第13話
そんなバカな。しかし憧れるッ。
どういうわけかアパートの一室で、洗面所の鏡の前。ろくに化粧も知らないすっぴんの桜。桜は自分が綺麗でないことを知っている。昔、仲がいいわけではないが、クラスでメイクが好きで得意な子に言われたのだ。「化けるよ」。化ける?
彼女は私に教室でメイクを施してくれた。普通にかわいかった。カワイカッタ。
どうやら私は化けるらしい。でもメイク道具の役割もわからないし、ある日白っぽい化粧下地だけ顔に伸ばしていったら、今日顔白いよ、と笑われた。悔しくはなかった。不登校気味なので辛くなったらまた家に引っ込めばいい。毛玉の目立ってきたピンクのカーディガン。
でも、捨てるほどじゃないよね。手でつまんで床に広げてみる、と。
花火。
音だけが響く。
「は?!」
一人暮らしがいたについて一人言までがいたについてきた。それにしたって。
昼間の、今日は、今日?
燃えるゴミの日以外の行事や催しが思い浮かばなかった。
「まだ着てないのに」
これはもう、急いで来いということか。
それとも服装は関係なく、私の身一つあれば事足りるのか。もう一度、光もなしに、何かが打ち上がり、弾けて垂れ下がる柳を思わせる花火の音。
薄手のシャツに、ジャージよりは分厚い変な柄のズボン。
これで出てみるか。
ドアを開ける。
履き古した靴が足をうまく受け入れてくれない。
外は普通だった。駐車場。街並み。2回だけ鳴った花火に誰もが無関心でそもそも人通りも少ない。ふと、駐車場に1台の車が。
なんとなく、人見知りと人に会いたくなさと警戒でドアを閉めてしまうと。
ばばーあああん、ざざざざざ、
それは閉じた時から音の続いた立派な火薬の破裂音。
何が違うの?
もう1度ドアを開ける。
滑り込んできた車の主は近隣アパートの方の住人で、そちらへ歩いて行っていた。
また、なにか、困ったこと?を説明しなくちゃいけない。そうなったら。
自分の知識と知恵と、向こう側の既存のルールと、一体どこまで歩み寄れるのだ。
次は昔の中国かもしれないし。騎馬民族のいるどこか危険な場所かもしれない。紛争地域?
そもそも響き渡る音は待ち受ける苦難と何ら関係がない。ただ、おもしろいでしょ?というようにその日あり得るはずのない祭りのような音が響く。
でも今日は。今日は。
「生活費、銀行から下ろす日だよ」
ちょっと心細い。まだ花火は打ち上がり続けている。外に出るのは必至。無視してもいい。
だけれど。ピンクのカーディガンを羽織る。
下もジーンズに履き替える。
次は靴を新調したい。まだまだ履くけど。
銀行のカードと通帳は持たない。ドアを開けたとたんどこへ行くのかわからない。リュックサックを背中に背負う。
いままで短時間で戻ってきている。
実は前に持ってきてしまった赤い金字のロマンス小説。どうやら読めそうなのである。アルファベットとアラビア文字のように見えるが、集中するとローマ字の文章を追うときのような、拙いながらも読み進められる、不思議な感覚があり事実恋の話だった。全部は読めていないが。
持ち帰れる。
ならば、持っていける!
そう思った。リュックサックのなかに100均で買った軽いプラスチックの水筒に水出しお茶を入れ、財布入れず、試してみる。
果たして、異世界ルールは!
ドアを開けた。
読み通り!異世界だ!ドアから出る前に躊躇して、その一瞬で、背後の1Rは消失。
リュックサックは粒子のように。砂のようにばらけて背後へ流れていく!
そんな!
今回のドアは、空間に現れるのでもない、どこかの部屋に繋がっているのでもない。
果たして鉄製のドアと私は!
ちょっと
魔女が言う。
私の絨毯の上に鎮座しないで。言いたくないけど私、自分の操縦で手一杯な所あるの!
私は、空飛ぶ絨毯で荷物を運びながら、自らは箒に跨って空を飛ぶ、魔女のかたの、絨毯の上にドアごと現れた。おまけに死ぬかと思った。ドアを開けた途端。足が浮いている絨毯の上に落ちて、宙に浮くことを体感したのだから。ヒヤリハット、ということばがある。慌てて絨毯から落ちないでよかった。
上級でもお間抜けなお方ですのね。転移先がわたくしの荷物受けの上ですもの。
急に魔女の態度が変わった。
ゆっくりと絨毯と魔女が下降し、ひとつの外国の街のどっかしらへ落とされる。
お引越しにはどうかこの端くれ目をお使いください。こちらの転移門は
といったところで魔女さんの顔色が変わる。
そんな、これは、どうして
綺麗だけれど不思議な緑のアイシャドウの魔女さんが焦り出す。
こちらはお預かりしますわ。まさか、実体の門を使う方がまだいらっしゃったなんて。
今回の世界観、飛ばしてるなあ。街は普通なのに。他にも飛んでいる魔女を探したけれど、いない。
「そのドア、ないと困るんです。一緒にいてくれませんか?」
魔女は青ざめた。
申し訳ございません。わたくしにも、積み荷を届ける義務があります。何かあれば
手のひらから炎。
炎!!
こちらの依頼書をご使用ください
炎の依頼書は、はたして。
「どうやって使えば?」
魔女は、ちょっと不機嫌になった。
千切っていただければ、その灯火へ、参らせて頂きます
魔女さんが恭しく軽く礼をして
「わかりました!ありがとう!知らないことが多くて助かります!」
それで魔女さんはやっと笑顔になってくれて、
それでは
と浮上。街の確かな方角へ真っ直ぐと、という感じに飛んでゆく。思った。
「手に負えない」。
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