22 水の魔力とトリック•••???


大勢の高官、上流貴族、騎士団の面々が一同に会す大広間で、オレは父、いや、ヴィルヘルム王の前に跪く。「機会を与えてくださった事、感謝します。」


自分の言葉に説得力を持たせるため、爪の先から立ち居振る舞いまで、全てに神経を張り巡らせる。場がシンと静まりかえったのを感じながら、そのまま立ち上がり、大広間の真ん中へと進み出た。


全員の視線が、自分に集まっているのを感じる。


ーー人を説得する術を、レオにもっとちゃんと教えて貰えば良かったな••••。朝も夜も、彼女のために剣の腕を磨くこと、強くなることばかり考えてきたもんな••••。



今さら後悔しても仕方ない。心の中がどうであれ、堂々とした態度、確信に満ちた態度を崩すわけにはいかない•••。オレは、できるだけ穏やかな口調で、笑みさえ浮かべ、胸を張る。

「皆さまには、今から起こる事の証言者となって頂きたい。••••••ミシェル様の事件について、現在、アネラ嬢が指名手配されていますが、真犯人は別にいることを、本日は皆さまにお示ししましょう。」




「真犯人•••••?」

大きなざわめきが起こる。まさか、パーティに招かれたはずが、こんな話を聞かされるとは思っていなかったろう。だが、アネラの身を守るためにも、ギリギリまで、オレ達が真犯人を探している事を知られたくはなかった。


ヴィルヘルム王が、「この場にいる者たちは、それぞれの思惑を超え、中立に物事を判断する責務を負う。結果がどうであれ、この場にいる全員が良き証言者となろう。」と、よく通る声で宣言すると、ざわめきが再び止んでいく。


ーーーおそらく、父上はオレを試してるんだ。まるで品定めされるみたいでシャクだけど、アネラを助けるためには父上を説得しないとダメだっ。


オレは、出来るだけ一人一人の顔を見渡すように、グルリッと顔を動かしながら、内部の者の犯行であることを告げる。

「まず最初にお伝えしたいのは、内門より中へ入ることのできる人数が限られているという明確な事実です。外部の者に易々と入城を許すほどわが国の騎士たちが無能でないことは、ここにいるあなた方がよくご存じでしょう。」

城壁は、黙視で確認できる範囲内に、必ず騎士が配置されてるばかりでなく、土の能力者が、常に交代で壁を守り、異変や人の気配について、壁から直接情報を得ている。


殆どの人は、内部の者の犯行と言う事に納得したように頷いている。だからこそ、アネラが疑われたわけだ。が、それでも、懐疑的な人もいる。そこでオレは提案する。

「話を単純化するために、とりあえず今は、内部に犯人がいるという前提で話を進めます。万が一、内部にいないその時は、外部からの侵入についても考えましょう。よろしいかな?」

その言葉で、最後まで首を捻っていた男性が、「まあ、それなら。」と頷いた。


ジェラリアは警戒するようにオレを見ている。

ーー焦るな、少しずつ、だ••••。


「まず犯行動機についてです。アネラ嬢には、ミシェル様を殺す動機が存在しません••••。ーーー失礼ですが、シャーロウ殿下、一度は婉曲に断られた縁談を、無理やり王家の権力でもって、アネラ嬢を妃候補にしたことは事実ですか?」


目の前でブワリッと、炎が揺らめき始める。

ーーー奴がアネラを無理やり妃候補に据えたせいで、こうなってしまった•••••。だからオレは、もし彼女がオレとの結婚さえも望まないのであれば、彼女を自由にして、外から見守るだけにしようと覚悟していたんだ••••。それが、アネラへの想いはどうあっても消せない、オレのケジメだ。


一度、グッと瞼を強く閉じ、炎を抑える。


シャーロウは、皆の前で、一度は縁談を断られた事をバラされたのが面白くないのか、顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。

「なッ、無礼だぞ!」

今にも殴りかかってきそうなくらい、片足を前に出し、拳を握り締めこちらを睨む。




ヴィルヘルム王が、興奮し出したシャーロウに、低く、言い含めるような声音で言い放った。

「シャーロウ、事実だけを述べよ。」


シャーロウは悔しさを隠すように俯き、金髪の隙間からは、下唇を噛む様子を覗かせた。

「••••事実だ••••••。だ、だが、途中で心変わりして、妃になりたがっていてもおかしくはないッ!個人的な恨みでもあったかもしれんしな。」



「数えるほどしか会ったことのない相手に殺意を抱くほど、アネラ嬢が愚かだと言いたいのか?」


ーーーアネラを侮辱するなッ。っこいつ、思った以上に最低な奴だな••••。


思わず殺気を飛ばすと、目の前の奴は、ビクッと肩を震わせ、「い、いや、そういうわけでは••••。」と、先ほどまでの勇ましさはどこへ行ったのか、途端に怯え始める。



ーーーこんな奴のペースに乗るな。

オレは息を整え、先ほどからオレのことを、探るように見ていたジェラリアと視線を真正面から合わせた。



「••••話を戻しましょう。今回の事件でアネラ嬢が捕らえられ、一番得をするのは、ジェラリア殿、あなたではないですか?話に聞けば、あなたは以前から殿下に言い寄り、妃になりたいと持ちかけていたそうでは? それは事実でしょう••••?」




ーーー今も、シャーロウにピッタリとくっつき、何なら槍でも飛んできたら、仮にも自国の王子を自分を守るための盾にでもしそうな勢いだ。


「貴様ッ!ジェラリアを愚弄するのか!」


シャーロウが緑の目を剥いて、声を荒げているが、そのお陰で、オレの方が冷静になれた。

「私は事実を述べているだけ。ジェラリア様にお尋ねします。事実ですか?」




「妃になりたいのは、この国の女性なら、誰もが一度は夢見る当たり前のことでなくて? だから、どうしたと言うの?」

そう言って、ねっとりとした目で、シャーロウを見つめる。


ーーまあ、そう言うだろうな••••。こんな見え見えの色仕掛けに引っ掛かるのは、単細胞のシャーロウぐらいじゃないのか???


そもそも、全然色っぽくないし••••。


「あなたなら、義姉であるアネラ嬢の部屋から彼女の髪飾りを持ってくることもできる。」


ーーーついでに、宝石もごっそり持ち去ったんだろう? 欲深い女だ••••。



「•••••ッ貴様!!! ジェラリアが犯人だとでも言いたいのか!!!」



「シャーロウ、今聞かれているのはお前ではない。」

奴が感情を爆発させるたびに、ヴィルヘルム王がそれを嗜める。



「義姉なんだから、別に部屋に出入りできてもいいでしょう。それが何だと言うの?」

ヴィルヘルム王の前で、最初はネコを被っていたジェラリアが、だんだんと素の姿を見せ始める。こちらが何を言っても、マトモに取り合わず、キツイ声が返ってくるだけ••••。


ーーーある意味、感情的に反応してくるシャーロウの方がまだ可愛げがある••••。


「私はただ、アネラ嬢だけでなくあなた”にも” 犯行が可能であると言う事を証明したいのです。何よりあなたにはアネラ嬢にはない、動機があるのですから。」


ーー妃になりたい、そんなバカげた動機が•••••。


「そもそも私は、その日、昼以降はずっとバイオレット家のコテージにいたのよ。とてもじゃないけど、無理だわ。」


ジェラリアはかなり大々的に出発したみたいで、その事は、彼女の侍女や御者だけでなく、城内の者は殆ど知っていた。


ーー自分が疑われる事を見越して、一人城から離れたんだな••••。


「御者の証言で、確かにあなたはその日、遠く離れたバイオレット家コテージにいたようだ。ーーー工場長のジョンとともにね。」


まだ妃候補でしかない女性が、男性と外泊なんて、本来はそれだけで妃候補失格なんだが、なぜ、ヴィルヘルム王はこれを見逃してるんだ••••?


「ジョン? アネラが毒殺しようとした奴じゃないか? なんでそんな奴が、ジェラリアと一緒に••••?」


シャーロウは、口をポカンッと開け、訝しむような顔で、人前でも平気で腕を絡めてくる女の顔をまじまじと見る。



ジェラリアは絡めていた腕を解きながら、愁傷な様子で、オレをジッと見つめて、「ユオン様、あなたの大好きな義姉様に、私、紹介してもらいましたのよ。今思えば、義姉様は毒殺の罪まで私に被せようとしてたのかもしれないわね。それに、そんな遠く離れたコテージにいたのですから、ますます私に犯行は無理ですわよ。」と、媚を売るようにオレに流し目を送った。




平気で嘘をつくばかりでなく、アネラに罪を被せようとするその図々しさに、怒りの衝動が沸き起こる。手に血管が浮くほど、拳を握り締め、ギリリと唇を噛み締めると、錆びた鉄の味がした。



「自ら放った言葉は、真実が明らかとなるその時まで、覚えておけ。」


喉からやっと絞り出した言葉は、冷え切っていた。


「私の言葉が真実でしてよ。ユオン様。あの男は昏睡状態で意識もないのだから、確認もできず、残念ですわ。」


ジェラリアは、口では「残念だ」と言いながら、その態度は見るからに、フンッと鼻を鳴らし勝ち誇った傲慢さに溢れていた。


オレは、少し離れたところで、やり取りを見守っていたエドゥに、目配せで合図をする。エドゥは、分厚い台帳を手に持ち、ヴィルヘルム王の前へと進み出た後、赤髪のつむじが見えるほど深く跪く。


「こちらは外門の記録簿となります。犯行のあった日の夕方、コテージにいたはずのジョンが、なぜか城に戻り、外門から中へ入城している事が、彼の通行許可証から分かっており、衛兵も彼の顔を確認していたそうです。」

顔を上げたエドゥが、該当のページを開き、証拠として王に差し出した。オレンジの瞳は、興味深そうにその名前を確認する。


「そんなの不可能だわッ! 」

キッと目を吊り上げ、甲高い声を上げるジェラリアに対し、「通常は不可能な距離だ。だが、風魔法のジョンと水魔法のあなたなら、それは可能なのでは?ボートという手段を使えば。」と、畳み掛けた。


オレの『ボート』という言葉を皮切りに、騎士が風魔法を使い、大広間に心地よい風を吹かせ、窓を開け放つ•••!!



広間の大きな窓からは、2階まで届く噴水の水が見えた。広間にいる人々が「何事だ」と口々に騒ぎながら、窓の外を見ていると、突如、大量の色とりどりの花々が空から降り、噴水の水と共に落ちていった。


ラベンダー、赤、レモンイエロー、グリーン、真っ白など、美しい花々の雨が、噴水の水飛沫とともに空から降る光景は、それは見事な光景だった。


人々はしばらくの間、時間を忘れたように一瞬、魅入る。


実は噴水の周りには、予め数名の騎士が待機しており、彼等は、窓が開いたことを合図として、手に持っていたありったけの色とりどりの花々を、風魔法を使い噴水の上から降らせたのだ。


ーーー全員の注目が、花々へと集まったな••••••。

それだけを確認し、オレは指をパチンッと鳴らす。すると、風魔法を使っていた騎士たちが一歩後ろに下がり、水魔法の使い手が前に出てきた。彼らは水に浮かぶ花々に触れながら、次々に、空へと水の逆流をものともせずそれらの花々を昇らせていく。


人々はそこで初めて、噴水周りに騎士が控えていた事に気づき、「まさか、こんな事が••••?」と多くの者は呆気にとられている。それらの花々はたんに風と共に飛んでるのではなく、明らかに水を逆流させながら上へと進んで行ってるのだから。


「水魔法の使い手だからと言って、全員がこれをできるわけではありません。ある一定以上の魔力がないと厳しいでしょう。ですが、水魔法と風魔法の使い手が一緒になれば、ボートを使い、コテージから城まで、最短の時間で往復する事が可能だと言う事を、皆さまにお知らせしたかったのです。もちろん必要なら、実際のボートでお示しすることも可能です。」


ジェラリアが悔しそうに、苦虫を噛み潰したような顔をしている。最初は懐疑や好奇の目で見ていた周囲の客たちも、今は、息をのみ驚きで言葉を失う者、固唾を飲んで成り行きを見守る者など、明らかに雰囲気が一変した。



オレは、宝石を存分に身に纏い、豪華なワインレッドのドレスで贅の限りを尽くしている目の前の女を見据える。


「そして、もう一つ。その日休みを取らされていたあなたの侍女が、なぜか城の内門から入城しています。その侍女に確認したところ、その日は城下の実家で、妹の結婚式に出席しており、実際、多くの者が彼女の姿を城下で目撃していました。では、この日、内門から入城した女性は、誰だったのでしょう?外門以上に内門への入城は、厳しく制限されてます。侍女の通行許可証を自由に使える者など、あなた以外に、いないではありませんか?」


ジェラリアは、初めて唇を震わせ動揺する素振りを見せた。

ーーまさかバレるとは思ってなかったか?


「そッそんなの言いがかりだわ! 仮に私がその日城に戻ってきたとして、どうやってミシェル様を殺せるのかしら?密室だったのよッ!」


いくら動揺しようがジェラリアが強気な態度を崩さないのは、消えた凶器と密室の謎は、オレ達には解けないと考えているからだろう。


「•••••正直、それは私も悩みました。ーーーけれどあなたと同じ水魔法を持つ者が、この謎を解き明かしてくれたのですよ。」


「なっ••••。」

目を見開き、驚きに満ちた顔でオレを凝視する。シナを作っていた身体の曲線は、今やぶっきらぼうに道ばたに立つ棒みたいだ。


ーーー最初は全然思いもよらなかった。まさか、あんな方法があったなんて•••••。


広間の後ろの方から、美しいシルバーに光る髪色の大柄な男性が、ゆっくりと歩いてきて、そのままヴィルヘルム王の前で跪いた。


「久しぶりにお目にかかります。我がマジェスティ。」


ヴィルヘルム王は、瞳を細め、めったに見ない穏やかな笑みを顔に浮かべる。


「レオか、さて、今からいったい何を見せるつもりだ?」

王にとっては、長らく騎士団の副団長を務め、現在も軍事顧問を務めるレオは、信頼できる部下であり、また、穏やかで誠実な人柄は、王に気に入られてもいた。


「ちょっとした余興ですよ。」


そう言って立ち上がると、広間のど真ん中まで歩いてきた。両手を広げたかと思うと、手から少量の水を出していく。


しばらくすると、両手から出した水が青白い光に包まれながら、鋭い刃のナイフと鍵の形を作りながら凍っていく。やがて青白い光が消えた時、レオの手には、氷でできた小型の先の尖ったナイフと、一本の鍵が握られていた。

レオは、広間の全員に見えるように、それらを両手で高く持ち上げる。


「ご覧のとおり、元は水ですから、形は自在。鍵穴式であれば大抵のドアは開ける事が出来ましょう。凶器がどんなに探しても見当たらなかったのも当然です。溶けてしまえば、ナイフは消えてしまうのですから。残ったのは微かな魔力の痕跡のみ。」

レオの説明に、人々が口々に、「氷で道具を作る•••••? こんな事がっ••••?」とざわつき絶句する。


水魔法の使い手であっても、氷を作りだし、形を保っていられるほどの魔力量を持つのは、この国でもほんの数人。普通は例え氷ができてもほんの一瞬で崩れ去る。



腰まである自らの巻き毛を落ち着かなく引っ張っていたジェラリアは、氷のナイフを掲げるレオを悔しそうな顔で睨んでいる。



「ジェラリア様、あなたの水の魔力はかなり高い方でしたよね。あなたならこれぐらい可能なのでは••••? ーーーこれだけの魔力をもちながら、こんな事にしか使えないのは不憫ですが、、」


それまでオレが何を言っても、のらりくらりとかわすか、媚を売るかのどちらかだった彼女が、初めてオレに対し、ヒステリックに怒鳴った。

「全部あなたの妄想じゃないッ!犯行のあった日に城に戻ってきたからと言って、どうだと言うのッ!!」



「そ、そうだ! こんなのすべて作り話に違いないッ! これ以上、作り話を続けるなら、お前を侮辱罪で死刑とする!」

シャーロウも、半信半疑で揺れているのか、声に先ほどまでの覇気がない。


ーーまるで、自分に都合の良いことだけ見て、聞いて、それ以外は嫌だと言ってる駄々っ子のようだ。


それまでオレ達のやり取りを黙って見ていた王が、最終的な決断を下した。


「たしかに話の筋は通っている。ーーーーだが、全て決定的な証拠に欠けている。それを示せない限りは、残念だが、王族とその妃候補への放言として、お前を捕らえることになろう。」









••••••ッ••••••!? やはり無謀だったのか•••••。これほど、全ての状況証拠がジェラリアが犯人だと告げているのにっ•••••。



オレはどうなろうといい••••。アネラになら、オレの全てが奪われても構わない•••••! でも、彼女だけは助けたかった。オレの命など、彼女のためにならいくらでも捧げるものを••••!


血の気が一気に引き、心臓が冷えていく気がした。















「ちょ〜〜〜っと待って〜!!!」


「処分を下すのは、まだ待ってっ•••••下さい••••!」


シンッと静まり返った広間に、似つかわしくないドタドタッという複数の足音が突然響いた••••••。

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