第2.5話
「矢野葵17歳。趣味はゲーム、特技はメイクをすること……か」
「どうかした?マスターP」
先程届いた情報に目を通すマスターP。
「いや、お前が連れてくるような人間だ。てっきりもっと頭のおかしい奴を連れて来ると思ってた」
「失礼ね。そもそもアイドルが狂人なんて洒落にならないわよ?」
「それはそうなんだが……いや、今回は全面的に俺が悪い。謝罪させてくれ」
頭を下げようとするマスターPの頭をメイプルが止めた。
「その謝罪はまだ取っておいて頂戴」
「何故だ?」
「確かに狂人がアイドルにはなれない。だけど、トップアイドルを目指す人間っていうのは」
誰よりも狂ってなければいけないの
「……メイプル」
「何?」
「やっぱりお前が謝罪しろ」
マスターPは色々と苦労しそうだと思いながら、もう一度メイプルの連れてきた少女に目を向ける。
ここに集められたメンバーはどれもアイドル志望。
当然ながら一般人とは一線を隠す美貌を持ち合わせている。
そんな中でも見劣りしない存在とは中々の逸材である。
だが
(顔だけの人間なんていくらでもいる。今求めている存在は、そんな単純なものではないとメイプルも分かってるはずだが)
今のところこれといった特徴はない。
何故かゴシック服を身に纏っていることは気になるし、今のところ一言も喋らないことは気がかりではあるが、それ以外は特に……
(いや、十分変だな)
マスターPは考えを改めた。
「メイプル。早速で悪いが頼んだぞ」
「ええ」
そう言ってメイプルはマイクの前に立つ。
メイプルは実は漢検4級を持っている。
彼女の語彙力を持ってすれば、アナウンサーと四捨五入したら同じレベルと称される程の実力を発揮してくれる。
そこにボイスチェンジャーまで加えたならば、正に鬼に金棒。
デスゲームの管理者として降臨することができるのだ。
「さて」
マスターPはメイプルがゲームマスターとして振る舞う間に、それぞれの資料を読む。
「宮本アイリーン、某有名会社の一人娘か」
ここはマスターPの所属するアイドル事務所にも多額の投資をしてくれている場所だ。
「まさか、金に目が眩んで参加させたわけじゃないだろうな」
「まさか、今の我々はそのようなことで動いていませんよ」
女性Pはその言葉を否定した。
「幼少期からの英才教育により、ダンスや歌及び、ヴァイオリン、ピアノなどの楽器類の扱い、また礼儀作法や学習能力の高さなど、様々な分野でハイスコアを叩き出した天才です」
「……そうか」
確かに凄い文面だ。
伝説と呼ばれるマスターPですら、こんな逸材を見ることは殆どない。
もしアイドルになったのなら、間違いなく大物になるだろう。
それでも
(俺の心が動きはしない……か)
スコアだけでは語れない、そんな要素を待ち望んでいた。
「北野ミナミ。学業普通、運動能力平凡、コミュニケーション能力が低く、積極性をあまり感じない……か」
別に否定する気はなかった。
しかし肯定する気分にもなれなかった。
「彼女を推薦したのは君だったな、遠藤P」
「は、はい!!」
呼ばれた遠藤Pは緊張した様子でマスターPの前に立つ。
マスターPはアイドル界の生きるレジェンドだ。
メイプルの他、今までに数多くの人気アイドルを生み出した凄腕。
まだプロデューサーになりたての遠藤にとっては、雲の上のような存在だ。
「理由を聞こうか」
「……自分、昔から人と関わるのが苦手でした」
「遠藤P、今はあなたの話を聞くときでは」
「いや、続けたまえ」
女性Pの抑制の声を遮るマスターP。
「はい。人と関わる時間が減った自分は、自然と人を見る時間が増えました。その結果でしょうか、自分には他の……マスターPですらも気付かない部分に目がいくようになりました」
「……」
「彼女には今までのような輝かしいアイドルの才能はない。ですが、今までのアイドル像をひっくり返す強大な力があると信じています!!」
遠藤Pの言葉に数字や実績といった言葉は一つも出てこなかった。
それはあまりに無根拠であり、本来ならバカな話だと一掃されてもおかしくない。
だが
「次だ」
今求めているのは、そんな常識を打ち破る存在である。
「認めて頂いたということでしょうか?」
「それを決めるのはこれからの彼女次第だ。俺も、お前も、決める権利は持っていない。ここで求められるのは純粋なアイドル力、それだけだ」
遠藤Pは深く頭を下げた後、すぐに元の仕事へと戻る。
「……嬉しそうですね」
「ああ。アイドルと俺達プロデューサーは一心同体だ。プロデューサーの未来が明るくて俺も嬉しいんだ」
そう言ってマスターPは次の資料を見た。
「小本四季。元々配信者だったそうだな」
マスターPはこれまでの四季の経歴を見る。
「何故突然アイドルを目指し始めたんだ?」
「オーディションの際は元々アイドルになりたかったと言っていました」
「……そうか」
マスターPはそれだけ言い残し、次に行こうとする。
「か、彼女が様々な声を振り分け、聞き分ける力があります。声優や配信者がアイドル化している今、彼女のような戦力は貴重だとーー」
「俺は何も聞いていない。ただ興味が湧かなかった、それだけだ」
「っ……」
女性Pは悔しそうに唇を噛む。
おそらく彼女にとってはイチオシの人物なのだろう。
マスターPはそれに気付きつつも、それ以上は語らなかった。
そう
(……これは)
それを魅せつけることこそが、アイドルなのだから。
◇◆◇◆
「メイプル、お前も目を通しておけ」
「私はプロデューサーじゃなくアイドルなのだけど?」
「立案者はお前だ。それに、このままお前をレッスンにでも行かせたらどうせ集中できんだろ」
「失敬ね。私はアイドルよ?プロとして、全力で練習することは義務なのよ?」
「資料をちらちら見ながら言っても説得力がない。ほら読んどけ」
「しょうがないわね」
そう言いながら楽しそうに資料へと目を通すメイプル。
「天野夜空。友人に勝手に応募させられ、単独トップで合格した天才……何これ、私とキャラ被ってない?」
メイプルはプンスカと怒る。
本気か嘘か分からず、ちょっとだけ周囲は混乱した。
「才能◎、だけどやる気は×。何故この子は選ばれたのかしら?」
メイプルは少し意気消沈している女性Pへと問う。
「おそらくカリスマ……でしょうか。気怠げではありますが、それは天才故の誇りにも見えます。そう言った目に見えない迫力に心奪われたプロデューサーが何人かいたそうです」
「……なるほど」
メイプルは何かを考えた後
「足りないわ」
小さな声で呟く。
女性Pは思った。
やはりマスターPとメイプルは似ている。
アイドルに対して求める姿勢や高みは、他のプロデューサーやアイドルと一線を隠している。
ある意味で理想が高い、逆を言えばそんな二人から認められる存在は一体どんな化け物だろうか。
女性Pはとある女の子を画面越しに見る。
(一体……何者なのでしょうか)
そんな女性Pの心中を察することはなく、メイプルは先に進む。
「港岸玲奈に佐渡恵那。二人は同じ学校なのね」
「はい。このデスゲームにおいて接点のある二人を置くことに抵抗はありましたが、それを差し置いてでもという声が多く」
「……そうね。たかがそれだけの理由で負けるのならそれだけのこと。むしろ、このデスゲームでは友情を抱いた方が危険かもしれないわね」
クックックと不敵に笑うメイプル。
ゲームマスターとして興が乗ってきたらしい。
「それにしても正反対な二人ね。港岸玲奈、趣味はアウトドア全般、事務所に入った後もすぐに人脈を広げていった……ね」
「その結果が、この場所に立つ存在証明です」
「対して佐渡恵那、趣味はインドア全般。港岸玲奈と共にスカウトされ、追うような形で事務所入り。その後は与えられた仕事だけをし、あまり目立つような行動はなし……何故彼女は選ばれたのかしら?」
「ひとえにその知能ですね。新しい風を呼び込むという意味では、彼女のずば抜けた思考力は良いキッカケになると考えました」
「……なるほど」
メイプルは納得する。
「……一波乱起きそうね」
「どうかしましたか?」
「いいえ。ただ一つだけ言えることは」
メイプルはドヤ顔で
「アイドルもまた、人間ということよ」
「知っていますが?」
「実は私、トイレの行くのよ?」
「知っていますが?」
「アイドルがトイレ行くはずないでしょ!!」
女性Pは思った。
めんどくせぇ女だなと。
「全く、何馬鹿なこと言ってんだメイプル」
そしてタバコ休憩から帰ってきたマスターP。
同じく資料を手に取り、メイプルへと問いかける。
「それで?どうだった」
「まだ途中よ。一応最後の一人ね」
「……成瀬美咲か」
「ええ。あの人の娘よ」
二人は静かに資料を眺める。
女性Pは静かに冷や汗を流した。
周囲もまた静けさが広がり、時計の針の音だけが部屋で存在を示していた。
そして
「そう」
「なるほどな」
二人はただそれだけを口にし、資料を置いた。
「あ、あの、どうだったのでしょうか?」
恐る恐る女性Pは尋ねる。
二人からの返答は
「さぁ?」
「どうだかな」
曖昧なものだった。
「お二人でも計り知れない……ということですか?」
「どうでしょうね。今まで散々いいように言っていたけど、結局人の本質なんてこんな紙切れじゃ分からないものよ」
「は、はぁ」
突然正論を叩き出すメイプルに動揺する女性P。
「……ごめんなさい。少し外の空気を吸ってくるわ」
「あ、は、はいどうぞ」
そしてメイプルは部屋を出る。
「あの、メイプルさんはどうしたのでしょうか?」
「放っておけ。色々と思い出したんだろう」
「もしかして……」
「知って何になる。アイドルのメンタルケアは大事だが、深く関わり過ぎては逆に毒になる」
そう、まさしく激毒に。
「……結局、あいつは俺以上の理想を追い続けている。NO.1アイドルになっても尚、あいつは努力し、成長し続けるんだろうな」
その目はまるで自身の子供の成長を喜ぶ親のようであった。
ちなみにマスターPは普通に家庭持ちである。
「そんなあいつの認めた存在、お前も気になっているのだろう?」
「はい」
「ハハ、俺も同じだ」
二人のプロデューサーは生放送を開く。
「魅せてくれよ、アイドル達。俺達の心を捉えてみせろ」
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