第2話


 翔矢は巨大な門をくぐり、提灯が照らす石畳の道を進んで行き開け放たれたままの入口に足を踏み入れる。

 太平城の1階は完全に繋がっており天井までは30メートル程の巨大な大広間となっている。襖や間仕切りによって区切られてはいるが壁は無い。

 大広間とは言ってもその巨大さ故に中には売店や食事処等が並んでいる。

 その巨大な大広間を照らすのは空中に無数に浮かぶ提灯。

 裏京都では電話製品を初めとした文明の利器は少ない。全てが別の物で事足りているからだ。


 太平城の入口にて靴を脱ぎそれを袋に詰め持ち運ぶ。こうしないと人の多さで靴が行方不明になる。

 靴を履いたまま中に入れれば楽だが日本では室内は基本土足厳禁というか室内で土足という考え自体が浮かんで来ない。たまに外国から来る奴等が土足で踏み入って叱られる事はあるがそれだけだ。

 翔矢はそのまま真っ直ぐに大広間の中心にある退魔組合受付その報告窓口まで向かう。

 翔矢が着いた時には並ぶ人もいなかったのですぐに受付についた。


「ようこそ、報告受付へ。何の報告でしょうか翔矢さん」


 報告窓口で翔矢を出迎えたのは全身真っ白の死装束にも見える退魔組合の制服である和服を来た黒髪の猫耳と二尾を生やした猫又の女性。

 黒袮くろねはいつもの営業スマイルと共に翔矢を迎える。


「依頼の報告に来ました」


 翔矢は依頼についての報告をする旨を伝えながら懐に入れていた依頼書の控えを出し。袋に詰めたままの青鷺火を受付のカウンターに置く。


「階位〈椿〉等級中位の青鷺火の狩猟依頼。依頼人は鐘時さんですね。少々お待ちください」


 そう言って黒袮は受付の奥へと向かった。しばらく待っていると依頼書を持った黒袮さんが戻ってくる。


「……間違い無いですね。品物の確認だけさせて貰います」


 依頼書と控えを見比べた黒袮はそう言うと青鷺火の入った袋の中を見る。


「……」


 青鷺火を見た黒袮さんは瞳孔を大きく見開き見詰め続けている。


「ん"ん"」


 翔矢は少し声を出す。


「し、失礼しました。間違い無く青鷺火ですね!」


 すると正気に戻ったのか黒袮は誤魔化すように苦笑いしながら袋を閉じる。

 猫妖怪達は鳥系統の食材に目がない。それこそ見たら釘付けになる位には。

 それはそれとして仕事はしっかりして欲しいと翔矢は思う。

 黒袮は依頼書に印鑑を押すと青鷺火の入った袋と共に受付の奥へと持って行く。戻って来た黒袮の手には封筒が握られていた。


「こちら依頼報酬です」

「ああ」


 翔矢は黒袮の持って来た封筒を受け取り中にちゃんと満額入っているか確認する。

 念の為の確認事項という奴だ。


「確かに」

「お疲れ様でした〜」


 そう言って手を振る黒袮に手を振り返しながらその場を離れて行く。

 そのまま翔矢が向かうのは大広間の食事処が密集している箇所だ。

 壁際に祭りの出店の事く並ぶ店からはそれぞれ香しい匂いが漂っている。その出店から少し離れた場所に畳に座布団とテーブルが置かれた飲食スペースが設けられている。

 室内ながらこの様な光景があるのは太平城1階大広間の巨大さゆえだろう。


「おーーい。翔矢!」


 出店群に向かう途中で翔矢は声を掛けられる。

 そちらに顔を向けるとコチラに手を振る四腕の女性がいる。一目で人外である事がわかる。

 服は四腕故にノースリーブ状態の黒色の特注和服を着て、袴を履いている。男と言われれば信じてしまいそうなぐらいには中性的であり、髪は後頭部で一つになっている総髪で色は紅くまるで紅蓮の炎を連想させる。


「こっち来いよ!!」


 紅刃くれはは元気に翔矢を呼び寄せる。

 またか、そう思いながら出店に向かっていた足を紅刃の方に向ける。

 紅刃はでかい盃を左の二腕で持っている。いつもの酒だろう。


「珍しいなこっちに居るなんて」

「羅城門の方は鬼同士でバカ騒ぎ出来て楽しいけどよ。偶にはゆっくり飲みたいんだよ」


 そう言って紅刃は盃の酒を呷る。

 翔矢は机の向かい側に座りながら紅刃を見る。いつもは酒が入るとバカ騒ぎを始める鬼達の隔離区域みたいな羅城門の方で飲んでいるから意外だった。

 羅城門はかなり飲み食いする鬼達の肥えた舌を満足させる為に美味い店が揃っている。だから基本鬼達は皆あちらで飲み食いする。

 最初は鬼達の隔離目的だったのにいつの間にか全国一の料理町だ。

 それでも鬼達の隔離区域の役割は変わらないがな。


「それに依頼終わらせて来たばっかなんだよ。あっちまでいくのはめんどくせぇ」

「お前らしいな」


 何とも紅刃らしい返答を返される。だが同意はする。

 裏京都の町はそれぞれが独立しているのだ。鬼の住む羅城門、人妖入り乱れる清水寺の仁王門、妖狐達が住まう伏見稲荷大社の楼門等の箇所が入口となりそれぞれで町を築いている。

 いちいち移動するのは面倒だ。特に1回表に出なきゃいけないのは妖怪達には面倒に感じるのだろう。


「ところで」

「ん?なんだ」


先程から紅刃が飲んでいる酒が嗅いだことのある匂いを放っている。


「また、義母かあさんから酒取ってきたのか?」

「おう!」

 

 元気でよろしいが


「かあさんに許可は?」

「……も、もちろんだぜぇ」


 声が震えているし言葉もおかしくなったな。明らかに動揺してる、確実に許可取ってねえな。

 羅城門の纏め役である翔矢の義母、茨城童子から酒を掠め取るバカは紅刃ぐらいだ。


「お前も毎回度胸あるな。お前ぐらいだよ、かあさんから酒ぶんどるの」


 たぶん明日になったらしばかれるんだろうなと思いながら翔矢も紅刃の取ってきた酒を自前の酒器に注ぎ飲む。


「お前もちゃっかり飲んでるじゃん」

「俺は家族だから良いんだよ。それに常習犯のお前に擦り付ければ良い話だ」


 翔矢はそう言って酒を呷った。

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