第9話 尊いチャクラに魅せられて

 チベットでの生活が始まり、もうはや二十年。

 六十を前にしてこの二十年を振り返る。


 



 結論を言うと、私はただの一般人だった。




 ヤムリ、チグルは共に天才と言われる存在で、オーラの移動はもちろん、それぞれ属するチャクラのプロフェッショナルだった。

 ヤムリは第七、チグルは第二。

 チグルに至っては、最近オーラを使い簡単な治療までできるようになっていた。

 私も痛む腰や肩を毎日のように癒してもらっている。


 さて、私はと言うと……


 チベット語だけは習得できた。

 本物の『チベット 死者の書』を読めた時は感動したものだ。

 しかし、肝心なオーラが認識できないのだ。

 もとより自分の身体の中にオーラなど存在していないかのように。


 ヤムリからの話では、まるで主人公のように特別な存在だと思っていた。

 だってなぁ、神様に選ばれた、みたいな感じで言われるとなぁ。

 勘違いもするさ……。


 チベットの僧侶たちはこのオーラを認識する修行は早くて数週間、遅くても一年くらいで終わらせるらしい。

 その後の集めて移動させる事が大変なわけで。

 それを簡単にやっているヤムリとチグルが凄すぎて。


 まぁ私はオーラの認識すら二十年かかってもまだできないけれど。

 いろんな高僧からコツのようなものも聞いた。

 身体中に広がってるものとか、丹田にあるとか。

 しかしどれも全く感じれない。

 二十年この作業、もう修行とは言えない、をやってきても、不思議と嫌にはならなかった。

 側にヤムリたちがいてくれたのが大きいのだが、神様が嘘を言うわけがないのだから。

 

 その後はヤムリにも交信はないらしい。

 第七チャクラにオーラを溜め続けているみたいだけど。

 


 

 何故今振り返っているかというと……



 今際の際にいるからだ。


 もうこの三日間は何も喉を通らなくなった。

 ポタラ宮殿から出たくなかったため、お医者様に見ていただいたが病院に入院、手術というのは断った。


今はヤムリとチグルに寄り添われ、見送られるところだ。


 「ヤクルよ……。よく、本当によく頑張ったな……。普通腐るところをいつも明るく修行を続けて……。お前は皆んなの太陽だったよ……。オーラが認識できなかったのは二の次だ。お前がチベットに来てくれて、私たちの側にいてくれた事、本当に感謝している。ありがとう。」


 ヤムリが溢れる涙を拭こうともせず、感謝の言葉をかけてくれる。


 「ヤクルさん、私もあなたの側にいれて本当に幸せでした……。痛みはありませんか? 私のオーラはちゃんと効いていますか? 後はゆっくりとおやすみください……。長年の修行、お疲れ様でございました。」


 チグルは懸命に私にオーラをかけ続けてくれている。

 暖かいオーラだ。


 「……ヤムリ……、期待に添えなくて、悪かった……。どうやってもさ、……オーラが見えない、認識できないんだ……。もう目もほとんど見えないけどな……。お前が泣いてるのは分かるぞ……。あんな厳格で眉間に皺を寄せてるヤムリがなぁ……。幸せだったよ、私も……。」


 これが最後の言葉になるのは分かっていた。

 もう体から生命力のようなものがないから。

 だからチグルにも伝えないと……。


 「……チグル……。お前にも世話をかけたな……。ありがとう……。神様に言われなきゃもっと自分の為に生きれたのにな……。俺のために……ありがとう……。もうオーラを止めてもいいぞ?……後はゆっくり目を瞑っているよ……。チグルのオーラ、綺麗なオレンジ色で暖かいなぁ……。」




 ん……?



 オレンジ色……?


 綺麗?





 おい!

 これオーラじゃねえか!!!

 これ、第二チャクラのオーラじゃねえか!!!

 

 なんだよ、こんな感じなのかよ!

 

 俺の中は?

 どうだ?

 

 あ!

 丹田らへんにあるぞ!

 暖かい、白いオーラだ!


 これがオーラかぁ。


 ってもう死んじゃうじゃないか!!!



 おいおい!

 ヤムリもチグルも耳元でお経唱えはじめたぞ!

 送られる直前じゃないか!


 いや、オーラ認識できたんだって!

 伝えたいけどもう言葉も出ない……。


 ああ、せめて……。


 この暖かい、白いオーラを感じながら……。



 送られよう……。





 紫のヤムリのオーラと……。





 オレンジのチグルのオーラと……。







 多くの僧侶の緑色のオーラに包まれて……。







 そこでヤクルの、木下矢来の人生は幕を閉じた。

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