エレメンタル・フィールド ~ 四精霊の伝説 ~
@sawakii
第1部 国境の向こうの旅
【 翼 持 つ も の 】
(1)
バートは
目的地はまだ見えない。
「……ト。バ……トおっ」
風の音に混じって少女の高い声が耳に届いた。バートは驚いて振り返った。もう一匹の
バートは自分の
「……何しに来たんだよ」
バートは不機嫌に少女に声をかけた。
「あたしも一緒に行こうと思って。サウスポート」
少女はバートをまっすぐに見つめて言った。サウスポートはピアン王国最南の港町で、今まさにバートが向かおうとしている町である。
「お前が?!」バートは驚いて大声を上げた。
「お前、自分の立場とこれから行くところの状態、わかってるのか? ……ってか、いくらなんでもまずいだろ、お前が動いちゃあ」
「どうしてあたしが動くとまずいのよ」
少女が言い返してきた。
「王女って何のためにいるの? こういうときのためでしょ。こういうときに動かないで、何が王女よ」
そう言われてしまうと、バートは何も言い返せない。彼女の言葉は筋が通っているようで、どこかしら強引なような。
「それに、お父様の了解はいただいたわ」
と少女は言う。バートはそれはあやしいなと思ったが、バートはどうしてもサウスポートに行かなくてはならない。するとこの少女も当然、ついてくるだろう。ということは、二人でサウスポートに向かうしかない。
「仕方ないな……」
バートは観念してため息をついた。
「ていうか、良く追いついてこれたよな。お前のヴェクタってそんなに速度出るのか?」
「ええ。ピアン王国最速のヴェクタを拝借してきたの」
「良いな。俺もそっち乗って良いか?」
「良いけど、二人乗りになると速度落ちるわよ?」
「ああそっか。じゃあ、このまま行くか」
「……良かった。最初すごい顔してたけど……意外と元気そうだから」
少女はぽつりとつぶやいた。この少女は自分を心配して、王国最速のヴェクタで追いかけてきてくれたのか――と、バートは思った。
*
バートを追いかけてきた少女の名はサラという。年齢は十六歳。とても可愛らしい顔立ちをしているが、こう見えて本格的な体術を叩き込まれており、そこいらのピアン一般兵より強かったりする。今は金髪の長い髪を後ろでくくっており、動きやすい武道着を身に着けていた。
サラはピアン王の一人娘で、ピアン王女ということになる。バートは父親がピアン王に仕える将軍だったため、幼い頃から王宮に出入りしており、サラとは幼なじみの仲だった。
しかし、ピアンの将軍であった父は、数年前のある日突然、姿を消した。誰にも、バートにも妻にも行き先を告げずに。
バートはサラの隣で
しかし、サラの武道着姿は、これから向かう先が危険地帯であることを十分に承知している姿だった。例え得体の知れない敵が現われたとしても、バートと一緒に戦って倒して進んでいく、そういうつもりなのだろう。だからバートは、サラに何も言えなかった。
「……なあ。サラ」
バートはひとつ気になっていたことをサラに聞いてみることにした。
「なあに? バート」
「……聞いたのか? あの兵士に」
サラはしばらく口を閉ざした後、「ごめんなさい」とつぶやいた。
「なんで謝るんだよ」
バートとサラはしばらくの間、それ以上は言葉を交わさずヴェクタを進めた。
バートは自分が身につけている剣を確認した。バートの持つ剣はバートくらいの歳の少年が扱うには少々大きすぎる剣だった。しかし、バートは片手で軽々と振り回すことができる。剣は年代ものといった感じで良く手入れされ使い込まれていた。バートはこの剣を五年前の自分の誕生日に父クラヴィスから譲り受けた。十二歳のときだった。
バートは夏生まれの火属性で、火の精霊を自由に扱える――はずだった。しかしバートは昔からこの「精霊の扱い」が苦手だった。戦う力としては、父親譲りの剣技の腕前を持っていたので、特に精霊を扱うための修業は積んでこなかったのだ。
「でも、バート。せっかくだから、『精霊』も使えたほうが、良い」
バートの父、クラヴィスはそう言った。そして『精霊剣』について教えてくれた。精霊を剣に宿らせる。すると、意識せずとも剣を振るえば精霊の力が発動するのだ。
バートはこの新しい力に夢中になった。毎日剣術と精霊剣の修業を欠かさなかった。父親も良く修業に付き合ってくれた。近所の友人と決闘の真似事なんかも良くした。
一年後。父クラヴィスは突然家を出たきり帰ってこなかった。ピアン王国随一の将軍であった父が。ピアン王宮は大騒ぎになった。捜索隊も結成されたりしたが、クラヴィスは二度と、ピアン王宮に、バートと母の待つ家には帰ってこなかった。
*
そして今日の昼過ぎのことだった。突然、サウスポートの兵士がピアン王宮に駆け込んできた。兵士の話によると、今朝、サウスポートの町が正体不明の敵の襲撃を受けたのだという。サウスポートはピアン王国最南の町である。ピアンが接している他国はピアンの北に位置する山脈を挟んだキグリス王国だけだ。南の海にしか面していないサウスポートが「襲われる」なんて普通に考えてまずありえない話だった。
「正体不明……ってどういうことだ?」
バートはその兵士に尋ねてみた。
「バート様。やつら……、もしかしたら、いえきっと、『人間』ではないと思われます」
「何……だって」
「やつらは背中に赤い翼を生やしていて、自在に空を駆け巡ります。そして、どこからともなく突如出現し、大軍で港町を襲ったのです」
「赤い翼……」
「皆、彼らを『異世界から来た異形の者』と呼んでいます」
「…………」
突然そんな話を聞かされて、バートは言葉を失った。人間ではない者。赤い翼を持つ異形の者。そんなやつらが、どこからともなく突如出現し、大軍で港町を襲った?
「……ひとつ聞いて良いか」
バートは混乱した頭を抱えながら、兵士に尋ねた。
「はい」
「『異形の者』ってのは、わかった。でもなんで『異世界から来た』んだ? 異世界って……」
「それは……、きっと」
バートの傍らで一緒に話を聞いていたピアン王女サラが口を開いた。
「二千年前の伝説に、なぞらえているのね?」
「そのとおりです」兵士はうなずいた。
*
ここパファック大陸には、二千年前にもこの大陸で同じようなことが起きた、という言い伝えがあった。
二千年前。「異世界」からやってきた、赤い翼を持つ異形の者たちが、パファック大陸を襲撃した。大陸の者たちは苦戦を強いられたが、「四大精霊」の力を借りて、何とか彼らを大陸から追い出すことに成功した。しかし、大陸の者たちが失ったものはあまりにも大きかった――。という、伝説。
この伝説も、「四大精霊」についても、ちょっと前までは興味のある人は知っているくらいの単なる言い伝えに過ぎなかった。しかし、今のパファック大陸の状況は、二千年前の伝説と、あまりに酷似していた。
*
「バート様。……ちょっと」
ひと通り話が終わったところで、兵士がバートを手招いた。バートはサラと顔を見合わせてから、うなずいて兵士に歩み寄った。
「何だ? サラの前では言えないことか?」
「……はい。本当のことなら王女にも王にも報告するべきことなのでしょうけれど……、私たちまだ、確信が持てなくて」
「サラに関係することか? それともピアン王に?」
「いえ。バート様に関係することです」
「俺に?」
兵士の口調、表情から、バートは何となくぴんときてしまった。
「……父親に関することか?」
「ご察しのとおりで」
「まさか、父親が見つかったとか言うのか?」
言いながら四年前の父親の顔を思い浮かべ、バートの声はわずかに震えてしまった。我ながら情けないと思う。
「私は見ていません。ですが、『見た』という噂を、聞きました」
「父親を……クラヴィスをか?」
兵士はうなずいた。
「どこで?」
「サウスポートです。クラヴィス将軍は……」
兵士は言い辛そうに、いったん言葉を切った。
「背に赤い翼を持ち、サウスポートの上空を飛び、他の異形の者たちと共に、サウスポート襲撃に加わっていたと――」
「な……」
バートは呻いた。それは、いったいどういうことなのか――。答えが浮かばない。
「それは、本当に父親なのか?」
兵士は首を振った。
「……わかりません。しかし……」
「…………」
バートは唇を噛みしめて右の拳を握りしめた。四年前の父親の顔を思い浮かべる。今でもはっきりと思い浮かべることができる。
「……報告、ありがとう」
バートは短く呟くと、足早に歩き始めた。
「バート様、どちらへ?」
慌てたような兵士の声が背中から聞こえてきたが、バートは歩みを止めなかった。心臓が大きく音を立てている。
(行ってみるしか、ねーな)
サウスポートに行って、自分の目で確かめてみるしかない。バートはそう決めて、まっすぐに
それにサウスポートには知り合いが住んでいる。以前はピアン首都のバートの家の近所に住んでいたのだが、数年前、サウスポートに移り住んだ一家がいた。その一家とバートの一家は家族ぐるみでの付き合いがあった。サウスポートが襲撃されたというのなら、彼らの安否も気がかりだった。
(2)
「来た……か」
窓の外に目をやって、エニィルはつぶやいた。近所の者たちは皆逃げたと思う。エニィルと彼の妻、三人の子供たちは未だ、家の中から外の様子をうかがっていた。時折誰かの悲鳴が聞こえてくる。複数の足音も。ドン、という衝撃音も。
「いい加減、この家が燃える前に、何とかしなくちゃなあ」
エニィルは家の中を振り返った。彼の妻と三人の子供たちがじっとこちらを見つめていた。
『彼』が来たのは、あまりにも突然だった。彼が来たことを、エニィルはすぐに感知した。ということは、彼にも自分の居場所、少なくともすぐ近く、ここサウスポートに自分がいることはわかっているはずなのだ。『彼』とエニィルは、初めて会ったときからそうだった。何故なのか、それが何を意味するのかは、少なくともエニィルにはわからないのだが。
(まさか彼らは、禁断のあの技術を……)
「お父さん!」
娘の鋭い声にエニィルははっと我に返った。
「そろそろ話してよ。私たちが、これから何をすれば良いのか。覚悟はできてるし、お父さんの言うことなら何だってするから」
ね、とエニィルの長女は弟二人に目をやった。二人とも真剣な眼差しで大きくうなずく。
「ありがとう」エニィルは言った。
「かなり、無理言うことになるけど、」
「全然オッケー」
エニィルの娘は不適に
*
リィルはエニィルの次男で、三人
リィルは姉エルザと一緒にサウスポートの街道を駆けていた。父と母と兄は一緒にはいない。街道脇の民家のほとんどは敵に破壊され半壊し、煙を上げているものもあった。道端には血まみれの小動物が横たわっていたりしたが、リィルは目をそらしながら姉の背を追いかけて駆けていた。今は姉の他に人影は見えなかった。
「調子はどお? 万全?」
走りながら姉が声をかけてきた。姉は息ひとつ切らさないで駆けている。
「うん、わりと」リィルは答える。
「敵が現れたら頼りにしてっからね。任せたわよ」
「でも姉貴のほうが強いじゃん」
「あんたもそこそこでしょ」とエルザは言う。
「ピアンの将軍の息子と互角に渡り合えるんだから」
「……まーね」
リィルは水の精霊を扱うことが出来る。その攻撃力は大人をも凌ぐほどだった。首都にいた頃、バートとは良く「決闘ごっこ」をやっていた。どちらかが適当に「果たし状」を書いて相手の家に投げ込み、空き地で手合わせをおこなう。バートとの決闘の勝敗の結果は五分五分。最初はリィルのほうが強かった。昔のバートはいわゆる「精霊音痴」で、リィルが水の精霊を自在に操ることができる一方、バートは炎の精霊を召喚できたとしても一瞬で、ましてや思い通りに操ることなんて全くできなかった。
(それがいつの間にか「精霊剣」なんて器用なこと覚えちゃってさ)
親友が強くなることは嬉しいのだが、自分が負けることはちょっと悔しい。自分は負けず嫌いなのかもしれない。
空き地で決闘をしていると、時々見回りのピアン兵士たちに「何やってるんですかっ」と止めに入られた。「死んだらどうするんですかっ」と言われたこともあった。それほど凄まじい試合を繰り広げていたらしい……。そういえば決闘で大怪我して、もしくはバートに大怪我をさせて、姉エルザに本気で殴られたこともあった。
(3)
バートとサラはそれぞれの
森に入る前の街道や森の中で、バートとサラは何組かの集団とすれ違った。サウスポートを脱出してきた人たちで、ピアン首都に向かうところだと言っていた。バートは彼らにリィルの一家の行方について尋ねた。そして、父親――元ピアンの将軍、クラヴィスを見なかったかということも。
父親については何の手がかりも聞き出せなかったが、森の中で出会ったある女性はこんなことを言った。
「あなた達の友達かどうかはわからないけれど……、茶色の髪であなた達くらいの年齢の男の子なら、見たわ」
「どこでだ? そいつは今、どこにいるかわかるか?」
バートは尋ねる。
「その子も私たちと一緒に首都に向かうところだったの」
女性はそこまで言うと、うつむいた。
「それで、この森に入ったところで、敵に見つかって……。そしたらその子がね、私たちに先に逃げろって行って、ひとりで――」
バートとサラは顔を見合わせた。
「ごめんなさいね……」女性は声を落とす。
「いや、教えてくれてありがとう。そいつが俺が探してるやつかどうかはわかんねーけど」
「あと、その子、こんなことも言ってたわ。『やつらの狙いは俺だから』って」
「……?」
バートとサラは再び顔を見合わせた。
女性に礼を言って、バートとサラは再び
「心配ね……リィルちゃん」
サラがバートに話しかけてきた。
「もしその子がリィルちゃんだったとしたら――でも、敵に狙われているって、どういうことなのかしら」
「さあ。何かやらかしたんじゃねーの、あいつ」
「…………」
「俺はあんま心配はしてねーんだけどな、実は」
バートは言ってやった。サラがあまりにも心配そうな顔をしていたからだ。
「あいつがそう簡単にくたばるとは思えねーし」
サラはリィルのことを何故かちゃん付けで呼ぶ。バートとサラが幼なじみで、バートとリィルが親友同士だったので、バートとリィルとサラの三人で良く遊んだものだった。バートは最初、サラが大真面目に「リィルちゃん」と呼ぶのを聞くたびに吹き出していたものだったが、今ではもうすっかり慣れてしまった。リィルも普通にそれを受け入れているように見えたので、別に良いかと思っている。
*
「痛いっ! 離してよ! 何てことするのよっ!」
エルザは叫んでいた。身体の後ろに回された両手首に縄が食い込んでひどく痛かった。
幸い、『敵』はそれ以上エルザに危害を加えるつもりは無いようだった。エルザは騒ぐのを止め、『敵』を睨み付け、ふうと息をついた。
「……あの子追ったって無駄よ」
エルザは言ってやった。
「何も持ってないし、何も知らないもの」
「貴女の、弟ですか?」
『敵』はやけに丁寧な口調で、エルザの理解できる言葉で話しかけてきた。『敵』は、背中に赤い翼を生やしている以外は『人間』に見えた。人間が着るような軍服を着込み、腰に剣を挿している。彼は赤い髪を背中まで真っ直ぐに伸ばし、エルザの父と同じように眼鏡をかけていた。視力が弱いのだろうか。
エルザを捕らえている『敵』は、ピアン王国で言うなら将軍、というよりは参謀に見えた。武術はあまり得意ではなさそうだった。
「そうよ。私の弟よ。私に似て可愛いでしょう。ちょっと生意気だけど」
「追いなさい」
男は傍らに控えていた数人の『部下』たちにそう命じた。彼らは一斉に走り出した。
「……まっ、良いけどね。無駄なことを」
「さあ、どうだか」男は苦笑した。
「だって、長女でしっかり者の私ならともかくよ。お気楽のん気な末弟に大切なもの預けるように見える? うちの父さん」
くくっ、と男は笑い声をもらした。
「良く喋りますね。この状況で」
「……良いじゃない別に」
「面白い娘だ」
男はエルザを見つめて眼鏡の奥で目を細めた。
「私の名はアビエス」
と、男は名乗ってから、
「どうです? 私たちの仲間になりませんか?」
「…………」
エルザは少なからず驚いてアビエスを見返した。
「……それって。貴方たちに手を貸せってこと?」
「ええ」
「嫌だって言ったら?」
「貴女は死ぬことになります。今、この場で」
アビエスは表情ひとつ変えずにそう言った。
殺せるものなら殺してみれば?と言い返そうとしてエルザは言葉を止めた。そう言ってしまうのは簡単だ。でも――。
「…………」
エルザは数秒間考えて答えを出した。そしてアビエスに告げた。
*
森の中でリィルは木に片腕をついて呼吸を整えていた。激しい動悸が全身を駆け巡っている。呼吸は浅く早く、無意味に繰り返される。額や背中に冷たい汗をかいている。
(姉貴――)
街中で姉エルザは敵に捕らわれてしまった。リィルを逃がすために。リィルは逃げた。サウスポートを出て森を駆けた。追ってきた数人の敵兵は、『水の精霊』を召喚して倒した。
(姉貴……ごめん)
逃げなさい!という姉の声が耳に残っている。……助けられなかった。
「くそ……っ」
「部下たちは全員倒しましたか」
男の声にリィルははっと顔を上げた。赤い長い髪の男がゆっくりと歩み寄ってくるところだった。背中には赤い翼。――エルザを捕らえた男だ。後方には、さらに四名の敵兵を従えている。
「しかし、精霊の力の使いすぎで、だいぶ疲労しているようですね。もう余力は無いでしょう」
「……姉貴は……」
リィルの問いに男は答えず、眼鏡の奥でにやりと笑った。歩みは止めない。リィルは身構える。
「リィルちゃんっ!」
少女の悲鳴に似た声が後方から聞こえた。
「……?!」
リィルは思わず振り返った。二匹の
「バート……。サラ……」
リィルは二人の名を呟いた。
*
(こいつらが……異形の……)
バートはリィルに近付いていた男をじっと見つめた。赤い髪。そして、背中には確かに、赤い翼。赤い翼以外は人間と言っても通用する風貌だった。
「大丈夫っリィルちゃん。怪我なんかしてない?」
サラがリィルに尋ねる。サラは大地の精霊を扱える。彼女の精霊は主に傷を癒すことに使役される。精霊には攻撃型、治癒型とタイプがあるとされていて、リィルの精霊タイプは典型的な攻撃型、サラの精霊タイプは治癒型だった。両方扱える者もいると聞く。
「ありがとうサラ。とりあえず怪我はしてないから大丈夫」
とリィルは言ったが、話すだけでも辛そうな感じだった。
「積もる話はあるけど、お前は少し下がって休んでろ」
バートはリィルに言って、リィルと男の間に割って入った。男は興味深そうにバートを見つめた。
「貴方は?」
「こいつの友人」バートは言う。
「そういうてめーは誰だ?」
「私はアビエス。ガルディアの将です」
「ガルディア……?」
「貴方たちがサウスポートを襲ったの?」
サラがバートの隣に並んで立って尋ねた。
「はい」
「……そうか」
バートは呟いて、剣を抜いた。アビエスは微笑んだ。
アビエスの後ろに控えていた敵兵たちが奇声を発しながら襲いかかってきた。抜き身の剣を手にしている。赤い翼に、赤く短い頭髪。土色の肌。吊り上がった両眼。いびつな鼻。尖った耳。口から覗く牙。こいつらの容姿はあまり『人間』には見えない。
バートは斬りかかってくる剣をかわし、自らの剣を繰り出した。斬りつけられた敵が叫び声を上げて地面に倒れた。
「バートっ、危ない!」
別の角度から襲いかかってきた異形の敵に、サラが拳を振るった。四体の異形の敵が地面に倒れ動かなくなるまで、そう時間はかからなかった。
「ほう。貴方たちも強いですね。子供三人とはいえ、侮れない」
アビエスは感心したように目を細めた。
「俺は……」
バートはアビエスを見据えた。
「あんたに聞きたいことがある。俺の父親――クラヴィスのことだ」
「……クラヴィス、」
アビエスはその名を繰り返した。アビエスの表情はバートを見つめたまま、何も語らない。
「知ってるのか?」
「さあ」
「てめえっ! 真面目に答えやがれっ!」
バートは叫んで、アビエスに斬りかかった。アビエスはふわりと宙に舞い上がる。
「今は退きましょう。……また、会うことになるかもしれませんが。そう遠くないうちに」
「待て! フザケるな!」
バートは見上げて叫んだ。アビエスは構わず、翼で飛んでサウスポートの方角へと去っていこうとする。バートはアビエスを追って駆け出そうとした。
「バートっ!」
リィルの叫び声が聞こえて、バートは足を止めて振り返った。
「追ったって……無駄だ……。もう、サウスポートは……完全に……やつらの、」
リィルは言って、言葉を詰まらせる。
「リィル……」
バートはリィルに歩み寄った。
「話すよ、色々なこと。……できれば座って話したいけど」
リィルは言った。
(4)
夜の闇の中を二匹の
バートとサラとリィルはお互いの事情を語り合い、「とりあえず、ピアン首都に帰ろう」という結論に至った。あのままサウスポート周辺に留まっていたとしても、バートたち三人にできることは何もない。それに、もし王女に何かあったら……、というのが理由だった。サラはバートとリィルがピアン首都に帰るのなら自分も帰ることに異論はないと言い、リィルもサラのことを気にしてかすぐにでも帰るべきだと言った。バートは……、迷っていた。
バートが
「サラ。疲れてないか?」
バートは隣を走るヴェクタに声をかけた。
「大丈夫よ。休みなしで行けると思うわ」
サラの答えが返ってくる。
「疲れたら言えよ」
「ええ」
順調にヴェクタを走らせれば、首都に着くのは夜半過ぎくらいになるだろうか。バートはなるべくなら野宿はせずに首都についてから自分のベッドで眠りたかった。しかし……、自分のベッドに入ったところで、こんな気持ちを抱えたまま、眠りにつくことができるのだろうか。
*
少し前まで、バートとリィルとサラは二匹の
「エルザねーちゃんが捕まった?!」
バートは思わず声を上げていた。リィルの姉エルザは、何せバートとリィルの二人がかりでも敵わない相手なのだ。色々な意味で。
リィルはうなずき、黙り込んだ。サラが遠慮がちに尋ねる。
「それで、リィルちゃんのお父さまたちは……」
「……わからない。行方知れずってこと。姉貴と同じように敵に捕まったのかもしれないし、上手く逃げ延びているのかもしれない」
「そ……っか」
バートはリィルの父も母も兄も姉も良く知っていた。彼らの安否が全くわからないということは、リィルとは無事に再会できたものの、素直に喜べない。
「とりあえず、さ。首都に行ったら……」
「俺ん家に来いよ」
すぐにバートは言った。リィルはありがとう、と礼を言う。
「首都で、しばらく待ってみることにする。父さんも母さんも兄貴も、俺と同じこと考えると思うから」
「そうね。それが良いわ」
とサラも言う。
「大丈夫だって。お前の父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも、絶対無事だって!」
バートは力強く言った。バートに背中を叩かれてリィルはようやく少し笑って、うなずいた。
「でも、どうしてリィルちゃんの一家が敵に狙われたのかしら?」とサラ。
「んーー」
リィルは上を見上げて考え込んだ。
「実は、俺も良くわかってないんだ。俺末っ子だから、肝心なことは何ひとつ教えてもらってなくて」
「そうなのか……」
「うちに代々伝わる家宝かなんかあって、」とリィルは言う。
「それが敵さんに奪われると、すっごいやばいらしいんだ。『大陸全土の存亡に関わる』とか父さんが言ってた。それで本物の家宝と、ダミーの家宝を父さんと母さんと兄貴と姉貴が持って、みんなでバラバラに逃げたってわけ」
「ふうん。なんか大変なんだな……。お前の一家」
「リィルちゃんは持ってないの? その家宝」
「俺は何も持ってない。俺の存在自体がダミーってことなんじゃないかな。……あっ、バートとサラだから話したけど、このこと誰にも内緒で」
「了解」
「ところで、どうしてバートはサウスポートへ?」
とリィルが尋ねてきた。
「そりゃもちろん、お前の一家のことが心配になって、」
「それだけ?」とリィル。
「さっき、バート、父親さんの名前を出してたけど……」
「…………」
バートはため息をついた。サラにも知られていることだ。そのうち、ピアン王も知ることになるかもしれない。バートはリィルにも話すことにした。
「お前は見なかったか? 俺の父親」
バートは尋ねてみた。リィルは黙って首を振った。
「そうか」
「…………」
そこで、会話は途切れた。三人はしばらくの間、無言で静かな闇の中を
バートは迷っていた。このまま首都に帰ってしまって良いのだろうか。さっきのアビエスとかいう赤い翼持つ者。あいつを追いかけて、父親のことを問い詰めたかった。でも、リィルは「無駄だ」と言った。サウスポートは、異形の者たちに完全に占拠されてしまったと。
(父親――。俺は……)
バートは唇を噛んで
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