婚約破棄×お見合い=一目惚れ!?

秋月一花

卒業パーティーで婚約破棄イベント 1話


 とある学園の卒業パーティー。みんな色とりどりのドレスを着て、パートナーにエスコートしてもらっている。


 そんな中、私――エリカ・レームクールはで会場に入った。みんながざわざわとざわめいているのを聞いて、小さく息を吐く。


 お父さまとお母さまが、この日のために買ってくれたドレス。淡い水色の生地に銀色の刺繍が美しいこのドレスも、こんな風に注目を浴びるとは思わなかっただろう。


 華美なアクセサリーよりもシンプルなアクセサリーを好む私の格好は、一見するとあまり目立たないかもしれない。だが、ネックレスもイヤリングも超がつくほどの一級品だ。


 艶のある黒髪をアップにして、落ち着いたピンク色の瞳で辺りを見渡す。


 ――会場の真ん中に、探していた人たちがいた。


 私と同じ淡い水色の生地のドレス。違うとすれば彼女のドレスの刺繍は金色ということだろうか。アクセサリーは大きさを誇るようにきらりと光っている。たぶん、隣にいる第一王子、ダニエル殿下から贈られたものだろう。


 濃いピンク色の髪に、晴天を思わせる瞳。愛らしい顔立ちの彼女。誰もが庇護欲を駆られるような彼女。――の、ハズなんだけど、勝ち誇った表情を浮かべているのを見て、小さく肩をすくめた。


「――ごきげんよう、エリカさま」

「ごきげんよう、アデーレさま」


 にこり、と微笑み合う私たち。この世界のヒロインであるアデーレ・ボルク男爵令嬢は、ぎゅっとダニエル殿下の腕に抱きついて、豊満な胸を押し当てている。その感触に一瞬デレッと表情を崩すダニエル殿下に、私は気付かれないようにため息を吐いた。


 ダニエル殿下は、アデーレを愛しそうに見てから、私を睨むように見つめる。笑みを浮かべてみせると、少し怯んだようだ。でも、これでわかる。


 ――私はこれから、婚約破棄を告げられるのだろう。


 別に構わない。婚約者であるダニエル殿下を愛しているわけではなかったから。


 彼の隣に立つための努力がなかったことにされるのはもちろん悔しいが、与えられた知識や王子の妃となるために必要とされた立ち振る舞い方などは、ある意味私の財産とも言えるだろう。


 ダニエル殿下は私のことをじっと見て――それから、ゆっくりと口を開き、こう言った。


「エリカ、きみとの婚約破棄を宣言する」


 それまでざわついていた学生たちが一気にしんと静まり返った。まぁ、そうなるわよね。


 この国の第一王子であるダニエル殿下が、婚約者である私にこんな場所で婚約破棄を宣言したのだから。


 私はちらりとアデーレに視線を向けて、もう一度ダニエル殿下に視線を向けて、すっとカーテシーをした。


「かしこまりました、お幸せに!」


 満面の笑みを浮かべて祝福の言葉を掛けると、ふたりは目を丸くした。


「……え、なんでそんなに乗り気ナンデスカ……?」


 アデーレが弱々しく尋ねてきた。どうやら、私の反応は予想と違っていたらしい。


「婚約を破棄するのなら、これまでのことを話してもよろしいですよね。私という婚約者がいながら、別の女性と何度も逢瀬おうせを重ねる男性なんて、私は求めておりませんの。しっかりとダニエル殿下の手綱たづなを握ってくださいね、ボルク男爵令嬢!」


 ちなみに証拠は山のようにある。だって、わざわざ見せつけに来るんだもの。最初のうちは何事かと思っていたけれど、考えれば考えるほど理解不能だった。浮気していることをわざわざ見せつけに来る? と。そのうちに、ああ、殿下は私のことをうとましく思っているのね、と気付いてせっせと証拠を集めることにしたのよ。


 それにしても、この山のような証拠を使う日がとうとう来るとは! 婚約破棄イベントよ、ありがとう!


 感無量とはこのことね! うふふ、慰謝料はたっぷりいただきますよ、ダニエル殿下!


 ――どうして私が、アデーレ・ボルク男爵令嬢のことをヒロインと呼んだのか。そして、こんなにもしっかりと殿下の不貞の証拠を握れたのか。


 お気付きの方もいらっしゃるだろう。そう、私は転生者である!


 気付いたのはダニエル殿下と婚約してから。なんか聞いたことあるなー、なんだったかな―と思っていたら、一気に前世の記憶が流れ込んできたのだ!


 乙女ゲームの中に転生だなんて、本当にあったのねぇ。記憶を取り戻してからいろいろと準備をし始めた甲斐があったわ。


「きっとアデーレさまなら、ダニエル殿下の浮気も受け止められますわ! 私と婚約してから八年、一年に一度は必ず浮気しておりましたもの。それも、見せつけるかのように。私が傷つくのを見て、優越感に浸っていたのでしょうか?」


 実際、最初は傷ついた。婚約者がいながら、他の女性と浮気をして……しかも、わかりやすくいちゃつきながら、こちらをちらっと見るのだ。私が傷ついているかを確認するように。そんな人、こちらから願い下げよ!


 私の言葉にダニエル殿下はプライドが傷つけられたのか、カッと顔を真っ赤にしながら「黙れ!」と叫んだ。


 静まり返ったパーティー会場の中、さっきまでの余裕はどうしたのだろうか?


「殿下は知らないかもしれませんが、殿下のお相手は慰謝料を払ってくださいましたよ? もちろん、殿下にも慰謝料を請求いたします。ここ三年以内のお相手にも……それに、アデーレ・ボルク男爵令嬢にも」


 にっこりと微笑んで扇子を広げて口元を隠す。アデーレはぎょっとしたように目を見開いた。私に慰謝料を請求されるのは予想外だったのかしら?


「ひ、ひどいですわ、エリカさま! エリカさまのおうちはとってもお金持ちじゃないですか! 貧乏なわたくしからお金をむしり取ろうなんて、そんなひどいことをなさるのですか!?」


 ……貧乏かどうかは関係ないよね。だって、婚約者を奪ったのだから。


 呆れたような私のため息が、パーティー会場に響いた。みんな、固唾をのんで様子を見ているから、余計に響いた気がする。


 まぁ、確かに男爵家よりも伯爵家であるうちのほうが、お金はあるんだろうけど……慰謝料の意味を知らないってわけじゃあ、ないよね?

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