妖狐のおはなし🦊
吉日 凪(きちじつ なぎ)
第1章1節
風防は水気の多い水彩みたいな、何処か喪失感を描き出したような、夜から朝へのグラデーションに染められている。
ほんの半刻前までは、眩しいほどの瞬きが自由気ままに浮かんでいた。けれど、それも一つまた一つと溶けて消え、今では何一つ残ってやしない。
そんな冷たい視界は反って居心地の良いものだった。背後から小刻みな振動を伝えるバケット、風切り音を叩き出すプロペラ、こいつらみたいな無責任に騒ぎ立てるモノ達とは違って。
ふと思い浮かぶ、私だってただの銃弾であれば良かったのだ。
それは放たれて、飛翔し、着弾する、どこにでもありふれた一粒の鉛玉だ。そうであったなら何を考える必要もない……なんて考えこそが、浮かんでは霧散するだけの空虚なノイズなのだろう。
我ながら、まるで壊れたラジオみたいだ……だというのにこんなノイズこそが、私が私であることの微かな手掛かりにも感じられた。
『――時風一七二九、風は方位二七〇から秒速三メートル、滑走路ツー・セブンへの着陸を許可する』
管制からの無線がショウモナイ雑音を掻き消した……ここまで気楽なフライトは初めてだ。
今更になって目線が下りる。右前方、深い藍色を湛えた海面にポツンと浮かび上がった静かな島、それが雲の合間に見て取れた。外周は約五十、海まで広がる裾野と、主張の乏しい山々が目に留まる。
そいつを目印にして機首を下げる。自らの手で操縦桿を倒している筈なのに、自然とそちらへ落ちていくようだ。
これで良い。私は一つの風穴を開けるためだけに存在してきた。それをいつからだ、どうしてだなどと思い起こす意味さえない。
私はただ、そう定義した。それ以外、理由もない。
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