【 旅 の 始 ま り 】

(1)


 「本当に一人で大丈夫なんですか?」

 と、リスティルが尋ねてくる。いつも通りの穏やかな口調で、キリアの心を確かめるように。

 「うん、大丈夫よ、一人で」とキリアは答える。

 「だからリスティルは、おじいちゃんのことお願い」

 「わかりました」

 髪の長い青年はしっかりとうなずいた。

 キリアは一人「塔」を出て、国境の向こうの旅に出る。南の隣国のピアン首都までの旅は完全な一人旅となる。初めての一人での長旅。不安よりも、

 (ずっと塔を出たいって思ってた)

 キリアは乗用陸鳥ヴェクタの背で大きく伸びをする。今回の旅はかなりの長旅になるだろう。空は青くて広い。キグリスの大草原を南に街道が延びている。振り返れば小さく遠ざかっていく塔が見える……。


(2)


 バートの母はピアン首都で『SHINING OASISシャイニング・オアシス』という名の小ぢんまりとした食堂を営んでいる。ここは昼間は食堂だが、夕方を過ぎると酒も飲めるようになる。二階には二人部屋が三つあり、宿泊もできる。交代制だが一応、入浴もできる。昼にランチを食べに来る人、夜に酒を飲みに来る人、そのまま入浴して泊まっていく人。客はそこそこ多く、特に昼時と夜は賑わっていた。

 サウスポートを追われ、家族ともはぐれたリィルは、バートの家で住み込みで働くことになった。バートと母は「別に働かなくても」と言ったのだが、リィルは住まわせてもらうからには働きますと言って譲らなかった。

 「すみません、宿泊部屋ひとつ占領しちゃって」

 「良いのよ。私とリィル君の仲でしょ。遠慮なんかしないで。それに昼時は忙しいから、正直、手伝ってもらえるってのはすっごく助かるのよ。コイツは手伝いサボってばっかで何の役にも立ちゃあしないし」

 バートの母ユーリアは息子を横目で見ながら言った。だってめんどくせーんだもん、とバートが良くわからない言い訳をする。

 リィルがバートの家で寝泊りするようになってから数日後。一人の女性が『SHINING OASIS』を訪れた。開店直後で、客はまだ一人も居なかった。

 「こんにちは」と言って、女性は食堂の扉を開けて中に入ってきた。

 「いらっしゃい」

 厨房で準備をしていたバートの母が明るく声をかけた。バートとリィルは慌てて水とおしぼりを持って出て行った。

 女性はバートたちと同じくらいか少し上の年齢に見えた。ストレートの髪を肩まで伸ばしている。見慣れない顔だった。

 「とりあえず空いている席へどうぞ」

 リィルは笑顔で女性に言った。こいつ接客業に向いてるな、とバートは思った。バートは接客が下手で、母に「少しはリィル君を見習いなさい」とまで言われていた。

 「あ、ごめんなさい。ええと、ちょっとお聞きしたいことがありまして」

 女性は席に着くそぶりは見せずに言った。

 「なんだ、客じゃねーのかよ」

 バートは思わず声に出してしまった。むっとしたような女性と目が合う。まーまー、とリィルがバートをなだめた。

 「よろしければ座ってお水でも。せっかく持ってきちゃったし」

 「そうね。……ありがと」

 女性は手近な椅子に腰かけると、リィルから水を受け取って微笑んだ。

 「で、聞きたいことってのはね、」

 水を一口飲んで、女性は口を開いた。

 「私、人を探してるの。……エニィルっていう名の男性なんだけど」

 「!」

 バートとリィルはその名を聞いて目をみはった。エニィル――行方不明の、リィルの父の名だ。

 「おいリィ……」

 「何故、ここに来たんですか?」

 言いかけたバートを制して、リィルが口を開いた。バートは会話はリィルに任せることにした。

 「ピアン首都ここで色々聞いて回って。……あ、元々はサウスポートに住んでいたんでしょう。でも、サウスポートって、あんなことになっちゃったから」

 「…………」

 「エニィルさんが来るとしたらここだって、噂で聞いてね。……その様子だと良く知ってるんでしょう、エニィルさんのこと」

 「知ってますけど……」とリィル。

 「貴女は、どなたなんですか? 何故彼を探しているんですか?」

 「あ、申し遅れちゃったけど、」と女性は言った。

 「私の名前はキリア。キグリスから来たの。エニィルさんを探しているのは、とあるお方の命を受けてね。決して怪しい者じゃないから」

 「キグリス?!」

 バートは声を上げた。キグリス王国は、ピアン首都の北の山を越えたところ、大陸の中央に位置する王国で、ピアン王国とはあまり仲が良くなかった。数年前、国境付近で小競り合いをやらかしたこともある。

 「キグリスで悪い?」

 女性――キリアは強気に言い返してきた。

 「今、ピアンだキグリスだって言ってる場合じゃないでしょ。そのこと一番良くわかってるの、ピアンの人たちなんじゃない?」

 「まーまーまー」

 リィルがバートとキリアの間に割って入ってきた。そしてキリアを見て言う。

 「エニィルは俺の父です。――『とあるお方』って誰ですか? 父さんの知り合い?」

 「……それは……、ええと……」

 キリアは口ごもった。

 「お互い隠し事は止めませんか? あ、場所変えて話そうか」

 「そうね。それが良いわね」

 いつの間にかバートの母が背後に立っていた。

 「二階行ってきたら? あとで差し入れ持って行ってあげるわよ」

 「すみません、ユーリアさん。行こう、バートも」

 リィルはバートとキリアをうながして、二階へと向かった。


 *


 三人は階段を上り、二階の宿泊部屋のひとつに入って、扉を閉めた。部屋の中にはベッドが二つあり、間に小さな机が置いてある。バートとリィルが片側のベッドに腰かけ、キリアはもうひとつのベッドに腰かけて机を挟んで二人と向かい合った。

 「どっちから話すべきかなー」

 と、リィルは口を開いた。

 「貴女が俺の父さんをどこまで知っているかによるんだけど、父さんの知り合い?」

 「キリアで良いわよ。私はごめん、知らないの。でもおじいちゃんは良く知っているみたいだった」

 「おじいちゃん?」

 「キグリスの大賢者、キルディアスが私の祖父なの。……ピアンの人なら知らないか」

 「キグリスの大賢者……」

 バートはつぶやいて、正直に知らない、と答えた。

 「俺は、噂程度には」とリィル。

 「おじいちゃん――大賢者キルディアスに頼まれて、ここに来たってわけ」

 とキリアは言う。

 「エニィルさんの安否と所在を確かめてきて欲しいって。私が塔を出たときには、既にサウスポートの噂は聞いていたんだけど……」

 「父さんの行方は……わからないんだ」

 とリィルは言った。リィルは自分の家族がバラバラになったこと、姉が敵に捕まったこと、もしかしたら家族に会えるかも知れないと思ってここにいるが、未だ誰にも会えないことをキリアに伝えた。

 「そう……」キリアは残念そうに言った。

 「貴方も、大変ね……」

 バートの母ユーリアが三人分の飲み物と焼き菓子を持って部屋に入ってきた。三人は焼き菓子を食べ、飲み物を飲んで、ふうと一息ついた。

 「さーてーと。どうしよっかな」

 と言いながら、キリアは立ち上がった。

 「お仕事中、突然ごめんね。私そろそろ行かなくちゃ」

 「どうすんだお前、これから」バートは尋ねてみる。

 「エニィルさんの件は、正直、どうしようかなってところ。」とキリア。

 「まあ、所在不明ならそう報告するしかないんだけどね……。数日経ったらまたお邪魔させてもらうかも」

 「そっか」

 「……それと。私が首都に来たの、もうひとつ理由があるのよ」

 そう言ってキリアは、何故かはあ、とため息をつく。

 「?」

 「ううん、なんでもない。時間があれば食堂でお昼食べて行きたいところなんだけど、ごめん、もう行かなくちゃ」

 「気にしないで良いよ。また食べに来てくれれば」とリィル。

 「ありがとう。お父さん、見つかると良いわね」

 キリアは言った。

 「私も『命』のこともあるし、こっちはこっちでエニィルさん探すから。何か情報あったら伝えるわね」

 「それはすごく助かるよ」

 リィルは礼を言った。


(3)


 その日の夜。バートは自分の部屋の灯りを消してベッドに入った。バートの部屋は二階の一角にある。元々は宿泊部屋だったらしいが、ここはいつの間にかバートの部屋ということになっていた。つくりは宿泊部屋と同じだが、ベッドは一つしかなく、もう一つのベッドの代わりに大きめのテーブルが置いてある。ちなみに、バートの父母の寝室は一階にある。

 コンコン。最初は空耳かと思った。少し後、再びはっきりと窓をノックする音が聞こえた。バートは起き上がって灯りをつけ、窓の外を見てぎょっとした。

 「な、なんでお前、こんな時間に……」

 バートは慌てて窓を開けた。そこには金髪の少女、ピアン王国王女サラが「やっほー」と笑顔で手を振っていた。

 バートが開けた窓から、サラはお邪魔します、とつぶやいて部屋の中に入ってきた。ここは二階である……。バートはため息をついた。どうやって上ってきたんだ、とは聞かない。バートの部屋の窓の外はベランダになっていて、そこから屋根、塀とつたって通りに下りられるのだ。運動神経の良い者なら、その逆もわけなくできる。サラは小さい頃から良く王宮を抜け出してはバートの部屋に侵入してきたので、そのことに関してはバートは驚かなくなっていた。

 「どうしたんだよサラ、こんな夜中に」

 午前中は突然変なキグリス女が来たし、今日は千客万来だな、とバートは思う。

 「ねえバート」サラはバートを見て言った。

 「伝説の大精霊……”ホノオ”に会いに行かない?」

 「……はああ?」

 バートはその場でこけそうになった。真夜中に一国の王女が民家に乗り込んで来て何を言い出すかと思えば……。


 *


 この世界には「精霊」が存在する。自然界に存在する不思議な「気」のことである。精霊には土・火・風・水の四種類がある。ヒトは個人差はあれど、これらの精霊を自由に操ることができる。精霊の力は物を破壊する力にもなり、傷を癒す力にもなる。

 ただし、ヒトが操れる精霊は四種類のうち一種類のみである。火に属する者は火の精霊、水に属する者は水の精霊を扱える。その属性は、その者が生まれた季節によって決まっていた。

 そして、精霊たちを統べる「大精霊」の存在が、古くから信じられていた。火の精霊たちを統べるのは、大精霊”ホノオ”。水の精霊たちを統べるのは、大精霊”流水ルスイ”。風の精霊たちを統べるのは、大精霊”風雅フウガ”。土の精霊たちを統べるのは、大精霊”陸土リクト”。四体の大精霊は、普段は人知れずどこかでひっそりと眠りについている、と言われている。そして、二千年前、この大陸が危機に陥ったときには、人間たちに力を貸し与えた。そして今は再び長い眠りについている――。

 「……で。”ホノオ”ってのは一体どこにいるんだ」

 バートは一応聞いてみた。

 「知らないのバート。有名な伝説じゃない。ピアンとキグリスの国境、ピラキア山脈よ」

 「へえ。そんな伝説があったのか。てか、国境っつったら随分遠いな」

 国境に辿り着くまでには、首都を出てから乗用陸鳥ヴェクタを走らせて数日はかかる。

 「詳しい話は行きながらにしましょ」とサラは言った。

 「さあ、早く準備すませちゃってね」

 「……っおいっ!」バートは思わず大声を上げた。

 「まさかお前、今から行く気満々なのか?」

 「もちろんよ」サラは笑顔で答える。

 「オイ、いくらなんでも冗談、」

 「本当のこと言うとね……」

 サラは急に声のトーンを落とした。

 「……あたし、命を狙われてるの」

 「な、何っ?!」

 バートは声をひそめて驚いた。

 「どういうことなんだよサラ……!」

 「だから、王宮を抜け出してここまで逃げてきて……できるだけ早く、遠くに逃げなくちゃならないの。お願いバート。あたしもう頼れるのが、バートしかいなくて」

 「何てこった……」バートはうめいた。

 「そうならそうと早く言えってんだ! 待ってろっ、今から準備すっから……」

 「ごめんね……巻き込んじゃって」

 「何を今更」

 バートは短く言い捨てると、慌てて外に出る支度を始めた。突然のことだが、もしかしたら数日かかる旅になるかもしれないので、それなりの準備をしなくてはならない。

 「そうだ、リィルも連れてくか」

 バートはふと思いついて言った。リィルはバートの隣の部屋でぐっすり眠っているはずだ。

 「そうね、リィルちゃんもいてくれたほうが心強いわ」

 「いざって時のために、人数は多いほうが良いよな」

 と言いながら、バートは廊下に出てリィルの部屋の扉を開け放つ。

 「おいリィル――」

 ぐっすりと眠るリィルを叩き起こそうとして――バートは止めた。リィルがここに居るのは、リィルの父母や兄がここに来るからかもしれなくて、それをリィルは待っているのではなかったか。わざわざ、王女の命を狙う者から逃げるという、危険な逃避行の旅にリィルを連れ出す必要はない。

 「サラ、やっぱりリィルは寝かせておくことにした」

 部屋に戻ってバートはサラに言った。

 「あいつ、夜だめなんだよな。起こしても起きねーし。はっきり言って足手まといになるだけだし」

 「そうなの……。残念ね」

 「俺たちが急にいなくなって心配するといけねーから、書き置きだけ残しておくか」

 バートの母ならいくらでも心配させておけば良いが、リィルについてはそうもいかない。バートは戸棚をあさってペンとメモ用紙を取り出すと、短い伝言を書いて、そのへんの封筒に入れた。封筒の表には「果たし状」と書かれていたが気にしている時間はない。バートはその封筒をリィルの部屋に投げ込んだ。


(4)


 扉を叩く音がする――。リィルははっと目を開けた。窓から差し込む光で部屋の中は明るかった。太陽がいつもより高い位置にあるような気がする。

 「リィル君、起きてる? いーい? 入るわよ」

 バートの母ユーリアの声が聞こえてきた。はいー、と返事をして、ふとベッドの脇に落ちている封筒が目に留まった。

 扉が開けられてユーリアが入ってきた。

 「うちのバカ息子知らない?」とユーリアが尋ねてきた。

 「いつまでたっても起きてこないから、どうしたのかと思ってアイツの部屋覗いてみたらいなくって」

 「そういえば、今日は起こされなかったな……バートに」

 リィルはここ数日ひとりで起きたためしがなかったな、と思い返していた。寝起きの悪いリィルを叩き起こすのはバートの役目だった。

 「ええと、バートがいないんですか?」

 大あくびをしながら、リィルは床に落ちていた封筒を拾い上げた。「果たし状」の文字が目に飛び込んできてぎょっとした。

 「??」

 リィルは首を傾げながら封を開けた。

 『リィルへ サラが命を狙われているらしい。二人でできるだけ遠くに逃げることにした。ついでに大精霊”ホノオ”にも会ってくる。バート』


 *


 リィルとユーリアは、一階の食堂で少し遅めの朝食をとっていた。

 「じゃあ……、サラちゃんが命を狙われてて、うちのバカと二人で逃亡中、ってことなの?」

 と、ユーリア。

 「どうやらそうみたいで……」

 リィルはコーヒーを口にしながら答えた。

 「心配だわ……サラちゃんが」

 「……バートの心配はしないんですか」

 「それにしても、『ついでに』以下の意味が良くわかんないわね。大精霊……”ホノオ”?」

 ユーリアが書き置きを手に首を傾げた。

 「”ホノオ”ってピラキア山脈でしたっけ。国境付近まで逃げるつもりだって意味なのかなあ」

 「随分遠くじゃない。いつ帰ってくるつもりなのかしら。……当分帰ってこないつもりなのかしら」

 「いつまでも二人で逃げ続けるわけには……。ってか、サラが狙われてるってどういうことなんだろう。それが解決すれば、帰って来るのでは」

 「そうね。久しぶりに王宮行ってみようかしら。この書き置きだけじゃあねえ。何が起こってるのか、確認してこないと」

 そうですね、とリィルがうなずいたとき、がたん、と音を立てて扉が開けられた。まだ開店時刻ではなく、扉には「準備中」の札がかかっているはずだった。扉の鍵は開いていたらしい。

 「キリア?」

 駆け込んできた女性を見てリィルは声を上げた。昨日もここに来ていたキリアだった。

 「すみませんっ、ちょっと……」

 キリアはずっと走ってきたらしく、息を切らせていた。ユーリアが水の入ったコップを持ってきてキリアに渡した。

 「……聞きたいことが。サラ王女、ここに来てませんか……?」

 「え……」

 とだけつぶやいて、リィルは固まってしまった。

 「他言無用の極秘情報なんだけど……サラ王女が……昨夜から行方不明で……」

 「……?」

 何故キリアがサラのことを知っているのだろう……。キリアは何者なのだろう、とリィルは考える。そういえばキリアは最初から色々あやしかった。まさかキリアが王女の命を狙う暗殺者……?とまでリィルが思ったとき、

 「どうしよう……やっぱり悪いことしちゃった……。王女がいなくなっちゃったの、きっと、私の所為……」

 キリアは言って、コップに口をつけるとうつむいてしまった。その姿は本気で落ち込んでいるようで、とてもキリアがサラの命を狙っている暗殺者のようには見えなかった。というか、そう信じたい。

 「あのー、詳しい話、聞かせてもらえませんか?」

 リィルはキリアに言った。今日はしばらく臨時休業ね、と言って、ユーリアは扉の鍵をかけるために立ち上がった。


 *


 「私が首都に来たの、もうひとつ理由があるって言ったでしょ」

 と、キリアは語り始めた。キリアは二つの命を受けてピアン首都に来たのだという。

 「ひとつがエニィルさんのこと。これは昨日話した通りね。で、もうひとつが、ピアン王女のことなの。こっちはキグリス王の命でもあるの」

 「ふうん。俺の父さんのことより、そっちの方が重要そうだね」

 「まあね」キリアはうなずいた。

 「キグリス王は、ピアンとの停戦を考えているの」

 「へえ、ピアンとキグリスが停戦……、それ、良いね」

 「うん。お互いにとって悪い話じゃないでしょ。だって、ねえ」

 ピアン王国最南の港町が、『異世界から来た異形の者』たちに占拠されたという情報はキグリスにも伝わっていた。キグリス側でも、その出来事を二千年前の伝説になぞらえる者が多くいるという。

 ピアンとしては、既にキグリスと小競り合いを続けている場合ではなくなっている。キグリスとしても、その敵の正体がわからない以上、大陸全土の脅威ともなり得る「彼ら」を撃破するため、ピアンと手を組んだほうが得策、というわけなのである。

 「それで、キグリス王は、停戦のあかしとして、キグリス王子ロレーヌと、ピアン王女サラ様を婚姻させようとしているわけ」

 「それって……」

 「そう。政略結婚、てやつね」とキリアは言った。

 「その話を持ってきたのよ。……あんま気は進まなかったけど。あ、停戦同盟じゃなくて、政略結婚のほうね」

 「うーん確かに、結婚ってのはねえ。一生のことだもの……」

 ユーリアがつぶやく。

 「……変なこと聞くけど、」リィルはキリアに言った。

 「その話、本当のことだよね?」

 「嘘言ってどうするのよ……。王宮行って確かめてきたら? あ、今のところ王女失踪の件は極秘情報ってことになってるけど……」

 キリアはユーリアを見た。

 「ごめんなさい、色々調べさせてもらっているんです。『SHINING OASIS』の女将おかみさんが、ピアンの将、クラヴィスさんの妻だってことも。なので、貴女だったら、きっと王宮で色々教えて貰えると思います」

 「ユーリアさん」

 「……そうね。私行ってくる」

 ユーリアはそう言って立ち上がった。

 「王宮には行こうと思っていたところだったのよ。リィル君、留守番よろしくね」

 「はい」リィルはうなずいた。

 キリアは色々しっかりしていそうだ、とリィルは思った。今の話が本当か嘘かどうかはバートの母が王宮に行けばわかることだ。問題は……『サラが命を狙われている』というバートからの伝言。これは、今回の政略結婚絡みのことなのだろうか。……それとも。

 「そういえば」とキリアがリィルに尋ねてきた。

 「昨日一緒にいた……バートだっけ。彼は今日はいないの? 彼、クラヴィス将軍の息子さん、よね?」

 「そうだけど。……ごめん突然話変わるけどキリア、サラはなんでいなくなっちゃったんだと思う?」

 「そりゃあ……、私が持ってきたキグリス王子との政略結婚が嫌で……じゃないの?」

 「これ、」

 リィルはキリアにバートからの伝言を見せた。

 「……どう、思う?」

 「…………」

 キリアはメモ用紙に書かれたバートの文字を凝視していた。

 「ピアン王女が……命を狙われて……? それは私、初耳ね」

 「そうかー。まあ、この件についてもバートの母親さんが情報集めてきてくれると思うからそれを待つとして……」

 「……なんで『ついでに大精霊”ホノオ”』なのかしら。ここは突っ込むところで良いの?」

 「たぶん」リィルは答えた。


 *


 しばらくして、バートの母ユーリアが『SHINING OASIS』に帰ってきた。

 「やっぱりサラちゃんが行方不明になっちゃってるってのは本当ね……みんな必死で街中探し回ってるわ」

 とユーリアは言った。

 「ユーリアさん、サラが命を狙われて……って件は?」

 リィルは尋ねてみる。

 「そういう話は聞かなかったわね」

 「そうですか……」

 リィルは重い口を開いた。

 「……まさかとは、思いますけど」

 「王女が首都から逃げ出すための口実だったりして……?」

 と、キリアが続ける。

 「断言はできないけどね」

 「うう、もしそうだったとしたら……そこまでピアン王女追い詰めちゃったのね……私」

 キリアはそう言って、がっくりと落ち込んだ。

 「それでもし本当に王女に何かあったら……キグリスとピアンの国交回復は絶望的……おじいちゃんにもキグリス王にも怒られる……どんな顔してキグリスに帰れってのよ……」

 「キリア、」リィルはキリアに声をかけた。

 「サラ王女が、無事にピアンに戻れば良いんだよね?」

 キリアはリィルを見てうなずく。

 「俺、二人を探しに行きます」

 と、リィルは言った。

 「二人のこと心配だし、探しに行って、連れ戻してきます」

 「でもリィル君、貴方ここで……」

 とユーリアが言いかけると、

 「良いんです。何となくですけど……俺の家族は、ここで待ってるだけじゃあ、会えないような気がするんです」

 「……そう」

 「私も一緒に行きます」とキリアも言った。

 「どうせこのままじゃあキグリスには帰れないし」

 「わかったわ。くれぐれも気をつけてね」とユーリアは言った。

 「……まあリィル君たちなら、うちのバカ息子と違ってしっかりしてそうだから安心ね」

 「ありがとうございます。……すぐに見つかると良いですけど」

 「幸い、あてはあるからね」

 キリアが言い、リィルはうなずいた。

 「夜のうちに首都を出たってことよね……。半日弱遅れか。追いつくかな?」

 「バートたちが『リンツ』で一晩宿泊……ってことになったら、希望はあるかな。その分こっちは強行軍になるけど」

 「とにかく、私たちもすぐに出発しないとね」

 とキリアは言った。


 ひとつめの旅が、始まろうとしていた。

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エレメンタル・フィールド ~ 四精霊の伝説 ~ @sawakii

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