。
しかしボスであるムテキングスライムは……前述の通り、超強い。
以前、イステが城ごとふっ飛ばしたことがあるが、あれが正当な攻略法なんじゃないかって思うくらい強いのだ。
「この先に、ムテキングスライムがいる。気を引き締めていこう」
廊下と謁見の間を隔てる大扉の前で、みんなの気持ちを一つにする。
前回は扉を開けて一〇秒で全滅した。
「アップちゃん、平気か?」
「ぜんぜん大丈夫でみゅ! どーんとこいでみゅ!!」
アップちゃんが獲物のハンマーをブンブンと振り回す。
ちなみに、彼女はウェスタの紹介通りの強さだった。
とても八歳とは思えぬ腕力で、ザコ敵をボッコボコ。
たぶん、一対一なら俺はこの子に勝てない。
「扉を開けたら、分散して取り囲もう。牽制しつつ、隙きを見てサウムがエナジードレイン。わかった?」
「了解ですわ!!」
他の子たちも「うん」と頷いた。
よし、やるぞ。
そう気合を入れて扉を開けると、謁見の間の玉座に、見知らぬ人物が座っていた。
仮面をしているが、体つきと長い髪から、女性だとわかる。
なによりも驚くべきなのは、彼女の傍らで、ムテキングスライムが伸びていること。
スーノが小声で問いかけてくる。
「セントさん、他のパーティーさんでしょうか」
「いや、クエストが被らないよう、酒場が管理しているはずだ」
「じゃ、じゃああの人は……」
途端、アップちゃんが仮面の女に突っ込んでいった。
「こいつがムテキングスライみゅでみゅね!!」
どう見ても違うじゃん。
「うりゃあああ!! 牽制でみゅうう!!」
急接近してハンマーを振ることを牽制とは言わねえよ。
「待てアップちゃん!!」
「わちしのハンマーを食らうでみゅう!!」
すると、仮面の女は片手でハンマーを受け止め、取り上げて、軽くデコピンをした。
さすがに子供には酷い反撃しないか。
アップちゃんはデコピンを食らい、わんわんと泣き出してしまう。
しょせんはガキか。
女がこちらを向いた。
「それが、あなたのパーティー?」
「なんだ、お前。何者だ」
「私の視線に気づいたのは赤髪の子だけ、情けない」
「じゃあ、あの視線はお前が!? 俺たちに何のようだ!」
「いまは……まだ……」
仮面の女が小さな玉を足元に投げつける。
煙玉のようだ。視界を封じて攻撃を仕掛けるのか?
「みんな、固まれ!!」
それから数秒経っても、女は何もしてこない。
煙が晴れると、あいつの姿はなくなっていた。
「なんだったんだ、あいつ」
「それよりアップちゃん、大丈夫?」
ウェスタが駆け寄る。
「うえーん! 痛かったでみゅ〜!」
スーノがよしよしと頭を撫でる。
さて、なにはともあれクエストは終わった。ムテキングスライムはあの女が倒したんだろうが、俺たちの手柄にしてもいいだろう。
あいつ、まさか一人でムテキングスライムを倒したのだろうか。他に誰かいた形跡はないし、おそらくそうなのだろう。
とすればかなりの実力者。ギルドマスタークラスと見て間違いない。
「んで、どうだアップちゃん。もう家に帰るか?」
「……いやでみゅ。絶対にギルドマスターになるんでみゅ!!」
「まったく……」
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結局、あの女は何者だったのだろう。
あれからウェスタは視線を感じていないらしい。
俺たちを監視して、何の意味がある。
視線に気づいたのは赤髪の子だけ、この発言からするに、特定の誰かではなく、俺たちのパーティーそのものを見ていたわけだ。
まさか、俺たちの仲間になるかどうか見極めている、とか?
わからないな、不気味だ。
おそらくかなり強いってのが、余計に不気味。
「あーもーめんどくせえ」
宿のベッドに寝転がり、枕元にあった本を手に取る。
効率的な牧場経営、という本。
実は、俺の実家は牧場なのだ。いまは母とお手伝いが切り盛りしている。
ドリングス迷宮を攻略したあとは家に戻り、牧場を引き継ぐつもりだ。
集中力がなくなり、まぶたが落ちかけたころ、宿の主人が俺の部屋にやってきた。
なんでも、俺への客人が来ているらしい。
夜も更けてきたというのに、いったい誰だ。
ホールに降りてみると、三〇代前後の男性がいた。
俺を見るなり、深々と頭を下げる。
「えっと〜、どちら?」
「私、アップちゃんの父親でございます」
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