お見合いで一目惚れ!? 3話


「レームクール伯爵令嬢」

「はい」

「その、少し、話をしませんか?」


 ……柔らかい口調でそういうフォルクヴァルツ辺境伯に、私はこくりとうなずいた。ホッとしたように微笑む姿を見て、また胸がキュンっと高鳴る。……一目惚れってあるものなのね。


「その前に、おひとつ」

「なんでしょうか?」

「私のことは、どうかエリカとお呼びください」

「……では、わたしのことはレオンハルトかレオン、と」


 えっ? 出会って数分で愛称呼びを許して良いの? と思わずレオンハルトさまを見つめてしまった。彼は私の考えを読んだかのように、口角を上げて片目を閉じ、口元で右手の人差し指を立てる。


「フォルクヴァルツって言いづらいでしょう?」

「……ふふっ」


 自分の苗字のことをそんな風に言うのが面白くて、笑い声が出た。


 私とレオンハルトさまは、応接間のソファに向かい合うように座り、互いににこりと微笑み合った。


「……まずは、もう一度自己紹介を。名はレオンハルト・フォルクヴァルツ。年齢は二十三です。容姿は……まぁ、見てのとおりですね。辺境伯をしております」

「……あの、レオンハルトさま。なぜ私相手に敬語なのでしょうか?」


 辺境伯であるレオンハルトさまのほうが、格上なのに……。すると、レオンハルトさまは目をぱちくりと瞬かせて、人差し指で頬を掻いた。


「下心、ですかね」

「え?」

「その、……良く思われたいので」


 その頬がほんのりと赤く染まっていることに気付いて、私は花束に視線を落とした。……下心、良く思われたい……。これは、もしや彼も私に一目惚れをしたんじゃないのかな……? そうだったらなんて嬉しいことなのだろう。


「……仕事に追われて、気が付いたらこの歳になっていました。なので、趣味もありません」


 自己紹介の続きを口にして、レオンハルトさまはにこっと笑う。成人している男性なのに、どうしてこんなに可愛く見えるのかしら……?


「では、次は私の番ですね。エリカ・レームクール、レームクール伯爵家の長女です。年齢は十八、容姿はこのとおり……と、言いたいところですが、女性は化粧でガラッと雰囲気が変わりますので、あまり信用しないでくださいませ。……ダニエル殿下の元・婚約者ですわ」


 私の髪色も、レオンハルトさまの髪色も黒だから、なんだか親近感がわく。前世の故郷を思い出せるからかな?


 まぁ、私の瞳は落ち着いたピンク色だから、鏡を見るたびに異世界なんだなぁとしみじみ感じちゃうけどね。


「……その、傷ついているのでは……?」

「いえ、まったく」


 気を遣ってくれたのだろう。眉を下げて問う姿は、私のことを心配しているようだった。


「レオンハルトさまは、ダニエル殿下と言葉を交わしたことがありますか?」


「数回あります」

「……どう思われました?」


 私の問いに、レオンハルトさまは口元に手を当てて考えるように黙り込んだ。そして、ぽつりと一言。


「自由な人」


 と。まぁ、確かにダニエル殿下は自由な人だったけれどね。王族としての責務は一応果たしていたとは思うけど、他が自由な人だった。たぶん、私のことを試していたんだと思う。


「そうですね、私もそう思います」


 肩をすくめてみせる私に、レオンハルトさまは首を傾げる。


「彼は、私のことを試していたのでしょう。どこまで許されるのか、結果的に年に一度の浮気を許していた私が愚かだったのでしょう」


 アデーレのことに関してもそうだ。ただ、あんな風に婚約破棄を口にするとは思わなかった。それだけアデーレに惚れていると言うことなのかな?


 勝ち誇ったような表情を浮かべているアデーレのことを思い出して、つい重いため息を吐いてしまった。


「年に一度の浮気……」


 ああ、レオンハルトさまは知らなかったのね。なんとも言えない困惑しているような表情を浮かべている。


「ええ。それで今回、もういいかなって思いましたの」

「それは……諦めたということですか? 彼に愛されることを?」

「そもそも、私とダニエル殿下の婚約は政略ですから。そこに愛が芽生えれば良かったんですけれどね……」


 私は私の意地のためにいろいろなことをクリアしてきた。ダニエル殿下の婚約者として……いいえ、として相応しくないと思われたくなかった。それは私のプライドが許さない。


「愛は芽生えてない、と?」

「芽生えそうだったところを、ぐしゃっと踏みにじられた、が正解ですわ」


 扇子を広げて口元を隠して、目だけで笑う。


 婚約者になったのは十歳の頃。ダニエル殿下が私を選んだと聞いたときは、そりゃあ嬉しかった。でも、その嬉しさが続いたのは数ヶ月だけ。王族の婚約者として、私は忙しくなった。家庭教師が増え、毎日張り詰めたように生きていた。


 ダニエル殿下と会うときも緊張した。ダニエル殿下はそんな私を見てどう思ったのか、次に会うときには女性と一緒だった。ダニエル殿下よりも年上の女性だった。彼女に甘える姿を見せつけてきたのだ。


 好きになれるように、努力をしなきゃいけないと思っていた私には、その光景はあまりにも毒だった。婚約者がいる前でそんな姿を見せる相手を、どう好きになれば良いのがわからなかったのよね。


「……それでも、婚約を続けていたのですね」

「さすがに王族との婚約をこちらから解消するのは……」


 だからこそ、卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたときは驚いたけれど、これでダニエル殿下の婚約者じゃなくなることに安堵もした。


 こんなに素敵な人とも巡り会えたしね!

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