卒業パーティーで婚約破棄イベント 2話
「――なんの騒ぎだ?」
重厚な低さの声が聞こえた。びくっと身体を強張らせるダニエル殿下。
それもそうだろう、実の親であるオイゲン陛下がパーティー会場に来たのだから。
ダニエル殿下の父親であるオイゲン陛下は、厳しい視線をダニエル殿下とアデーレに向け、私に対しては申し訳なさそうに一瞬眉を下げた。陛下も、殿下の浮気癖について知っている。陛下は陛下で「今に目を覚ますから……」と濁していた結果がコレだから、きっと頭痛がするに違いない。
「……ダニエル、どういうことか説明してもらおうか」
ダニエル殿下はしどろもどろになりながら、自分の都合の良い言い訳を伝えていた。よくまぁ、そこまで口が回るものだと呆れてしまう。私ひとりを悪者にして、自分たちは愛を貫く……なんて、うまくいくはずないじゃない。こんな大勢の前で、私を
オイゲン陛下は私にも聞いてきたので、私は彼に婚約破棄を宣言されたことを伝え、さらにふたりに対して慰謝料を請求するつもりであることを話した。
カタカタと肩を震わせるアデーレに、「大丈夫だから」とぎゅっと彼女を抱きしめるダニエル殿下。ここだけ切り取れば、可憐な女性を守る騎士のようだ。その実態は――まぁ、言うまでもないわよね。
「……ダニエル、エリカ・レームクール伯爵令嬢と言っていることが違うようだが? それに、その娘はなんだ?」
「ち、父上。俺は真実の愛に目覚めたんです!」
「……年に一回は必ず浮気するお前が?」
オイゲン陛下は疑うようにじろりとダニエル殿下を見た。口をぱくぱくさせるダニエル殿下。……えっと、まさか本気で知らないと思っていたのかしら……?
「気付いて……!?」
「……我が息子ながら、本当に情けない……」
オイゲン陛下が額に手を当てて、左右に首を振りながらため息を吐いた。それを見たアデーレが声を上げる。
「だ、ダニエル殿下は情けなくなんかありません! そう、彼は真実の愛に目覚めていなかったのです! エリカさまとは合わなかっただけですわ!」
真実の愛が略奪という意味なら、いろんな意味で四面楚歌になりそうな気がするわ。真実ってなんだっけ?
「……どうしてそう思う?」
「だ、だって、本当に愛しているのなら、愛する努力をして、愛される努力もするでしょう!? エリカさまはそんなことをしなかった! だから婚約破棄されるのが彼女の運命だったというだけです!」
「王族の婚約が、愛だけで決まるわけがなかろう」
呆れたようにバッサリと、切り捨てられた。アデーレは自分の主張が通らないことにショックを受けていたみたいだ。自分が正義だと信じて疑わないその姿勢、ある意味すごいと思うわ。
元々、この婚約はオイゲン陛下からレームクールに持ち掛けた婚約であることも、ダニエル殿下が私と婚約したいと言い出したことも彼の中ではさっぱりと忘れられているのだろう。
オイゲン陛下とお父さまが、いろいろ話し合って決めた婚約らしい。
ダニエル殿下は戸惑っているように見えた。アデーレもまた、どうしてこんなことになっているの? と怪訝そうに表情を歪めていた。
「……私は、殿下の妃になるために努力をしたつもりです」
ダニエル殿下に視線を向けてから、オイゲン陛下に聞こえるように言葉を発する。
伯爵家の私が王族に嫁ぐということは、準備が必要だということ。
歩き方は頭の先からつま先、指先まで気をつけて、美味しい紅茶を淹れる練習、学問、マナー講座、ダンスレッスン……数えきれないほどの習い事をクリアしてきたのは、意地でもあった。
いつか来るこの日に向けて、私は努力をしたのだと、胸を張って言いたかった。愛されるためではなく、彼の隣に立つにはこんなにも努力が必要なのよ、と見せつけるために。
私が習い事をしている間、ダニエル殿下はアデーレと逢瀬を繰り返して愛を育んでいたみたいだけど。
……習い事に夢中になって、彼とのことを疎かにしていた自覚はあるけどね。仕方ないじゃない、私にとっては習い事のほうが大切だったのよ。だって身につけた教養は私の財産になるのだもの。
それに、婚約破棄されるのはわかっていたから……。やり込んだ乙女ゲームだ、この結果になる予想はしていた。
「……その努力は水の泡になりましたが……。愛とは儚いものですね」
扇子で口元を隠したまま、顔を隠すように俯く。肩を震わせていたから、たぶん泣いているように見えたかもしれないけれど、逆だ。
笑いを堪えているのだ。
……だって、面白いじゃない? 婚約破棄された当事者だけど、この状況……どう見ても殿下たちのほうが不利だもの。
ダニエル殿下の婚約者として、淑女のお手本みたいな存在になれるように努力した結果がコレ。
婚約破棄されるからといって、努力を
――さて、オイゲン陛下はどう出るかしら……?
期待と不安で少し心が揺れながらも、オイゲン陛下に視線を向けた。
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