第34話
そこは、静かだった。
誰も騒がない。
誰も叫ばない。
誰も暴れない。
ただ固定された人はいるし、注射をされる人もいるし、車椅子に座っている人もいる。
穏やか。
強いて言うなら、ここの人たちは。
マスクは外して大丈夫ですよ
快活そうな、立派な、
「看護師さんですか?」
マスクを外しながら聞いてみる。
はい。すみません。本当は医師になりたかったのですが
自分よりも大人で経験を積んだ人が現実に顔を曇らせる。晴らさなければ。
「でも、その、モテるでしょう?」
看護師は飛び退きそうになる。
積極的なことを聞くんですね
……積極的なこと?
「いえ、その、恋人を大事にしそうな印象の優しい人という意味です」
余計に向こうが混乱した。
このご時世に、これがトキメキというものですね!
男性が言う。彼の年齢がよくわからない。
あと、この世界、男女の距離が開いていそうで、ロマンチックにも遠そうでいて、近づくのは早そう。まあ、メンタルがやられている自分は誰にとっても対象外だろう。
毒親。
そんな言葉が国語の授業の黒板に書かれるかのように、脳内電子パットに現れる。
ホームセンターで見た電子パットも面白かったな。何を書いたらいいかわからないので適当にハートマークと星、ニコニコマークを書いて、ボタンを押して消去した。
もしこのあと私が交通事故とか、そういうのにあったら、さいごのメッセージは今消されたコレなのに、と。書き置きにもメモにも使えます!と言う商品説明を見ながら。
だいぶお疲れのようですね。顔色に感じられます。急いで診察しましょう。
顔色で鬱な気分を判断?!そんなのニュースでしか見たことがない。この人の経験か。はじめて異なる世界、この異世界で自分の話を聞いてもらえるな。病状的に。
「えっと」
診察室で、私はこれまた温和な、柔和な、なんというか。ここですれ違った看護師や医師や技師の人たちは皆。
整形?
いや、美しく賢いもの同士がくっついて、優秀な者たちの楽園かも知れない。ここは。
医師は
今日はどうしましたか?
と天気の具合でも聞くようにまだ何も記されていない電子カルテに、
「!」
私の表情、佇まいを見ただけで何か指で打ち込んだり滑らせている。
今この瞬間、何も告げていないのにもう、なにか書いて?入力していいの?!私はすこし反発した。
自由に話してください。なんでも聞きますよ。
こちらに向き直る。手のひらの上。気分が悪い気もするが、先ほどの看護師も、きっと優しい微笑みを浮かべながら後ろにいる。それも入力される。きっとされた。
私は生い立ちを全て話した。
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