肉蠢

らんた

肉蠢

 昔……昔……駿府城すんぷじょうに人の形をした肉がうごめくという恐ろしい話が伝わっていた。しかし、その肉をうと長寿になるという。その話を聞きつけたのが今川氏真いまがわうじざねという男じゃった。父・今川義元いまがわよしもと桶狭間おけはざまの戦いで討たれ急遽きゅうきょ城主となった男であった。


 この今川氏真という男……西は今川に見切りをつけた徳川軍が、北からは武田軍が攻めて来てるというのになんと蹴鞠けまりを楽しむ日々じゃった。


 いわゆる「馬鹿殿ばかとの」であったんじゃ。


 そんな夜……。


 「殿!! 出ました!! 『肉塊』です!!」


 なんという姿じゃろうか。本当に全身皮膚が無く人の形をした子供ほどの大きさの生き物が蠢いてる。城下の兵は恐ろしく……たじろぎながらもどうにか肉塊を切り殺したというのじゃ。


 「これで滋養強壮しようきょうそう……強兵つわものの者となります! 殿!!」


 「それでいい……火をくべよ。そこで焼肉にして喰ってやるわ! それであの裏切り者を駆逐するのよ!!」


 この生き物に出会うと幸いが訪れるという。そして今川氏真は肉塊を食うことで長寿を得たのじゃ……。


 「これであの病弱者……家康を……裏切り者を殺す!!」


 城内は勝鬨かちどきが上がった。



 しかし……まもなく常勝軍団である武田軍が攻めて来た。塩止めして国力をそぎ落とそうとしてたはずなのにまったく敵国は国力が低下してなかった。なすすべもなく氏真は掛川城かけがわじょうに逃げ込む。しかし、そこには徳川軍が……。


 そうして氏真はなんと徳川家の捕虜になってしまったのじゃ。


 氏真は打ち首にされるかに見えた。なにせ家康は昔今川家の人質だったのじゃ。しかしなぜか家康は氏真を許したのじゃ。それどころか氏真は文字が書けぬ徳川の武将たちに文字を教えたり茶道さどうを教えたのじゃ。


 そして皆様も知るように織田は天下を取る寸前に本能寺で暗殺され、光秀は三日天下、秀吉も短命政権となりかの関ヶ原と大坂の陣で家康は天下を取ったのじゃ。家康は幼年時代のゆかりの地、駿府城で隠居するのじゃ。


 そんな時。


 「ご隠居様! 家康様!! 『肉塊』が出ました! 絶好の機会です! 長寿を得ましょうぞ」


 氏真も家康も当時の人間としては驚異の長寿を得てたのじゃ。じゃが、家康は……。


 「長寿を得ても前の城主の氏真はあの肉を食った後に敗北したではないか。わしは長寿を得ても敗北の人生は嫌じゃのお」


 こうしてなんと家康は『肉塊』を食わず逃したという。その数年後家康は長寿を全うし生涯を終えたという。


肉蠢にくしゅん 終=

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