第1.5話
「最近のアイドル業界は非常に危うい立場となっている」
スーパーアイドルマスタープロデューサーこと、マスターPは会議室で第一声を投じた。
「近頃の人々が時間を割くコンテンツは主に動画や配信となり始めている。テレビを見たり、現地にまで足を運ぶケースは減少の一途を辿っている」
既にアイドルという枠組みは時代遅れなのかもしれない。
マスターPはそう感じ始めていた。
だが
「諦めるわけにはいかない」
アイドル需要が減っているから諦めるのではない。
需要が減るなら、増やせばいい。
「もう一度あの頃のようなアイドルの時代を作る。その為の案を聞かせてくれ」
マスターPの言葉に、皆が様々な意見を出す。
「アイドルを紹介するチャンネルを作るのはどうでしょう」
「ありきたりだが、良い考えだ」
「最近はスポーツが流行っています。それぞれのスポーツに特化したアイドルなどどうでしょう」
「時代の波に追いつくスタイルか。いいな」
皆が必死になって意見を出す。
どれもこれも画期的なアイディアばかりだ。
だが
(足りない。確かにこれらは成功するのだろうが、まだ何かが足りない気がする)
マスターPの長年の勘がそう答える。
もっと斬新で、ド派手で、それでいてアイドルの魅力を引き出すような……そんなアイディア。
だがそんなもの、果たして存在
「デスゲーム」
デス……ゲーム?
「……お、面白い」
マスターPの心が動く。
まるで絵空事だったイメージが、一つのピースによって現実へと舞い降りたようであった。
「ん?今の意見を出したのは誰だ?」
皆が周りを確認するが、誰もが首を傾げる。
「随分とお困りのようね、マスターP」
「こ、この声は!!」
皆の目線が一斉に一箇所へと集まる。
「メイプル!!どうしてここに!!」
そこには頭の悪そうな真っピンクの髪の美女が立っていた。
そう、この女こそ今話題の人気アイドル、メイプルその人であった。
「メイプル……お前だったのか」
「ええ、デスゲーム。これこそが新たなアイドルの時代を作る第一歩よ」
メイプルは席に座ろうと一歩前に出るが、満席なことに気付きもう一度扉にもたれかかる。
「マスターP。今の時代に必要なものが何か分かる?」
「……いつも言っているだろう。最高のアイドルを生み出す。これに限る」
「同じ意見よ。だけど、今まで数多くのアイドルがいる中でそんな子を見つけられた?」
「……いなかった。いや、見出せていない。そして育て上げることが出来ていないのが現状だ」
マスターPは悔しそうに口を歪ませる。
「強いて言うのであれば、メイプル。お前を見つけ出したことこそが、俺の生涯で最も誇るべきことだと思っている」
「確かに私は最高のアイドルではある。だけど、私だけじゃアイドルの時代は来ない」
それは皆が一番分かっている。
アイドル史上最高クラスのメイプルをもってしても、時代はアイドルに見向きもしない。
「ならば頼るしかない。世界に、アイドルに」
メイプルは提案する。
「ファンに決めてもらうの。あなた達の推しのアイドルを。自身で作り上げるの、理想のアイドル像を」
メイプルは目を輝かせる。
「だからこそのデスゲーム。自分で自分の武器を見つけ出し、その刃を尖らせ、ファン達の心臓を突き刺すような存在。そして生まれるのは」
最強のアイドル
「最強の……アイドル……」
マスターPは生唾を飲んだ。
想像したのだ。
圧倒的カリスマを持つ最強のアイドルが、最高のアイドルであるメイプルと共に世界を変える景色を。
「デスゲーム。採用だ」
「ありがとう、マスターP」
「皆も異論はないな?」
皆が一斉に首を縦に振った。
マスターPは震える。
これからあの時代が戻ってくると。
いや、違う。
「これから訪れるのは、新たな時代だ」
こうして集められた七人の精鋭。
どれもこれもが未成熟。
しかし、どれもが才能の原石である。
「それにしてもマスターP、大丈夫なのでしょうか?」
「計画は順調だ。既に許可もーー」
「いえ、そうではなく。最後の一人をメイプルさんが見つけるという話です」
「何がだ。確かにメイプルは頭が悪そうに見えるが、学校ではちゃんと赤点を避けているぞ」
「確かにメイプルさんが分数の掛け算をギリギリ解けることは知っています。ですが不安なんです」
女性Pは震えた声で
「あの子が売れた要因って……天然なところですよね?」
そんな言葉にマスターPは
「ちょっとまずいかもな」
失敗したと気付くのだった。
◇◆◇◆
私の名前はメイプル。
勿論偽名よ。
だけど、私にとっては本名よりも大切で、慣れ親しんでいる名前でもある。
最近は役所にメイプルと名義を変更するか迷うレベルには親しんでるわ。
さて、そんな最高のアイドルである私が何をしているのかと言われたら
「……あの子もダメね」
道行く女の子を観察している。
バードウォッチングならぬ、ガールウォッチングね。
「あのーすみません」
「何かしら」
「先程から不審な人物がいると通報を受けたのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
それからポリスハンティングも始まったみたい。
女の子を覗く時、女の子もまたこちらを通報する。
そんな言葉もあるくらいだものね。
「失礼、私はこういう者なの」
「こ、これは!!」
私は取り出した行きつけの店の割引券を見せる。
「間違えたわ」
私は名刺を取り出す。
「なるほど、スカウトを」
「ええ」
「ですが何故そのような怪しい格好を?」
「少し事情があるの。こうしたら分かるかしら?」
私がサングラスを外すと
「メ、メイプル!!」
「静かに、騒ぎは起こしたくないの」
「し、失礼しました!!」
その後、私はポリスメンにサインを書き、もう一度ウォッチングを始める。
だけれど
「やっぱりダメね。どの子も全く私のお眼鏡に叶わない」
私は色んな要素で優れているけど、特に見る目だけは誰にも負けない自信がある。
今まで出会ったアイドル達も輝いてはいたけれど、私には並べていない。
必要なものはもっと別のもの。
しぶとく生き残ることも大切だけど、大事なことは自信。
他を寄せ付けない美貌。
そして何者にも変え難い唯一無二の個性。
今必要とされているアイドルは、そんな要素を持ち合わせていないといけない。
「まぁそんなアイドルになる為に生まれてきたような人間が見つかるはず」
「可愛いー」
「お人形さんみたい」
突然周りが騒つき始める。
一体何が起きたと
「……見つけた」
通り過ぎるだけで周りを魅了する美しさ。
そんな視線をものともしない自分の美に対する自信、そしてそれを高めようとする心。
そして他の女の子には無い……異様な雰囲気。
「あの子だ」
見つけた。
歴史を変えるかもしれない存在を見つけてしまった。
「逃す手はない!!」
私は早速声を掛ける。
「少しお時間よろしいかしら?」
すると案の定警戒する子。
だけどその瞳は怯えというより、悔しさに満ちていた。
(やっぱり強い)
見るからに怪しそうな私を前にしても動じないメンタル。
やはり欲しい。
それに
「あなた……隠しているようだけど、私には全てお見通しよ?」
この子、アイドルになろうとしている。
私には分かる(分かってない)。
きっと、この子は誰かに認められたいという気持ちをひた隠しにしている(女装癖)。
おそらく学業、もしくは人間関係、詳しくは分からないけれど深い事情があるはず(女装がバレると社会的に死ぬから)。
私がそのしがらみ、取り外してあげるわ!!
「もし私に着いて来たのなら、あなたの秘めた思い、私が叶えてあげる」
ごめんなさい、これは嘘。
本当に夢を叶える為には、あなた自身の力が必要。
だけど分かって欲しい。
それだけ私が……伝説のアイドルメイプルが、あなたを認めている証拠。
「こうすれば……分かりやすいかしら?」
私がサングラスを外すと、女の子の目付きが変わる。
やっぱり、この子はアイドルになりたいのだ。
世界一のアイドルである私に尊敬を、そしてそんな私すら抜いてやるという野心溢れる意志が伝わる。
「さぁ一歩を踏み出しなさい。そうすれば、あなたを世界一にしてあげる」
本当はこう言いたい。
共に世界一になろうと。
だけど、今はその時じゃない。
いつか私の元まで辿り着いた時、今度こそこの台詞を言わせて欲しい。
そんな私の思いに応えるように、彼女は私の手を取る。
見た目は華奢だけど、手は思ったよりもゴツゴツしていた。
きっと無知のままレッスンをした代償なのでしょう。
こんな子に言うにはあまりにも烏滸がましいことだけど、一応聞いておく。
「ここから先に進めば二度と普通の人生は送れない。それでも……いいのね?」
勿論答えは決まっていた。
彼女の言葉のない答えに、私は自身の考えが正解だと確信する
「……やっぱり正解だったわ。あなたこそ、新たな世界を見る者」
アイドルの新時代を切り開く者なのだと。
(やはり私の目に狂いはなかった)
こうして、アイドルグループに男が紛れ込む前代未聞の大事件は発生したのだった。
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