21 反撃の狼煙は上がるのか•••?

レムーア国の中心部、城壁の外門からは、完全なシンメトリーの優雅な宮廷が入口いっぱいにみえた。宮廷は、大理石に特殊な魔力で加工を施し、”空の街” に相応しい、淡く光るターコイズブルーの姿を表す。

門は常に衛兵が管理し、騎士であれば剣の柄に刻まれた”レムーア国紋章”, 商人などは”通行許可証” がなければ入城ができない。




この宮廷は、近隣諸国に、”天空の宝石” と称されるほど、いたるところに、美しく見えるための設計上の工夫が凝らされていた。一歩、外門から中へ入ると、それまでは見えなかった幾何学的な形状の壮大な庭園が手前に見える。その奥には、宮廷のすぐ外側を取り囲む4本の、優美な”光を灯す塔” が均等に配置されている。


風の凪いだよく晴れた日には、庭園の水路にクッキリとした逆さ宮廷が映り込み、水面には他にも、周辺を飾る花々が映り込むなど、一見ロマンチックな居城に見える。だが実際は、物見の塔など、戦うための城としての役割も随所に隠されていた。




一人の白い団服を着た騎士が、今まさに、この”天空の宝石” へと足を踏み入れようとしていた。



◇ ◇ ◇


ーーー騎士団長として、ここに来るようになるとは、以前の自分なら思いもよらなかったな••••。



以前の自分は、何も分からず全てを手にしていた気になっていた。実際は、城の外へも自由に出ることのかなわない生活だったというのに••••。たかが6歳の子どもだと言えばそれまでだが、少なくとも今のオレは、自分の意思で、今の立場を選んでいる•••••。



そんな事を考えながら、内門より中へ入ると、一番最初に目につく、宮廷の階上にある大広間の中へと向かう。


伯爵家に養子として引き取られてからは、外からこの宮廷を眺めることの方が多かった•••••。より正確には、外門と内門の間に広がる庭園内には、複数の建物が散らばっていて、庭園内の馬舎や騎士団演習場などにいることが多かった。内門から先の宮廷へは、王族の私的な空間であり、王族の私兵や使用人を除けば、ごく限られたものしか入城できなかったから••••。



妃候補であるミシェル殿が、城の自室で殺害された時、誰しもが内部の者の犯行だと思ったに違いない。それぐらい騎士団の守りは固い。犯人は、部屋の場所を知っていて、おそらく細かい予定等も把握していた可能性が高い。かつ犯行動機のある者など、容疑者を絞れば絞るほど、アネラの義妹のジェラリアが怪しいのに、決定的な証拠が皆無だ。全ては状況証拠のみ••••。


「この計画がうまくいくかどうかは、綱渡り状態だな•••••。まあ、、、やってみるしかないか•••••。」


ーーどうせ7歳のあの日に、一度は全てを失ったのだ。もし失敗したら、オレが全てを被ろう。騎士としてこの命をあの人に捧げる。アネラに日陰は似合わない。ただ、笑ってさえいてくれるのなら、それだけでいい••••••。







〜〜〜〜っつ••••••••。


敢えて考えないようにしていたのに、アネラのことを考えた途端、彼女の色づいた、しっとりとした柔らかな唇の感触が、まざまざと蘇ってきた•••••。


あの時、水に濡れた生地は、ピッタリと身体にまとわりついてアネラの胸や太ももの曲線を強調し、その肌の色さえも透かしていた。手から伝わる腰の艶かしい動きや、真っ赤に熟れた唇を間近にして、早くもオレの理性が飛びそうになっていた••••。宝物のように大切に大切に守りたい気持ちと、彼女の全てを知りたい、味わいたい気持ちが沸き起こり、これまでに感じたこともないような衝動が、オレの身体を貫いた。


その衝動はかろうじて、身体の奥深くにあったから、まだ知らないふりもできた。だから最初はほんの少しだけ、かするぐらいに唇に触れて、照れる様子を見てみたい、たったそれだけの悪戯のつもりだったんだ•••••。


なのに、唇に触れた途端、歯止めなんか全然効かなかった••••。声にもならないような甘い吐息、揺れる長い睫毛、薄く朱に染めた頬、水が滴り落ちている細い首筋、吸い付くような肌、その全てがオレの熱を刺激し、頭の中をクラクラと痺れさせた。しかも、アネラの胸がオレの身体に当たり、その柔らかさとフルフルと震える動きを感じてしまえばもうダメだった•••。


すでに密着している彼女の腰をさらに引き寄せ、その官能的な身体を感じ、口付けも深くしていく。これ以上はダメだと、頭で警告が鳴り響くのに、身体の深い部分からの熱が、彼女をどうしようもなく求め、止められなかった•••••。


「ふぅぁあっ•••••。」

突然のアネラの声で、完全に彼女を押し倒しそうになったオレは、まだ心拍数の上がったまま、その寸前で口付けをやめた••••••。目の前のアネラは、身じろぎもせず、赤くなって固まっていた••••。乾き切っていない葡萄色の髪が、裸同然の身体に流れ落ちている姿は、背徳的なほど色っぽかった•••••••。








「ずりいっ••••。」


思わず言葉が漏れる。


可愛すぎるだろ••••!!







1人で悶々としていると、突然パシンッと背中を叩く奴がいた。

「団長っ!挙動不審っすよ•••••。もしかしてアネラ嬢のこと考えてました••••?」

顔を上げると、エドワードがツンツンと立った赤髪を撫でつけながら、ニヤニヤとからかうような笑みを見せていた。


ーーーこいつ、こういう時の勘だけは異常に良いんだよな•••••。


完全に図星をつかれ黙っていると、「まあ、考えるなってのが無理ッつーのは分かるンすけど、ソレ、無意識に僕の傷をえぐってますからね!!!!」


「わ、悪い••••••。」



「いやいや、そこで素直に謝られても余計傷つくンすけど•••••。ところで、騎士団全員、配置は完了っ!」



エドゥの言葉に、周りを見渡すと、大広間の壁沿いに、すでにかなりの数の騎士たちが、ずらりと並んでいた。

「随分と時間がかかったな••••。」





「招待客の入城を優先してたら、思ったより、時間がかかっちまいましたっ••••。」

肩をすくめ、両手の平を上に向ける。



「そうか••••、まあ、予定していたより人が集まったから良かったかな•••。ーーーせっかくだから、エドゥ、華々しく行こう••••。」



ーーーこれは賭けだ•••••。それもかなり無謀な••••。まあ、一世一代の大舞台にでも上がるつもりで、楽しんでみるとするか••••••!!。




◇ ◇ ◇



「もともと十分すぎるほど、目立ってるンすけどね••••••。」 

団長は、派手にいきたいみてぇだけど

、団長って、もともとすっげぇ注目集めてぇんのに、本人全然気づいてねぇんだもンな•••••。



今日はかなり久しぶりの、宮廷の大広間でのパーティーだ•••••。年に一度、あるかないかぐれぇに珍しい。王城では前日の夜から、使用人たちが忙しなく働いていた。急遽招待された国の重要人物の面々と上流貴族たちが一堂に会する場に合わせ、豪華な料理や酒の数々を準備していく。そして、階上の大広間の内外を、騎士たちが守りを固める。


ーーーすげぇ顔ぶれだな••••••。

パーティーに出席する貴族たちが、続々と大広間に入ってくる。その間を、給仕たちが、大広間を明るく照らす灯りや、絢爛な料理の数々、ぶどう酒をこれでもかってぐらい持って行き交い、楽師の一団も一番最後に、広間に足を踏み入れた。大広間の中心には、肩に立派な金飾りのついたシックな紺のジャケットを羽織ったシャーロウ殿下とキツめの化粧を施し、宝石をふんだんに使用したワインレッドのドレスを着たジェラリア様がその場の中心で、皆の挨拶を受けている。


ーーージェラリア様って、ユオンにも迫ってたンだよなぁ••••••。あんなに胸強調して、真っ赤な口紅塗りたくって、そんなンで男の欲望刺激できるとでも考えてンのかなぁ•••••。まっ、シャーロウ殿下なンかは好きそうだけど•••••。


「エドワード副隊長ッ、まもなく、かの方がお見えになります。」

一人の新兵が人の波をすり抜け、こちらに来て、潜めた声で報告する。


「おっけ〜っ!! お前たちは扉の前で待機ね〜。」

新兵をホレホレと手で、扉の方へと向かわせる。


「は!」

そう言うと、勢いよく駆け出していってしまった。

ーーーおいおいッ、走るなっ!! ここは演習場じゃねぇんだぞ! ••••••ったく•••••••。






目の前を見ると、会話を邪魔しない程度に軽快な音楽が流れるなか、招かれた貴族たちは豪華な空間で、料理と共に心地よいざわめきを楽しんでいる。



ーーーそろそろか•••••••。


汗が滲む手を握りしめ呟く。


ーー毎回、この瞬間は緊張するんだよな•••••。



ゴクリッと喉を鳴らした時、「ギーッ」と、重い扉が開かれ、全員の視線が一点に集中し、広間がシンと静まった。扉を開けた衛兵が、チラッとオレを見て軽く頷く。レムーア国のヴィルヘルム王が、護衛の騎士団長とともに入ってきた•••••。



ヴィルヘルム王は、とてもこの年代の男性とは思えないほど若々しかった。まるでライオンのように長身で引き締まった肉体は、威圧感を与える。金茶色のよく整えられた髪の上には、シンプルな王冠が乗り、燃えるようなオレンジの瞳は威厳に満ちていた。


ーーーさすが一国の王だけあって貫禄が違う•••••。

国王の傍には、団長が控えていた。




先ほどから女性たちがソワソワと浮ついている。


団長は、一見、剣技や戦とはまるで関係なさそうな、繊細で整った顔立ちで、佇まいにもなんか気品があんだもンなぁ•••••。んでもって、あの長身の鍛えた体に白の団服を着て、普段はサラサラと風になびくまま任せてる黒髪を、今日はカチッと整えてるから、この場にいる多くの女性たちの意識が持ってかれちまってる•••。



ーーー外見だけ見てると忘れそうになるが、こんな顔して、めちゃくちゃ強ぇンだよな••••••。今だって、碧色の瞳は隙なく広間を見渡してるし、これ、もう臨戦態勢に入ってるだろっ••••••••。







ヴィルヘルム王が、大広間を見渡せるよう少し高い場所に用意された椅子に座ると、人並みを掻い潜るように、シャーロウ殿下とジェラリア様が寄って行った。



一通りの挨拶を済ませたシャーロウ殿下はというと、ジェラリア様に寄りかかられ、鼻の下を伸ばして上機嫌だ。


ーー隙だらけだ••••。ヴィルヘルム王からいったい何を受け継いだンだ••••??


「父上、本日は何が始まるのですか?」

いつもはツンツンして偉そうにしてるが、今はやけに嬉しそうだ。こんな豪華なパーティに人が集められ、王までお出ましとなれば、王位継承の話かと勘繰りたくなる気持ちも分かる。




獰猛そうなオレンジの瞳は、推し量るように目前の二人をジッと見つめる。

「面白い催しを用意した。一つ聞くが、シャーロウ、お前はジェラリアと運命を共にする覚悟はあるか?」

低く響く声は、大広間にいる全員によく聞こえた。



「もちろんです。父上!! ジェラリアこそが俺の運命の女性なのですっ!!!」

ドンッと胸に手を当て、緑の目をキラキラして自信満々に宣言するこの坊ちゃんは、きっと素直ではあるんだろう••••。だが、運命の女性って、アネラ嬢の前でも同じようなこと言ってなかったっけ••••? なんなら、他の女性に言ってても驚かねぇな••••••。軽ぃのよ、言葉が•••••。




金茶の頭に乗る銀の王冠は不動だにせず、ヴィルヘルム王の鋭い瞳だけがチラリとシャーロウ殿下を見る。

「では、もう一つ聞こう。お前は、王になるための準備はできているか•••?」


シャーロウ殿下は、いよいよだとでも言うように、パッと顔を輝かせ前のめりに言葉を続ける。

「もちろんですとも!街の視察をして社会勉強をしたり、こうして妃も見つけました!」


ーー夜遊びが、社会勉強••••?? モノは言いようか•••••。





「そうか•••••。では、お前たち二人はこの者の質問に答えてみよ。」





王の言葉が終わると、後ろに控えていた団長が、全員が注目するなか、前に出てきた。柔和な外見は、その奥の研ぎ澄ましたナイフのような鋭さを覆い隠す。一気に場の雰囲気が、緊張感のあるものから華やいだものへと変わった••••! 涼しげな目元にかすかな笑みを浮かべ、スッと伸びた背筋と優雅な佇まいは、シャーロウ殿下よりも王子っぽかった••••。





ーーーさあ、いよいよだ••••••。


肩が強張り、喉が引き攣りそうだ•••••。下手すると、団長は、王族への侮辱罪で死刑になっちまうんじゃねぇか••••?

やっぱり、団長に逆らってでも、止めれば良かったのか••••??




首をブンブンッと振り、ギリリと歯を食いしばる。


ーーーいや、信じろっ••••!!


ブレた視線を正面に戻し、姿勢を正すと、祈るような気持ちで目前の光景を見つめた。

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