『私は四天王の中でも最弱、でもアノの方は....。』

猫野いちば

第2話 温泉と魔王

 魔王城の中を徘徊していると通路の奥から魔族にしては小さい影が近づいてきた。影を見るなりあの方はその影の正体に向かってタッと駆け出していく。


「これこれ、急に走っては危ないのじゃぞ。お主は小柄だからの、余計周りには気をつけねばならん。」


「にゃあぁ♪」


「んふふ、かわいいのぉ。」


 飛びついたあの方を空中でキャッチして豊満な胸元で抱き抱えたのは、やはり魔王様だった。魔王城で働くものは2mを超えるものが多い中、魔王様は魔族にしては身長150cmと非常に小柄の女性だ。魔王城内ならば直ぐに判断がつく。


 しかし、その見た目に騙されてはいけない。畏敬の念を忘れて愚かにも魔王になりかわろうと挑んだものが、呆気なく秒殺され完敗しているのだ。


 歴代の魔王様の中でも特殊な方で、強大な力を持つにも拘らず人界への侵略をよしとせず魔族の発展のためにその力を振るわれている。その手腕は見事なもので今代の魔王様になってから魔族の領地は驚くほど発展した。


 そんな魔王様もあの方に頬擦りをして表情筋が緩みきってしまっている。やはり最強の腹心だからなのかあの方の前では普段の凜とした様子ではなく、警戒心の欠片も見当たらない表情をなさっている。


 あまり配下の分際でこんなことを思うのは失礼かもしれないが、今の魔王様は子供のようでとても可愛らしい。壁際の柱から覗いている私もきっと表情は緩みきっているんだろう。


 魔王様が仰るにはあの方は何やらこの世界とは違うところからやってきて魔王様に拾われたようだ。


「そうじゃ。せっかく会ったのだ、一緒に温泉にでも行こうかのぉ。」


 魔王様がそう発言なさった瞬間、あの方が暴れだして魔王様の腕の力が緩むと飛び降りて目にも留まらぬ速さで逃亡を図った。


 え、ちょっ、お逃げになった?!


 あの方が湯浴み如きに怯えて逃げ出すわけがない。もしやこれは何かの訓練なのかもしれない。たしか、何代か前の魔王様が伝授したトレーニング方法で『鬼ごっこ』というものがあったはずだ。


 言い伝えによれば、追う側が鬼神のごとく音速を軽く超える速さで動き、逃げ側は魔法が飛び交う範囲内で1時間逃げ続けるというものだった。そして追手に捕まってしまったら恐ろしい罰が下されると聞く。


「こら、逃げるでない。」


 しかしさすがは魔王様だ。あの方が腕から逃げ出して直ぐに魔法による結界であの方を囲んでしまった。


 流石の あの方も魔王様には敵わず捕まってしまうと、再び胸元に抱えられ浴場へと連れ去られてしまった。



 魔王様は、手早く魔力で構成していた衣服を消し去るとそのままタオルを出現させる。魔王様が裸の状態で抱きかかえると半ば胸にあの方の頭が挟まれる形になっており、あの方は少し苦しそうだ。


 二人がそのまま温泉に入浴するのかと思ったら、一度併設されている浴室の洗い場に向かわれた。


 魔王様はシャワーという魔道具を使ってお湯を出してぬるま湯になるように調整すると、あの方の背中からお尻にかけて体を濡らしていく。次に後ろ足、お腹、そして頭の順でさらに濡らしていく。


「こらっ。シャンプーをするのだから暴れるのをやめるのじゃ」


 魔王様が『魔王お手製の特製猫用ブレンド』というラベルの貼られたのシャンプーを手に泡立てると、あの方は今まで以上に暴れだしてしまった。


 もしかしてあの特製ブレンドには何かを代償に身体を強くする効果があって、それであの方は嫌がっているのでは?!


 魔王様に反抗するなど忠誠を誓った魔族にあるまじき行為だが、ここであの方が苦しむ姿を見るのも嫌なのだ。しかしもし止めようとしても魔王様に敵うはずもない。それどころか最悪の場合、二人の戦闘に巻き込まれて死んでしまう可能性すらある。


 クソッ!!!わ、私は魔族としてどうするべきなのだ.....。やはり脱衣所の覗き穴から離れ、魔王様の元へ行き決死の思いで進言するべきなのか。


「洗われないと温泉に入れてやらんのじゃ。いいのかの。」


 魔王様が温泉に入れないといった途端に あの方は動きをピタリと止めた。


「そうじゃ。もうすぐ終わるからの。」


 身体を洗い終わったあの方は身体を小刻みに振って水を振り落とす。


 魔王様に長い洗い場の格闘が終わった末に二人は温泉に浸かった。

 あの方は温泉に入るとまさに極楽といった表情で頬を緩めて目を瞑っていた。その様子はにっこり笑っているようにすら見える。


 ともかく あの方の身が危険に晒されたわけではなく安心する。まぁ一度は死も覚悟したわけだが。


「ほれ、そこのミノタウロスも入らんか。」


「ッ?!気づかれていたのですか!」


「当たり前じゃろう。ここを設計したのは我じゃぞ。それよりほら入るんじゃ。」


「いえ?!私ごときが魔王様と温泉に入るなど!」


 失礼になってしまうと考えてその場を立ち去ろうとすると、私はいつの間にか温泉に浸かっていた。こ、これは転移魔法?!


「いいから入らんか。温泉は皆で入ってなんぼなのじゃ。」


 私は魔王様のいう通り大人しく温泉に浸かっていることにした。まぁ、たまにはこんな事があってもいいだろう。それにしても本当にいい湯だ。


=======

あとがき

猫はお風呂に入れる時は桶に入れてあげましょう。

本編のように大浴場では溺れてしまう可能性があります。


また、本編の四天王最強の猫様は特殊な訓練を受けています。絶対に真似しないでください。

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