12 コテージに到着
「ユオン様、到着いたしました。ここが、バイオレット家のコテージになります。」
クレールが、指し示した先には、二階建ての白い壁で囲まれた、立派なコテージがあった。高原の麓にあるこのコテージは、夏の、ほんの数日間だけ、家族で避暑に訪れるためだけの建物だ。普段誰も管理しておらず、いつもは、毎月、わが家の使用人たちが数日間、掃除のためだけに訪れ維持していた。
(あれっ???)
「•••人がいるのか?」
ユオンが言った通り、部屋の窓から灯りが漏れている。今の時期は誰もいないはずだけれど•••。
ガチャッ
突然ドアが開いたと思ったら、懐かしい顔が見えたっ!!
「アネラっ!!! どうしたんだい? 馬車の音がしたと思ったら•••。」
その少年は、水色の肩まで伸びた髪を無造作に垂らし、目を丸くし驚いている。
「ナイールっ!!! ぅわぁあっ!! 会いたかったっ!!!」
私は彼に駆け寄り、あまりの懐かしさに、彼の首に腕を回し、思い切り抱きしめた!! 一年ぶりくらいだろうか。城に入ってから、なかなか会うことができなかった。わずか一年で、随分、背が伸びたっ!!!
「アッアネラッ!!! 何か僕、今、すご〜く背筋がゾワッとしてるんだけど、何っ??? 何か僕狙われてるっ???」
えっえっ、と、何やらナイールが、一人でパニックになってるけれど、どうしたのかしら??? 私のこと、忘れた??
ペシッ、と音がしたかと思うと、
「ユオン様ッ、抑えてくださいッ!」
背後で、ユオンがクレールに怒られている。 チラリと後ろを見ると、ユオンの片手がこちらに伸ばされ、少し赤くなっていた。クレールに叩かれた? クレールが、閉じた扇を片手に、横目でユオンを睨みつけているけれど、、この二人、いつもケンカしてるんですけど•••。
グイッ
急にユオンに、腕と腰を掴まれ、ナイールから引き剥がされた。考え事をしていて、うっかりそのままだったみたい。
ふと見上げたユオンの顔が怖いっ!!! アイスブルーの瞳が、色がどうこうではなくて、冷たいっ!何というか冷気を感じるのよっ! 無表情な顔が、整いすぎて人形のようだわ。
「アネラッ、そちらは•••?」
ひゃやぁああ!! なんか怒ってらっしゃる???
「彼は、•••私の従兄弟の•••ナイールよ•••。普段は、薬草採取の旅に出ていて、めったに家に帰らず、たまにこうしてコテージを勝手に利用してる、ちょっと•••変わった人•••よ•••!!!」
私は片手を胸に当て息を整え、出来るだけ穏やかな声で紹介する。
ユオンは、「従兄弟•••」とボソッと呟くと、一度、咳払いをして改まる。スッと伸びた姿勢で一歩前に出ると、「ナイール•••? 、ユオンだ•••。今晩だけ、世話になる。」と、二人は握手した。
やっと何事もなく終わりかけた会話を、空気の読めない従兄弟が、首をひねり、続けていく。
「ユオン•••? あれっ、王子の名前って確か•••シャーロウって名前じゃなかったかい??? 僕の勘違いだったかな? アネラは妃候補だから、この人が王子だよね??」
(ちょっとは空気を読んでほしいっ!!! 無理だろうけど•••。)
と言うか、、、
「ナイール様、彼はシャーロウ殿下ではございませんよ。この国の殿下の顔と名前ぐらい、いいかげん覚えてください。」
クレールが呆れて、眉をしかめる。そうよねっ、ナイールッ、あなた、ユオンのどこをどう見たら、王子に見えるのよっ!••• でも、、とユオンを改めて見る。
(端正な顔に繊細で上品な雰囲気は、容姿だけなら、王子に見えなくもない•••かも???)
王子さま•••私の心の中の王子さまはただ一人。私が、幼い頃に好きだった王子様ユーリ。一緒に過ごしていた頃は、彼が王子様だと知らなかった。ユーリは、最初は話しかけても壁を作って応えてくれなかった。でも、一度仲良くなると、とても優しく強い少年だった。何度失敗しても、魔力のコントロールの練習を諦めなかった。後になって、施設にいたユーリが実は王子様で、そして彼はその施設のなかで亡くなってしまったと聞いた。少し、しんみりとしていると、無邪気な笑い声で我に帰る。
「ハハハッ!ごめん、ごめん!!」
ナイールが頬をポリポリ掻きながら、大口を開けて笑ってる。背はすごく伸びて大人になったけど、相変わらず笑顔は変わらない。
「まだ、ナイールには話してなかったわよね。シャーロウ殿下には、いろいろあって、婚約破棄されたのよ。それでね、ユオンは、私の婚約者なの。私たち•••その•••けっこん•••? するのよ。」
実感なんて全然ないけれど•••。
ナイールが、ヒュウッと口笛を吹いて、「そういうことっ!! ほんっっと、殿下も見る目がないよねっ!! じゃっ、この人もダメだったら、次は僕が予約しておくからっ!!」と、自慢げに胸を張り、ドンッと自分の胸を叩く。
すかさずユオンが、「それは絶対ない。」と呟き、クレールはクレールで、「ナイール様はまず、学校の勉強をしっかりなさって下さいませ。」と、眉をしかめる。
ジロジロとユオンの顔を眺めていたナイールが突然、ポンッと手を叩き、一人で頷いた。
「ユオン??? どこかで聞いたことがあると思ったんだっ! 騎士の服を着てるのも、本当に騎士だったからなんだね! 最近、 薬草採取で向こうの山へ入った時、名前を聞いていたんだっ!! あの辺りでは、ほぼ一人で野盗どもを半殺しにした『氷の騎士』の話で持ちきりだったもんねっ!!!」
ナイールが、目を細めて、ホクホクと嬉しそうに説明してくれるが、半殺しって、今何かすごく恐ろしいワードを聞いたわっ。それを聞いて私たちは喜べばいいのかしらっ?クレールを見ると、見事に固まっている。
顔が引き攣りすぎだわ!クレール!!! あなた、正直すぎるのよっ!!! ユオンも、そこは照れるところじゃないわよね?
ほんっっとに、もうっ!
先ほどから機嫌良さそうに笑っているナイールを見る。
「ナイール、あなた、ご飯はきちんと食べてるのっ?」
こんな広いコテージに一人で使用人もつけず、食事はどうしているのだろう。顔色はそこまで悪くは無さそうだけど•••。
「ん?ああっ、最後に食べたのは•••いつだったかな? 昨日昼に食べたような。いや、三日ぐらい前かな? もっと前だったっけ??? あ、でもそれだと僕、死んじゃうよね!」
やっぱりっ!!! はあぁ〜と淑女らしからぬため息が出てしまう。昔からナイールはこうだった。夢中になると、呼びに行くまでずっと、一日中食事を取らず、薬草を採取していた。
「クレール、早速食事の準備をお願いしても良いかしら? 」
クレールの方に振り向き、手を合わせてお願いする。着いたばかりで疲れているクレールに頼むのは酷だけど、この中で、多分唯一料理ができる彼女にお願いするのが一番手っ取り早い。
「もちろんですよ。ナイール様を見てると、何だか、城に来る前のアネラ様との三人の日々を思い出します。」
クレールが、ここへ来て初めて笑ってくれた。いつも心配ばかりかけてごめんなさいっ!
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