9.わらっていて

「好きだ」


 彼があたしを抱きしめる。

 切羽詰まったような顔をして。


「好きなんだ」


 ちがう。

 そんなんじゃない。

 あたしの好きな、あなたの顔は。


「オレだけを見て。オレだけのものに…」


 人差し指を立てて彼の唇に触れ、言葉を遮る。


 そんな要求には、こたえたくない。

 だってあたしは、たくさんの人を見ていたいし。

 それにあたし、もの、じゃないから。

 でも。

 そんなにあたしのことが好きなら。

 あたしのお願いは、きいてくれるよね?


「ねぇ、わらって?」

「…え?」

「あたし、あなたが笑ってる顔が、一番好き」


 すぐに笑顔を見せてくれる、優しい彼。


「うん、いい笑顔」


 お礼に、彼の頬に軽くキス。


 そうしていつも、わらっていて。

 あたしといるときはいつも。

 わらっていて。

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