第11話 高原列車とビジネス特急

「もう一つ、今度は、アールグレイでも飲んでみたいですね、どうです?」

 大宮氏が、ここで一息入れることを提案した。

「何々、御心配なく。ここの会計は全部私が持ちます。別に大槻君と示し合わせているわけじゃないですよ(苦笑)」

 山上保母の義理の息子が、一言。

「もし大槻さんと大宮さんが結託していれば、大宮さんのほうから何か仕掛けされているでしょうから、まったく気にしていませんよ(爆笑)」

「そうねえ、哲郎君と大槻君が結託していれば、仕掛けを考えるのはむしろ大宮さんのほうでしょうから(苦笑)、あなどれないわね」

 ここでしばらく黙っていた山上元保母が、一言。


 ともあれ、大宮氏は近くにいた女性店員を呼び、アールグレイのポットを3人前追加注文した。

 やがてダージリンのポットとカップ一式が下げられ、ほどなく、アールグレイ一式がやって来た。それに伴って、水の入ったグラスも替えられた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「今の正義君のお話、実に興味深くお聞かせいただきました」

 大宮氏の弁に、山上元保母が尋ねる。

「ところで、正義君でも大宮さんでも結構ですが、私と大槻さんを列車に例えればどんな感じか、もう少し、踏み込んでお話しいただけないかしら?」

 これに答えたのは、山上元保母より少し年少の大宮氏であった。

「ぜひ、お願いします」

 それまで静かに聞いていた娘が、一言。

 大宮氏が、話し始めた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 そうだ、皆さん、この歌、知っていますか?

 岡本敦郎さんって歌手の歌っていた「高原列車は行く」って曲があるでしょ。


 私ね、若い頃の山上先生、いや、独身時代ですから新橋センセイでいらっしゃいましたが、あの頃の山上先生のイメージね、まさに、その歌の「牧場の乙女」、汽車の窓からハンケチを振っている人に花束を投げる、そんなイメージ。

 別にごまをすっているわけじゃないですけど、あの頃の山上さんのイメージはまさに、そんな感じでした。なんせ、同じ服を着ても、ほかの保母さんや学校の女の先生方のどなたよりも、山上先生の雰囲気は、群を抜いて品がありました。

 別に人様の服装にいちゃもんをつけるわけではないですけど、山上先生が着物を着ていらっしゃる姿、想像もつかないほどでしてね。男ならともかく、女の人で着物姿が想像もできない人なんてなかなかいませんよ。そのくらい、山上先生の洋服のお姿は、品のあるものでした。いまも、そうですよ。


 これに対して大槻君ですね。

 あの御仁は、私にはさほどでもなかったですし、まあ、可愛いものではありましたが、森川のおじさんは、ずっと手を焼いていらしたですな。

 とにかく、仕事人間ですよ。

 彼はマイホームパパと言いますか、そんなものには死んでもなりたくないとさえ言っていたことがあったほどです。

 しかも、アメリカ文化にあこがれを若い頃から持っていて、ね。

 彼もまた、着物姿なんて想像もつかない人間ですね。山上さんとは、いささか異なった視点からですけど(苦笑)。その割には、存外、洋服には時にこだわりを見せるところが伺えますからね。

 あの米河少年も、いずれ、大槻君並かそれ以上にそうなる余地が見えます。


 それはともあれ、彼らを列車に例えれば、何か。

 時代はさておくとしても、彼らはどちらも、ビジネス特急ですよ。

 米河君は鉄道マニアで新幹線をさほど好いてはいませんが、どちらも、その新幹線以外の何物でもない。時代が時代なら、ビジネス特急ですね。

 味も素っ気も実も蓋もない。必要があるなら取り入れるが、なければ一切相手にもしない。

 用があれば出向くが、なければ出向かないどころか相手にもしない。

 そこに、まあまあなあなあは通用しない。

 

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