3-4

 同日夕方。朝にも姿を見せた松本が再び〈アンダーライン〉第三部隊の執務室に顔を出していた。

「できるだけ早く辞めたい、って言ったら今日で最後でいいって話になりましたので、明日からは通常勤務に戻ります」

 その場にいた六条院と雷山がホッとしたような顔で松本を見たので、中々ふたりにとっても慣れない一週間だったのだろう。雷山はともかく、六条院もこのような顔をするのか、と松本は少し意外に思った。

「雷山から松本への申し送りは明日だな」

「そうですね。俺もここ一週間慣れないことして疲れたので、今日は早めに休ませてもらおうと思います」

 それでいいか、と松本が雷山に訊ねると、彼は「もちろんです」と答えた。

「第三部隊での仕事はどうだった?」

「隊長に無茶振りされないとこんなに快適に仕事ができるのかって思いました」

 雷山の回答に松本は苦笑した。

「正直だな」

「あと、隊長の無茶ぶりに応えていく志登副隊長のすごさも実感しました」

「見た目と仕事の差がすごい人だからな……」

 赤い髪に目、と見た目が派手なため誤解されがちだが、志登の仕事は的確でこまやかだが、大胆な手法を選ぶ度胸もある点が評価されて今回の隊長への昇進が決まった。

「これから一番緊張するのは引継式だって言ってましたよ」

「それはそうだろう。引継式はこの組織にあって一番仰々しいものだ。わたしも二度やるのはごめんこうむりたい」

 六条院の言葉に松本は首を傾げた。

「引継式ってそんなに格式ばったものなんですか?」

「ああ、そうか。そなたにとっては今回が初めての式だな。隊服を着用する行事だと言えば伝わるだろうか」

 〈アンダーライン〉は基本的に必要以上の露出がなく、行動を制限するようなものでなければ、服装自由で勤務が可能だが、隊服と呼ばれる礼服がある。

「え、あ、あれ着るんですか? 入団式と表彰式にしか着ないものだと思ってましたよ」

 パートナーシップを結んだ際の披露宴などで着る隊員もいるようだが、極少数派だ。公に着用する場は限られているため、総務に申請してレンタルをする隊員がほとんどだった。

「隊長の交代はかなり大きな行事だが、そもそも交代自体が最近は少ない。それゆえ馴染みのない行事になってしまった。〈世界を滅ぼす〉大戦が終結してすぐは治安も悪く、兵器も多数残っていたので、殉職する者も多かったと聞くが」

「平和になったってことですかね」

「そうだ」

「ところで、隊長が就任されたときは引継式あったんですか?」

 松本の問いかけに六条院は首を縦に振った。その動作に、松本と雷山が目を輝かせた。

「えー! 当時の写真、残ってませんか⁈」

「残っていない、と思う」

 珍しく言葉を濁した六条院を二人はいぶかしんだ。

「当時その写真を載せた広報誌がひどく高い値で違法に取引されたため、データごと消去をしたと聞いている」

「あー……なるほどなあ……」

 〈アンダーライン〉で発行している広報誌は基本的に、活動をPRし入団促進などにつなげる目的を持つが、それが高額で転売されたとあっては看過できなかったのだろう。

「あとは、翌年は入団してすぐにやめていった隊員が男女問わず大量に出たな」

「憧れだけでやっていける世界じゃないですからね……」

 図らずも誘蛾灯となってしまったことで懲りたのだろう、それ以降広報が六条院に声をかけることはなくなったという。

 閑話休題。

「そなたが調べた例の荷物の送付先付近の地図と写真だ。第一部隊と第三部隊で手分けして一斉に捜査をする」

「大規模ですね」

「ああ、通常の仕事に手が回らぬゆえ、他の隊から応援をもらう」

「一日でそんなことまで決まったんですか?」

 松本の言葉に六条院は小さく笑って言う。

「わたしたちの強みは初動と機動だ。早く動くことがいかに重要か、みな理解しているゆえ、話も早くて助かった」

 そして、松本と雷山に向かって「明日も朝から早いぞ。今日は二人とも早く帰ってよく休め」と付け加え、自らも腕章を外して帰宅の準備を始めた。

「ではお言葉に甘えて、俺も帰ります。お疲れ様でした。雷山、業務の話はまた明日で」

「了解です。お疲れ様でした」


 翌日、少し早めに出勤してきた松本が第三部隊の執務室に入ると、そこにはまだ誰もいなかった。夜勤と日勤の引継ぎには少し早い時間だった。しん、とした部屋に松本が歩く音だけが響く。潜入調査期間も毎朝立ち寄っていた仕事場だが、ずいぶんと久しぶりに訪れたような気がした。

「早いな」

「雷山からの申し送りを受けようと思いまして。隊長こそいつもより早いですね」

「残った仕事を片付けておこうと思って」

 珍しく昨日は六条院も早めに帰宅していたため、残っている仕事があるのだろう。松本は机の引き出しを開けて腕章を取り出した。腕章をつけることで、そわそわと昂っていた気持ちが少し落ち着く。

「おはようございます。あれ、お二人とも早いですね」

 少し遅れて入ってきた雷山が既に揃っていた二人を見て驚いたように言う。松本は元々が朝型であり、出勤前にランニングができるほど元気なタイプだが、それとは対照的に六条院は本来夜の方が元気だが、仕事の日に限っては朝型で過ごすタイプだった。

「一週間の間の記録も見ようと思って少し早く来たんだよ。雷山も早く来てくれて助かった。今の時点で残ってる業務と、一週間で気になったことを教えてほしい」

「わかりました。資料については教えてもらった所定の場所に入れたので、それ以外のところをお話しておきます」

「ありがとう、よろしく」

 松本たちが話始めたのを尻目に、六条院も端末を立ち上げる。承認待ちの文書をなるべく早く処理していく。そのうちに、夜勤と日勤の引継ぎに来た隊員たちで、第三部隊の執務室に人が溢れていく――それがいつもの光景だった。六条院は徐々に活気を帯びる執務室を見て、切れ長の目を細めた。

 そして、夜勤と日勤の引継ぎが終わり、日勤隊員たちが巡回に出て行ったのち、第一部隊との合同捜査会議が始まった。今回、全体の指揮をするのは六条院だ。稲堂丸曰く「もうすぐ引退の身の俺が現場で出しゃばってたら邪魔だろ、任す」とのことだ。加えて本人は今回の現場突入について何も口を出す気はなく、合同捜査会議における第一部隊の代表を志登に一任する、と言った。

「一任するんじゃなかったんですか?」

「口は挟まねえし、意見を求められても何も言わねえが、この場を欠席するとは言ってねえぞ」

 第三部隊の隊長室(執務室内に機密度の高い会議や隊員との一対一での面談をするための小さな部屋がある)は集まった五人――六条院、松本、稲堂丸、志登、雷山でいっぱいになった。息苦しさを覚える室内に「他に部屋なかったんですか」と雷山が訊ねた五人のメンバーの中で二番目に背が高い彼にとってはこの部屋は窮屈だろう。

「地下会議室が別会議で空いてなくて。ごめん」

雷山の隣で足を窮屈そうに折りたたんでいる松本が謝罪した。松本に謝罪されては雷山も強く出られず、わかりました、と言って椅子の上で膝を抱えて座った。そのまま足を下ろしていると、向かいに座っている志登の足に当たってしまう。

「すまぬな、本来は五人も入る部屋ではないゆえ、不便をかける」

「今度総務に、地下以外に大人数で機密度の高い話ができる部屋を別に作ってもらえないか要請してみましょうか」

「そうだな。使える部屋が少ないのはやはり不便だ」

 既存の部屋の改修という形で対応してもらえないかを打診してみよう、と六条院も松本の意見に同意した。

「さて、だいぶ話が逸れたが本題に入る」

 六条院はそう言って、壁に埋め込まれたモニターを操作した。建物の外観が映し出される。

「今回わたしたちが一斉捜査する場所は三か所、捜査開始は明日の午前十時だ。A地点【住】地区三番街〈ガンマ〉東三北十九エリア、B地点【住】地区十五番街〈オミクロン〉東五北六エリア、C地点【住】地区十七番街〈ロー〉西二南八エリア」

 スクロールによって写真が切り替わる。最も大きな建物はA地点にあり、それ以外は小さな倉庫のような外観をしていた。

「A地点以外、ずいぶん規模が小さいですね」

「見た目はな」

 雷山のコメントに志登が補足を入れる。首を傾げる雷山を助けるべく松本が質問をした。

「見た目ってことは、地下がある?」

「その通り。簡単に地下空間調査をしたらそこそこの大きさの地下空間があった。おそらく大事なものは全部そこだ」

「うーん、うまく相手と物証を押さえられたらいいけど、逆にこっちが追い詰められて袋の鼠になる可能性もある立地だな……。証拠隠滅を図って火でもつけられたら一発アウトだ」

「そこなんだよな」

 考え込む副隊長ふたりに六条院が声をかけた。

「今回は証拠よりも人の確保を優先したい。物証があればそちらの方がありがたいが、首謀者を捉えて今後の被害拡大を抑制するのが主目的だ。こちらからも、相手からも犠牲を出さずに捉えることを考えてくれ」

「了解しました」

「その上で今回の各地区の指揮を割り振る。A地点は松本、B地点は志登、C地点は雷山。志登は普段行きつけない地区の担当をさせてすまぬが、第三部隊の隊員を一人補佐につける」

 A地点およびB地点は普段第三部隊が担当をする地区であり、C地点は第一部隊の担当区域である。

「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります」

 志登も十年以上<アンダーライン>の隊員を続けているため、ある程度の土地勘はあるが、普段の担当区域でない場所はやはり分が悪い。

「わたしは全体の指揮を本部で執る。何か判断に迷うことがあればすぐに連絡を入れるようにしてほしい。特に志登と雷山についてはほかの隊の隊長であるわたしに連絡を取るのに遠慮があるかもしれぬが、その遠慮は不要だ」

「はい」

 三人の揃った返事に六条院はふと表情を緩めた。横から稲堂丸が口を挟む。

「一任するとは言ったが、俺も六条院の横に待機はしておく。信頼して任せるのと仕事をしねえのは違うからな。万が一不慮の事態が発生したとしたら全力でサポートする」

「それはわたしも助かる」

 六条院の言葉に場の空気が柔らかくなった。そして、外観、上面図をもとに当日の捜査経路の確認と調査内容の確認を改めて行う。

「――以上だが、他になにか質問は?」

「あ、捜査許可の令状は?」

「今櫻井に命じて作成中だ。今日中にはできる」

 明日の捜査に対して今日作成するというのだから、櫻井の事務能力の高さがうかがえる。

「櫻井さんよく引き受けてくれましたね」

「機動力と機密力が売りだからな。あまり早く作成するのは情報漏洩の観点からよいとはいえない」

 だから必ず前日に作成させるのだと六条院は言った。

「……改めて第三部隊ってすげえよ」

「? そう?」

 志登の言葉に松本は不思議そうに答えた。志登の横で雷山も大きく首を縦に振っていた。

「明日の一斉捜査前に令状を渡すつもりだ。それ以外に質問は?」

 六条院の呼びかけに全員が首を横に振った。

「明日は規模の大きな捜査になる。任務内容の遂行についてはもちろん進めてほしいが、それ以上に全員が負傷せず、安全に帰還することを目標として任務にあたってほしい」

「承知しました」

 各自が小隊を率いてそれぞれの場に行くことになる。十分に安全に留意した上での任務にしなければ、と松本は命に対して責任を負うことになる隊員たちの顔をそれぞれ思い浮かべた。

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