第7話 義母の状況にたまりかねた娘婿 3

 義母の申すことは確かにそうでしょう。

 だけど、そんなこと言って、何か、始まります?


 昔のよつ葉園のことは、ぼくには正直わかりません。ですけど、そんなこと知って、今の義母の置かれた状況を何とかすることができるわけもないですよね。

 大宮さん、ぼくは恵美ちゃんのお母さんの山上先生、おばちゃんの義理とはいえ息子になります。相当な年の差があるわけもなく、恵美ちゃんより1歳だけ年下です。ですから、やっぱり、息子みたいなものじゃないですか。ぼくにとってもおばちゃんは、母親のようなものです。というか、義理でも母親ですね(苦笑)。

 大槻さんや、大宮さんの息子さんの後輩になる米河君の話もよくお聞きしましたけど、ぼくは、彼らの側じゃなく、「山上先生」の側の人間です。

 個人的には、米河君や大槻さんのかねておっしゃっている言動、よくわかるし、同感な部分も少なからずあります。

 ですけど、長年よつ葉園という養護施設で保母として勤めてきた義母が、あんな形で、定年でとはいえ追われた話を聞いたときは、正直、辛かったです。


 私は、大槻さんの求めるところが社会的に高度なこともわかるし、あの米河少年が今、O大学の鉄道研究会というサークルで小学生以来通って学んでいることもまた、大槻さんの求めるところさえはるかに超えたところであることもわかります。

 ですが、私としては、義母である山上敬子があのような形で長年勤めたよつ葉園を石もて追われるように定年という名のもとに追い払われたことには、今だに、はいそうですかと認めたくないところも、少なからずあります。


 ただその一方で、私たち夫婦の子で、義母からすれば孫である子どもたちの世話を大いにしてもらっていることには、もう、感謝しかないです。

 今日はたまたまこういうわけで、私の両親のもとに預けておりますけどね。


・・・ ・・・ ・・・・・・・

 

 ともあれ、義母がよつ葉園に保母として勤めていた最後の2年間は、それまでと比べても、ぼくら言うなら「身内」の目から見ても、「母親」の目から「祖母」の目に変化してきたのが、手に取るようにわかりました。

 それはぼくら夫婦や実の孫たちにとっては、うれしい変化だったと思います。

 ですが、養護施設の職員として、そのような変化が良い方向に作用したのかということについては、直接見ていないぼくからは何とも申し上げようがないです。

 ただ言えることは、私の義母、幼馴染のおばちゃんとしての山上敬子ではなく、よつ葉園の山上敬子保母としては、その感覚は遅きに失したのかもしれませんし、ひょっと逆に、次期尚早だったというか、それが過ぎたのかもしれません。

 いずれにせよ、よつ葉園の体制内で山上保母さんが生きていける場所が、実際になくなってしまったのは、親族としては悲しいですが、現実だったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る