13 おもかげ
クレールがパタパタと調理場へ向かう。私のあげたリボンで水色の髪を一つに結えたナイールは、クレールに渡す食材調達のため、コテージの備蓄庫へと向かった。
私もユオンを部屋へ案内しようと、廊下を2人で歩いていく。客室へと続く壁には、父上が外国から買い付けた風景画が飾ってあり、また、客人をもてなすための爽やかな香りを届ける香炉が目立たぬよう、そこかしこに置かれていた。
(懐かしいわ!!! )
幼い頃は家族でよくこのコテージに来ていた。妃教育が始まってからは、なかなか来ることが叶わなかったけれど•••。
まさかこんな形で、また来る事になるとは思わなかった。視線の端にユオンの姿を捉える。背が高く歩き姿も優雅で美しい。白い騎士の服を着ているから余計に彼の漆黒の黒髪が異質な存在感を放ち、そこだけまるで別の空間みたい。ユオンに買ってもらったこのシックな紫色のドレスを身につけ、騎士姿のユオンとこうして歩いていると、まるで自分がお姫さまになったみたいだ。私だって年頃だもの、、少しだけ心がときめく。でも、シャーロウ殿下のお姫さまにだけは、やっぱりなりたくないのよね。
ワイン色をしたドアを見つけ、「あの部屋よ。」と振り向いた時、突然ユオンが、私の背を壁に押し当て、自らの両腕で私を閉じ込めるようにして立った。
!?
「アネラ•••。」
呟くような声に、背の大きなユオンを見上げると、瑠璃色の瞳が不安そうに揺れていた。耳にかかる程度の艶々の黒髪が、灯りに照らされ、それがあまりにも綺麗だったので、そのままそこから光が落ちてきそうだわ、などと思う。
「ユオンっ。どうしたの?」
自分で思うより、優しい声が出た。
(この距離は近すぎるっ!)
でも、互いの息遣いまで伝わる近さなのに、不思議と嫌な感じは受けなかった。だって、目の前の彼が、すごく傷ついたような顔をしていたから•••。こんな風に傷ついた顔は、まるで誰かを彷彿とさせた。
ユオンは息を詰め、絞り出すように言葉を紡いでいく。
「アネラ•••君と•••その、、ナイールとはどういう関係なんですか?」
ユオンの声が少し震えている??? 真っ直ぐと私を見つめる瑠璃色の視線から、なぜか目を逸らすことができない。
深刻そうな顔で何事かと思ったのに、拍子抜けするような質問に、緊張が解けた。
「どういうって•••ただの従兄弟よ。」
もしかしてナイールが不審人物と思われてるのかしら?? まあ、少し、、、かなり変なところがあるけれど、でも、犯罪とかそういう事はしないわよっ!
「恋人関係とかそういうのでは•••?」
ユオンは、真剣な表情でそう言い終わると、唇を引き結んだ。
(はぁぁっ? そういう心配??? )
自分でも目が丸くなるのが分かる。ナイールと私が!!
「まさかっ!ふふっ、ナイールは弟みたいな存在よっ!そんなことあるわけないじゃない!」
真面目に話してるのに悪いと思いつつ、つい吹き出してしまう。たしかにナイールは、目もパッチリしてるし鼻筋も通っていて、可愛らしい感じの男の子だ。でも、ナイールがオネショをしていた時から知ってるのに、恋愛とかとてもじゃないけれど、そんな気にはなれない。それを本人に言うと、ナイールは拗ねるけれど•••。
ユオンが私の反応に、目を見開き、睫毛を揺らす。「本当に•••?」
(まだ半信半疑なのかしら???)
私は首を縦に振り、「ええ、本当よ。」と頷く。もう誤解は解けたでしょう?と、解放してもらうために、片手を彼の身体に伸ばす。
•••!?•••
急にユオンの顔が近づいてきて、見上げなくても、鼻先すぐのところに彼の形の良い唇が見えた!!! 少しだけ開いた口元は、赤みの刺した頬と相まって、彼の白い肌を目立たせ、とてつもない色気が溢れ出ている!!
そのまま、ユオンは、私の耳元にその唇を寄せ、「じゃあ、•••オレにも、同じことをしてくれる???」と、艶のある甘い声で囁いた。
「へっ?」
(同じことって、何•••? ナイールに嬉しくてとびついてしまったように、ユオンにもやれということ??? )
まるで嫉妬してるみたいだけれど、まさかねっ。だって、ユオンとはつい数日前に出会ったばかりで、ユオンが私を好きになる理由が思い当たらないもの•••。
ユオンが私の顔を覗き込むように、「結婚する仲なんですから、いいでしょう•••?」と、その瞳の奥に熱をともして囁く。
(なんって色気なのっ!!! ほんっとに、キ、キスッされるかと思った!! )
何かこの体勢が、だんだん落ち着かなくなってきたわっ! 心臓が早鐘を打つ。
ええい、ままよっ!! 首にとびつけばいいんでしょ、とびつけばっ!!! この訳の分からない感情から逃げたくて、目をギュッと瞑り、言われるままに、首に腕を巻き付ける。
ナイールよりユオンの方が背が高いおかげで、私の足先しか床につかない。この不安定な体勢を支えるように、ユオンが私の腰を強く支える。
(きゃぁあっ! お腹が当たってるっ!)
ドキドキと心臓がうるさく、顔に熱が集まってくるのが分かる。どうしてっ?? ナイールの時は何とも感じなかったのに•••。
ユオンが選んでくれたドレスは腰にレースなど装飾がついていないから、彼の手の感触が直接伝わってくる。大きくて暖かい手が、私の腰を引き寄せるたびに、身体の力が抜けていく。
恥ずかしいっ!と思うのに、この心地よさに身を委ねてしまいたくもなる。だって、ユオンが私を優しく支える手から、彼の深い愛情を感じてしまう。勘違いでしょうと頭の声がするのに、私の心は、この温もりを受け入れている。私、どうしてしまったのかしら•••。
!!!!!!
ひゃいっっっっ!!!!!!
ふいに、私の首の後ろを、パクッとユオンが軽く噛み付いたっ•••!!! 一気に目が開き、頭の中がパニックになる。
えっ?えッ?へっ?え〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!
「ユ、ユオンッ、•••。」
声が掠れてしまう。決して嫌なわけじゃないのに、瞳に涙が溜まってくる。びっくり、、した。
パッ
ユオンは私の声を聞いて、すぐに顔を起こす。私の泣きそうな顔を見て、朱の差した頬に、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。すぐに彼の首元に巻きついていた私の腕を一本ずつゆっくり下ろし、自分は、一歩後ろに下がった。ユオンは、私がきちんと立ったことを確かめると、腰に添えていた手からも解放してくれた。
「これで少しはオレのこと、男として意識してくれた?」
シワ一つない真っ白な騎士の服に身を包んだユオンが、爽やかな笑顔を浮かべる。私一人で焦って、バカみたい•••。
コクッコクッ
私は何度もぎこちなく、大きく首を縦に振る。
(心臓に悪いっ。からかわれたのかしら???)
「フフッ•••。」と、ユオンが唇の端を上げ、満足そうに笑う。その姿には余裕さえ感じられた。
何かしら、勝ち誇ったような顔に、とてつもない敗北感を感じるっ!
私は涙目のまま、気持ちを振り切るように、案内する部屋へとツカツカと入った。
「ユオンッ、こちらが今晩のあなたの部屋よっ! 荷物などは全てこちらへ置いてくださいねっ!」
内側に芽生えた感情の正体を知られたくなくて、つい冷たい態度をとってしまう。高鳴る胸をそっと手で押さえ、部屋の真正面にある大きな窓の外の風景に視線を向けた。コテージのすぐそばを流れるレホークー川の景色が色鮮やかに広がり、乱れた心を落ち着かせてくれた。穏やかな流れのレホークー川の川べりには、キヌの実がなる木々が連なり、幼い頃の憩いの場だった。
窓から差し込む陽の光に、そんな事をふと思い出していたら、
「てっきり今晩は、あなたと同じ部屋だと思ったんだが•••。それとも一つのベッドで、一緒に寝ますか?」と、ユオンが部屋の一つしかないベッドを見て、私の顔を見る。
恥ずかしげもなく、よくこんな言葉がスラスラと口から出てくるものだわと半ば感心してしまう。女嫌いと言う噂は何だったのかしら??? おかしいと思ったのよ。あれだけ女性人気があるのに、本人に全くその気がないなんて•••。それとも、本当にそんな事が関係ないくらい正義感が強くて、ただ私を監視したいだけ??? それとも??
ユオンがあまりにも私に優しく接してくれるから、本来の目的を忘れそうになってしまう。
(一刻も早く真犯人を見つけないとっ!!!)
「まだ結婚していないのだから、部屋はべ、つ、で、すっ!」
キッとユオンを睨みつける。寝てる時まで、こんな心のモヤモヤ抱えるなんてお断りよっ!
私の好戦的な態度を気にする風でもなく、「あなたを一人で部屋に寝かせるのは心配だから、オレと一緒の部屋はダメですか? 」と、純粋に私を心配してるかのような優しい笑みを見せる。
たしかに、今、コテージには人も少ないし、騎士団長のユオンとしては、身の安全を単純に気にかけてくれたのかもしれない。もしかしたら、ユオンが私を好きなのでは? とチラッとでも思ってしまった自分が悔しい。
「結構よ、寝るときは鍵はキチンと掛けておきますっ!」
パタンッ
それだけ言い残すと、ドアを閉め、私は、部屋を出る。心拍数が上がってるような気がする。
「なかなか手強いな•••。でも、そんなところも可愛いのだが•••。」
というユオンの声は、ドアの音にかき消されていった。
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