第4話 不発に終っていた根回し
「そうでしたか。しかし、その件について、山上さん御自身は、特に何か手を打つようなことは、されていないですよね。そんなことをされるような方というイメージが私にないだけかもしれませんけど・・・」
その問いに対する答えは、大宮氏の予想通りだった。
ええ。特に何もしておりません。
というよりね、そんな話を聞かされた時点で、その提案は理事会にも出されないままに立消えになったと、後に東先生から伺いました。
大槻君は、政治家になっても、うまくやっていけるほどの人です。
何ていうのでしょうか、周りへの配慮と気配り、それに言葉はいささか悪いかもしれませんけど、「根回し」が上手な人です。
私がまだよつ葉園にいた、確か3年ほど前でしたけど、大宮君がお兄さんのクルマで丘の上まで来られたこと、ありましたよね。
あの時でも、大槻君は、大宮さんが来られる以上は恥ずかしいことはできないとか何とか申して、連休前から結構気持ちを張って、事務所の掃除を徹底したり、お茶や珈琲の準備に余念がなかったと、事務員の安田さんから聞いています。
ただ、あの移転前の彼の提案は、根回しの得意な大槻君が、逆にその根回しという手段で逆手に取られたような感じに、私には見えました。
その一部始終を聞かされて、確かに私は、胸のすくような思いもしましたよ。
なんていうのかしら、してやったり、ってところでしょうかね。
しかし、少し間をおいて考えてみれば、それは一時(いっとき)のことに過ぎないのだと気づかされました。
ここまで極端な形でなくても、必ず大槻園長は私に手を打ってくる、と。
おそらくは、定年を迎える昭和60年の3月がその山場になる。
そのことに、私はすぐ気づきました。
こうなれば、大槻君としても、正面切って、言葉は悪いですけど、私を正当な理由をもとに追払うことができますからね。
なんせ、社会福祉法人の就業規則にそのことを正面切って書かれている以上、そこはもう、お互い避けて通ることなどできないことは明白です。
私としては、定年後も、事務をされていた玉柏英子さんのように嘱託という形でもいいから、保母として、よつ葉園で週何回かでも通って、子どもたちと一緒に過ごして共に成長したいという思いを持っていました。
そのことを、私はこちらの娘の恵美やその婿の伊藤正義、まあその、明治の元勲をつないだような名前ですけど、そんな偉そうな人ではないですけどね(苦笑)、この子らや自分の息子、それに夫にもいろいろ話してみました。
そうしますとね、こちらの正義君のほうが、恵美を通して私の置かれた状況を聞かされたようで、たまりかねて、私にアドバイスをしてくれました。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
ここで彼らは、紅茶の2杯目をそれぞれ茶葉を拾う網越しにカップへと注いだ。
そこに砂糖と今度はミルクも入れ、適度なところでかき混ぜて、一口。
「紅茶は、ミルクが入ったらまろやかになりますね」
この弁は、元保母の娘。
彼女より1歳年下のその夫が、ここで一言。随分たまりかねている様子。
「大宮さん、その件、私がお話いたします。ぜひ、お聞きください」
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