精神障害者の作者は語りたい

紫 和春

語ってみた

 とある居酒屋。

 そこには、高校卒業以来の数名が集まっていた。

「おう、懐かしいな」

 高校卒業後に就職したS氏(♂)。

「あまり変わらないね」

 医療系の大学に進学したT氏(♀)。

「一番変わったのは俺かな」

 そして作者の紫。

 まずはお互いの近況報告。

「最近子供が産まれてな。世話が大変だよ」

 とS氏。

「こっちはもうすぐ国試があるんだよね」

 とT氏。

 そんな中、紫はあることを告白する。

「実はさ、今精神科の病院に通ってるんだよね」

「そうなんだ」

 反応は薄い。

「んで、数年前に手帳取った」

「へぇ」

「精神科ってことは、鬱病かなにか?」

「俺の場合は強迫性障害ってやつで、過度に手を洗いすぎちゃうんだよね」

「そうなんだ。確かに手荒れてるね」

 そういってT氏は紫の手を見る。あかぎれで真っ赤になっているのが分かるだろう。

「今はSSRIっていう抗うつ薬を飲みながら生活してる」

「ふーん……」

 S氏はビールをあおる。

「でも、薬を飲むくらいなのに平然としてられるね?」

 T氏が聞く。

「いやいや、これでも結構キツいほうだよ。俺の場合、顕著に現れた症状が強迫性障害ってだけで、普通に鬱の症状とか出てる」

「えー、ヤバ」

「そもそも強迫性障害ってどういう症状なん?」

 ビールのおかわりを注文しながら聞くS氏。

「そうだなぁ……。まず汚いものに触れない。自分の場合は、腰から下の下半身全部、足の裏、床、あと他人が触ったであろう場所全般」

「結構多くない?」

「めちゃくちゃ多い。だから、公共の場に出ると触れないものが多くて困る」

 紫は一度カシスオレンジを飲んで、言葉を続ける。

「それに、家の中にも汚い場所があるから、不便極まりないかなぁ」

「家にいても駄目なの?」

「駄目。床とか溜まってるホコリとか触れないし、触ったらめちゃくちゃ手を洗うことになる」

「不便だねぇ」

「ホントだよ。それでも昔よりかはマシになってるからな?」

「昔はどうだったの?」

「手洗いの回数がめちゃくちゃ多かった。手を濡らして石鹸付けてそれを流すってのを手洗い一回と数えると、一度水道の前に立つと五回とか、酷いと十回くらいやってた」

「流石に洗いすぎでしょ」

「今は二、三回くらいかな」

「それでも洗いすぎって感じはするね」

「あ、あとこれは声を大にして言いたいことなんだけど、テレビのCMで手洗いの平均は七回って言ってるけど、絶対足りないよね? 人類どんだけ手洗わないんだよ」

「それは手を洗わない人に言ってよ」

 紫のもとに、次の酒が運ばれてくる。

 そこにS氏が質問をぶつける。

「そういえば鬱もあるって言ってたけど、どんな感じ? やっぱり胃潰瘍みたいなやつ出るん?」

 S氏はかつて胃潰瘍になって血を吐いたことがある。

「うーん、そうだなぁ……。まずは気分が落ち込んで希死念慮が出てくるでしょ? 夜に泣きたくなるし、風呂にもなかなか入れないし、何より休日は動けない」

「希死念慮って?」

「死にたくなるっていう気分」

「あぁ」

「風呂に入れないのはちょっと不味いでしょ」

「マジで無理だって。一人暮らしたと特に無理。隔日でシャワー浴びるのが限界かな」

「それは衛生的にどうかと思うよ」

「そう思っててもどうしようもないんだよ」

 お茶を濁すように、紫は酒を飲む。

「あとは何言ったっけ?」

「夜に泣くのと、休日動けないだね」

「夜に泣くの、本当にメンタルが死んでる証拠だからなぁ。この間ジムから帰ってきた後に大号泣したし、過呼吸気味になった」

「えぇ……?」

 T氏が若干困惑している。

「巷では、運動すればうつ症状は改善するとかなんとか言われてるけど、嘘ってことがはっきり分かったね」

 そう言って紫は、テーブルに置かれていたフライドポテトを食べる。

「あと……、休日は動けないって話か。もうそのまんまよ」

「えっ、コンビニ行ったりしないの?」

「出来ない。だって寝てるから。ずーっと」

「一日中?」

「そう。だから睡眠時間が、酷いときは二十一時間とかになる」

「起きてる時間のほうが短いとかバグでしょ」

「マジでそう思う。俺の体どーなってんだろうな」

「そんなに酷い状態だったら、仕事とか大変でしょ?」

 T氏が聞く。

「就職してから症状は和らいだけど、確かに不便を感じるときはある。トイレの液体石鹸がなくなったときに、すぐ補充しないところとか。なくなったらすぐに足せって思う」

「そうかもしれないけどさぁ……」

「あとは平気で靴紐直したり、床やゴミ箱触ったりする人。あれでよく気にならないなって思うわ」

「そういうもんじゃない?」

「うーん……。これは価値観の問題かぁ?」

 腕を組む紫。

「あぁ、あとあれだ。トイレで石鹸使わない人。普通使うでしょ。なんで使わないのかが分からん」

「普通はそうでしょ」

 そんな感じで酒と話は続き、紫が小説を書いてる話になる。

「へぇ、小説とか書いてるんだ」

「どんなやつ書いてるん?」

「もう色々。異世界ファンタジー物やSF物、この間は恋愛物も書いたか」

「異世界物ってあれ? 中世ヨーロッパ風の世界に転生するやつ?」

「そうそう」

「転生願望とかあるの?」

「いや、ないな。確かに羨ましいとか死んで異世界行きたいとかはあるけど、現実的じゃない」

「何それ」

「個人的には、少し話が戻るけど、汚いの駄目って言ったじゃん? マジモンの中世ヨーロッパって衛生観念が無いに等しいから、正直地獄よ?」

「そうなんだ」

「それにさ、一応薬飲んでるわけじゃん? 急に服用を止めると離脱症状ってのが出て、自分の体に何が起こるか分からない状態になる。そうなると危険だから、転生はしたくないかな」

「なんか妙に現実的というか、夢のないこと言うな」

「現実主義者だからねぇ」

 紫は酒を一口飲む。

「あとは死ぬときの痛みってのが嫌だし、自殺したとしても異世界に行けるとも限らない。自殺したら地獄に行くって話もあるし。だから俺は寿命で死ぬ以外はないと思うな」

「なんかつまんねぇな」

 そうS氏が言う。

「いや、真面目な話いうと、異世界物書いてるヤツ全員が全員異世界行きたいとは限らないからな? 異世界に行くって言っても、程度がどのくらいだか分からないじゃん?」

「程度って?」

「地球にいた時の体がそのまま異世界に行くのか、それとも全く新しい体で脳の神経細胞がたまたま地球にいたときと同じになるか、それ以外かって感じか? もし地球の時の体だったら、異世界の環境に適応出来ない可能性もあるし、どうにもならないね」

「はぁ……」

「話はちょっと戻って、仮に異世界に行けたとして、そこで二度目の人生を歩むべきかどうかってのが問題だよね。正直二度目は面倒くさすぎてやる気起きないし」

「その辺性格出るよねぇ」

「まぁ結局、仮に精神障害者が異世界に行ったところで何になるんだか分からないってのが正直な話だな」

「そんなものかなぁ」

 そういってT氏は餃子を食べる。

「ま、総括すると、別に異世界行くのは構わないけど環境は整えてくれってヤツだな」

「そういうのちょっと嫌だね」

「自己中でしょ」

 T氏とS氏は批判中心であるようだ。正直紫は傷ついた。

 こうして居酒屋での食事会はお開きとなったのである。

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精神障害者の作者は語りたい 紫 和春 @purple45

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