謎の男とフシギな料理

玉子入りピスト

村に変人が来た

 今日もこの村、オセブーレは騒がしい。数年前に襲撃の被害にあったオセブーレは未だに復興中である。


 はぁ、早く故郷に戻りたい……


 石を台車で運びながらアイビーは空を眺めた。珍しい銀色の髪をした彼女は栄光ある騎士団の一員だ。国のためだったら何でもする、と心に誓っていたアイビーには不満があった。


 ――食事である。


 干し肉に固いパン……たまに村民の人から羊のチーズを貰ったりするけど私苦手なんだよね。しかも今は獣が少ないから配給は減るばかり……


「おいアイビー! 空ばっか見てないで集中しろ!」


「はっ、はい!」


 空に浮かぶ雲がお肉に見えるほどの食欲を持つアイビーを注意する団長、ツークネン。彼が団長に選ばれた理由は、その精神力であった。強盗団のありかをつぶす任務を行ったとき、彼は率先して突っ込み1人で18人を仕留めた。勿論、上がこれを見逃すはずがない。村の復興計画のリーダーとして団長に選ばれたのは本人にとっては予想外だったらしいが。


 くそっ! 王都のワインがあるっていうから率先して突入しただけなのに……なんでこんな貧しい田舎に派遣されるんだ、こんなの左遷と一緒だろ!


 そんな彼らは夕方頃、村の入り口に不審者がいるとの報告を受けた。アイビーは走る走る。不満はあっても職務は努めなくてはならない。


「お、お前は誰だ!」


「だから私は鳥人間ですって!」


 アイビーと団長その他全員が思った。こりゃ仕事が増えるな……


 そもそも、怪しいのは荷台のようなものを持ってきていることだ。今まで見たことのない、まるで店の一部を切り取ったような台車。


「あ、これですか? 今日は海潜ったらいいネタが取れましてね~皆さんに食べてもらおうと思ったんですよ~!」


 海を潜った? ネタとはなんだ、ツークネンもアイビーと目を合わせた。


「だ、団長。なんか飯屋らしいですよ……」


「ありえんなぁ。けど、頭がおかしいだけみたいだし村に入れてもいいんじゃないか?」


 アイビーは飯という言葉を聞いた時点でよだれが出てしまっている。男にも勝るその身長と筋肉を支えるために、体が食べ物を欲しているのだ。


 結局その不審者、エイトを村の中心地に案内した騎士団は見張りを設けることにした。


「え~~と、他の奴らはまだ仕事残っているのか……じゃあ俺と、アイビー。二人で見張っておく、解散!」


「これはですね~屋台っていうんですよお偉いさんたち!」


 その屋台というものに光をともすエイトに二人は驚く。

「こ、これは……ランプなのか?」


 まあそんなところですよ、と言ったエイトが謎の食材や魚を取り出しながら話し始めた。


「ここは山ばっかですからね~干し肉くらいしかないんじゃないですかねぇ、そこで私は考えた。そうだ、スシを売ろう! ってね」


「「ス、スーシ?」」


 こいつやっぱりくせ者なのでは、団長ツークネンはささやいた。しかし、食欲に負けたアイビーは、大丈夫でしょうと団長を説き伏せる。


 木でも布でもない袋、箱から魚の切り身を取り出す不審者は2人に食材を触らせた。

「つめたっ! な、なんなんだこれは!」


 秘密でーす、と笑いながらそれをさばき始めたエイートンに、イラっとはしたが任務を思い出す。


 そう、自分たちはただ見張るだけ。給料に応じた分だけ動けばいい。


 エイートンは白いコメを取り出した。それは、この国では栽培されていないものであることを騎士団は知っている。


 あれをアイビーは一度試したことがある。しかし、パサパサしていて進んで食べようとは思わなかった。

 

 まあ、カエルの肉と比べたら少しは気持ち的にマシですけど……


 そうこうしているうちに魚が細かく裁かれた。

「こいつはね! マグロっていうんですよ。名前くらいなら聞いたことあるんじゃないですかい?」


「いや、ないですね……」


 アイビーはまだ若いようだ。

 だが、ツークネンは知っている。ある日の遠征中、漁村にて村民にふるまわれたことがあったのだ。ただ、煮て食べたマグロの味はあんまりおいしいとは感じなかった。


 素早く包丁を使いこなし、刺身がたくさんできあがる。それと同時にエイトは少し黄ばんだ水を透明な容器から取り出し、コメにかけ始めた。


「なっなんだそれは!」


「これはコメをちょっと酸っぱくしてくれるんですよ~欠かせませんからね」


 正直に言おう、アイビーの腹は限界に近づいていた。未知の食材、美味しそうなにおい、大食い女の腹を刺激するのには十分すぎる。


 ただ一つ妙なことがあった。 


 身が白いのである。


「これって……外側の肉じゃないか!そんな血が通っていないような部位を俺らに食わせようって言うのか!?」


 今になってツークネンは、このマグロが自分たちの知っているものと比べて倍近くあることに気が付いた。これが疲れのせいか、切り身になっていたからかは知らないが次の質問となって飛び出す。


「あぁ、これはですね……遠い海から取ってきたので。えぇ、これは私が鳥になれることも証明できますね!」


 エイートンは質問に答えながら下ごしらえを済ませていく。


 普通は蒸すのだ、焼くのだ、スープにするのだ!それをこの男は生でコメと合体を行う。


 いつの間にか日は落ち、屋台と呼ばれる荷台に括りつけられたランプの光が存在感を増していた。


「さあ、おまち!」


 木でできた板の上にスシが置かれた。アイビーの足が一歩前に出た時、団長が腕を出す。


「待て! なんだこの鼻を刺すような匂いは……貴様っ!ま、まさか毒を!」


「それはですね~酢と言って」


 こ、こんなもの食えるか! とツークネンは持ち前の責任感を持ち出した。ただ彼は団員に被害が出ないように努力しているのだ。こんなことで部下を失っては任務地の変更願は許可されない。


 ただし彼は運がない。相手はアイビー、団長よりも背が高く力も同等……そして目の前にあるのは


――食事である。


 ツークネン団長、この匂いは多分大丈夫ですよ……

 

 ツークネンは屋台の中にいるエイートンと問答をしていて気付かない。いつの間にかアイビーを止める手も下がっている。エイートンは彼女の思いを察知したようだ。


「だ、だから!なぜこのようなものを口に入れなければならないのだ!」


「でもですよ、団長さん。脂がよ~く乗っていましてね。まるでこの世のものとは思えないほどの美味しさでして~」


 アイビーは飛び出し、スシを手に取った。


「神のご加護を私にいぃぃ!!」



 な、なんだこれは……まるで生肉、にしては柔らかすぎる。これは本当に魚なのか疑うほどの脂。


 今まで干し肉ばかり食べていたアイビーには例えられる食材が殆ど無かった。


 ほどなくして先に匂いを感じたものがコメを通して口の中に広がった。これにはアイビーも驚くしかない。


 こ、こんなにも味が変わるとはね……凄くマグロの甘みと合っている。


「どうですか、お味の方は?」


 エイートンが笑顔で彼女のことを見つめ、団長も彼女を見守るしかない。


「お、美味しいです。」


 そうでしょう、そうでしょう!と手を打ちながら笑みを浮かべる不審者。


 ツークネンは肩をすくめてため息をしながらスシに手を伸ばした。


 彼がアイビーよりもその食べ物の味を驚き一悶着あった後、三人が微笑を浮かべる結果となった。


 その後、団長は他の団員も呼んで奢った。




――――――



「な、なんというかすまない事をしたな。エイートン殿……」


「大丈夫ですよ! では、代金は金貨3枚となります!!」


 団長の日給三日分である。



「き、貴様っ!お、おい団員、アイビー、お前ら逃げるな!団長命令だぞ!!おい!!」






















 


 


 



 




 



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