自販機

快楽原則

起死回生! アルハラ撲滅作戦!

 部下の分倍河原が死んだ。

 死因は急性のアルコール中毒だ。

 俺が殺したようなものだ。上司という立場を使って、イッキを強要した。

 俺が務めている建築業界は、飲み方も荒い。だからまわりもそれを止めるどころか、囃した。

 分倍河原は今年入ったばかりの新人だ。それに持ち前の気の弱さのせいで現場の職人にも舐めきられている。

 俺は分倍河原が絶対に断れないであろうことを見越して、イッキさせた。

 誰も俺を責める人はいなかったし、実際に責任を追及されることもなかった。

 これは共犯なのだ。

 彼は、分倍河原はスケープゴートだった。尊い犠牲だった。


 時刻はすでに深夜0時をまわり、もうそろそろ1時になろうという頃合いだ。

 俺はデスク作業でがちがちに丸くなってしまった背中を伸ばす。

「コーヒーでも買いに行くかな」

 そんな独り言は、薄暗いオフィスに吸い込まれるように消えていく。

 今日も残業。まあ、建築業界は超ド級のブラックなのでしかたがないところはある。次ぐ飲みに行けるのいつだろうなあ。

 そんなことを考えながら薄暗い階段を下りていく。

 うちの会社のオフィスが入っているのが3階で、自販機は1階のエントランスにしかないので、飲み物を買うためにはいちいち下に降りなければならない。

 しかし運動習慣がない自分にとっては、この階段の上り下りが結構いい運動になったりするので、プラスに捉えることにしている。

 深夜のビルはシンと静まり返っている。しかしその静けさが、20連勤の俺の身体には逆に心地よかったりもする。

 

 そんな薄暗がりの中で、自販機は変わらず煌煌と光を振りまいている。

 光に吸い寄せられる虫のように、フラフラした足取りで自販機の前に向かう。

 いつも飲む、キャップがついているタイプの缶コーヒーを買う。

 140円。

 ガシャンッという騒々しい音と共に、受け取り口に勢いよく缶が降ってくる。

 夜中で中も外も静まり返っているせいだろうか。音がいつもより大きく感じる。

 受け取り口に手を差し込み、取り出す。

 重い。明らかにいつもよりずっしりしている。

 20連勤で身体が弱っているせいだろうか?

 左右にゆっくり、振るように傾けてみる。

 ちゃぷちゃぷ、というあの液体の感じが、無い。

 この缶の中に、ぎっしりと何かが詰め込まれている感じがする。

 不良品だろうか? しかしこんなケースは聞いたこともないぞ。液体じゃなくて個体が入っているなんて。コーヒーとおしるこの中身が入れ替わるなんてことはまずありえないだろうし。

 恐る恐るフタを回すと、ぷしゅっという音と共に飛沫が手に飛び散る。

 これはたまにあることだ。気にすることはない。

 そう思って手を拭うと、その飛び散って付着した液体は、ネロネロとした感触を伴っていた。

「うひぃ!」

 予想外の感触に、俺は思わず持っていた缶を放り投げてしまう。

 タイル張りの硬質な廊下に、缶が跳ねる音が響き渡る。

 転がった缶の口からは、正体不明のでろでろがゆっくり流れ出てきている。

「な、なんだ…!?」

 今の動揺で息が上がった俺からは、そんな情けなくか細い声が絞り出される。

 自販機のまばゆい光と廊下の薄暗い照明とで、その正体の全貌が徐々に明らかになっている。

 ちょ、腸…?

 理科の教科書なんかにのってる人体の図版で見たことのある、あの腸だった。

 それがやっと解放されたと言わんばかりにぶぽっ、ぶぽっと音を立てながら流れ出てくる。

 ピピピピピピピピ…!

 静寂を切り開く爆音と共に、自販機の電子画面の数字が点滅し始める。

 驚きのあまりか、腰が抜けたように足に力が入らない。

 画面の赤文字が4444というぞろ目で止まる。

 祟り。その二文字がふと頭に浮かぶ。

 祟り、祟りだ。これは分倍河原の。逃げなければ。きっと俺に復讐しに来たのだ。

 もつれる足を引きずるようにして、その場を離れようとする。

 次の瞬間、ドドドドドドドドドっという轟音が廊下にこだまする。

 自販機の方を見やると、自販機は壊れた蛇口のように、次々と缶だのペットっボトルだのを吐き出し続けている。。止まる気配がない。

 溢れ出る缶たちを抑えきれなくなった取り出し口のふたが、吹き飛ぶ。

 廊下に散乱する飲料水。それらは皆、どこか様子がおかしい。

 天然水のラベルが貼ってある透明のボトルは、どす黒く濁っており、中に目玉のようなものがぷかぷかしている。

 ぷしゅぷしゅパキパキと、缶やペットボトルのキャップが次々と開いていく。

 サイダーのボトルからは歯と歯茎が。

 コカ・〇ーラのボトルからは唇が。

 微糖の缶からは筋繊維らしき物体が。

 プルタブ型のブラックからは耳が。

 それぞれがまるで意思を持っているかのように一カ所に集まり、を形作ろうとしている。

「俺が! 俺が悪かったから! だから許してくれよぅ分倍河原ぁ」

 完全に腰を抜かして動けなくなってしまった俺は、その場にへたり込んだままそう懇願するしかなかった。


 ゴーンという深夜1時を知らせる鐘の音が、俺を夢から現実へと一気に引き戻す。

 なんだ、夢かよ。分倍河原ごときが生意気な夢見せやがる。

 口元にべっとりついたよだれを拭いながらそんな悪態をつく。

「コーヒーでも買いに行くか」

 どこか怯える自分を鼓舞するようにそう呟くと、1階に急ぐ。

 疲れてただけだ。別に分倍河原にビビッてなんかいない。

 内心で誰に聞かせるわけでもない言い訳を並べたてながら。

 自販機の前に着き、ポケットから乱暴に交通系ICを取り出す。

「コーヒー…、いやたまにはエナジードリンクにするか」

 黒に緑の禍々しい見た目の缶の下にあるボタンを押す。

 ガコンっという音ともに、500ミリ缶が落ちてくる。

 躊躇いがちになりそうになっている自分の手に無理やり言うことを聞かせるようにして、急いで受け取り口からモン〇ターを取りだす。

 ずっしりと重いがそれは当たり前だ。いつも飲んでいるコーヒーよりもこっちのほうが量が多いのだから。

 プルタブを引くと、カシュッという気持ちい音が鳴る。

 べたついた飛沫が手に飛び散る。

 ピピピピピピピピ…!

 4444。

 ガコンっガコンっガコンっガコンっガコンっドドドドドドドドドっドドドドドドドドドっドドドドドドドドドっドドドドドドドドドっドドドドドドドドドっ

 

 

 

 

 

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