ゼルフェリアス
音柴独狼
Chapter 1 -同時多発爆発事故-
天体物理学者の稲上慎太はカンザスシティ国際空港へ降り立ち、迎えに来た国連宇宙省の乗用車に乗って、事故現場――セントルイスに向かっていた。慎太は後部座席の左側に座っており、隣りには慎太の友人でもある米国政治家のケヴィン・パークスがいた。ケヴィンは慎太に小型のタブレットパソコンを手渡した。
「事故についての報道ログだ。あらゆる国の、速報からワイドショーまで。たった四日間で三〇〇本、全部で一〇〇時間を越えるデータをできる限り圧縮した。報道が変わるごとにチャプターを打ってある。急ぎだったんで少々粗雑だが英語の字幕も入れておいた」
「ありがとう」
慎太はそれを受け取り、起動した。ケヴィンは窓の外を見た。
車の行き先は東。高く立ち上る巨大な黒煙の柱に向かって真っ直ぐ走っていた。
「行き先が分かり易くていい」
「面白いジョークだな。他人事だったらよかったのに」
慎太がそう言う間に、動画は再生され始めた。『番組の途中ですが速報です』と、唐突に始まった映像は、アメリカの報道局のものだった。
『さきほど二時一〇分ごろ、カナダのカルガリーにある瑆素解放発電所のプラントが爆発事故を起こしたとのことです。この爆発でプラント周辺の住宅や森林に大規模な火災が発生しており、事故発生から五分後に駆け付けた消防隊の迅速な対応も空しく、いまだ火は消し止められていない模様です。爆発の原因や、発電所従業員及び近隣住民への被害状況は今のところ全くの不明で、現場の捜索は火災の鎮静化を待つしかない状態です――、はい。えー、ただいま新しく入ったニュースで、え……、えー、二時一七分、現地時間一六時一七分ごろ、東京、八王子の瑆発プラントで爆発事故です。繰り返します……』
「カナダと日本の二件、爆発の間隔は七分、そして次がブラジル、ドイツだ」
横からケヴィンが端末へ手を伸ばし、次のチャプターへ飛ばした。今度は日本の報道局の名前があった。日本人のリポーターをカメラで捉えていたが、そこは大勢の人間のひしめく波のただ中であった。
『……はい、こちらはリオデジャネイロです! 八王子の事故から三分後、現地時間で四時二〇分ごろ、こちらの瑆発プラントでもカルガリー、八王子そしてポツダムと同様の爆発事故が発生しました。現在爆発から約二時間半が経過しましたが、ご覧ください! 私がいるのが現場から約一キロ離れたビル街なんですが、このように地上からビル越しに見る空にまで高く黒煙が立ち上っています! えーそして、私のいる道路なんですが、見ての通り現場周辺からの住人が避難のため奔走しこのような混雑を生んでいます! リオデジャネイロの道路は自動車での避難者の影響で完全に麻痺しており、警察では交通整備のための人手が足りないという事態にまで発展しています!』
「その後さらにリヴァプール、天津と立て続けに世界中の瑆発のプラントが爆ぜる。たった二〇分もないうちに」
「そしてその最後が、セントルイス」
そして映像はイギリスの報道映像へ切り替わった。
『速報入りました。セントルイスプラントで爆発です。アメリカ、ミズーリ州のセントルイスにある瑆素解放発電所の第一、第二、第三プラントが二時三〇分ごろ原因不明の爆発を起こしました』
「……この一件だけ、他のより少し間が空くんだよな」
と慎太はぽつりと呟いた。
さらに再び米国のワイドショーへ。キャスターの隣りに表示されたワイプには、炎上する天津の様子が映されていた。
『天津プラント事故での死亡者は、従業員、民間人含め、分かっているだけで五五人、行方不明者は八六人にのぼり、一一九人が重軽傷を負いました。住宅五八棟が全焼及び半焼。なお炎は広がっており、引き続き消火活動が行われています』
日本のワイドショー、同じく天津の事故現場近くで行われたインタビューの内容に移った。マイクを向けられた男性は眉間に皺を寄せ、憎々しげに視線を落としていた。
『我々ボランティアは、今回の爆発事故での被害者数を独自に調査したが、死亡者五五人ではまるで計算が合わない。事故現場周辺は発電所職員の寮だったり、機材などを格納する倉庫やプレハブがあったが、二次的な火災によってほとんど焼失した。まだ多くの職員が残っている時間帯だ。一五〇人以上がそこに居てもおかしくない。それほど多くの人間の死が、揉み消されている』
「良い線行ってるが甘いな。天津被害者数の正解は二〇三人」
「それは例の筋からか」
「中華政府を通さない米外務省の特別なパイプでしか得られない情報だ」
ケヴィンは口元だけ笑ってそれを見ていた。そこへ慎太が訊いた。
「この『分かっているだけで』を枕にする婉曲表現は、何を目的にしているんだ」
「建前は人民の不安を煽らないよう当たり障りのない表現をしたっていうが、責任を負いたくなくてどこもこの件にタッチしたくないってのが本当だろうな。中国だけじゃない、大体どの国も似たような事情だろう。米国も然り。それで――」
「俺たちに丸投げされたわけか。確かに国連という中立の立場が矢面に立たなきゃ状況は進展しそうにないな」
「……しかしここからが謎だ」
アメリカの報道番組で、スーツを着込んだ、いかにもカメラ前で喋ることになれていない風な中年の男性が、手元に世界地図を示し、指さししながら発言していた。
『カルガリーとセントルイスの直線上に位置するカースランド、クイーンズタウン、ファーガソンなどの都市で、建物が損壊するなどの報告が出ています。どれもカルガリープラント爆発から、セントルイスプラント爆発までの約二〇分以内でのことです。同様の建物への被害が、大小様々ではありますが、リオデジャネイロ、東京をはじめ、今回爆発事故を起こしたプラントとの直線上の都市で複数確認されています。まるで……何かがセントルイスプラントに集まろうとして、道中の障害物を突き抜けたみたいに』
「これらの件があったことで、極東産油国の武装集団による人為的な破壊工作の線が消えた。やつらは米軍が戦場で釘付けにしている最中で、元々こんな規模の工作ができる余力はないだろうし、何よりこの件に関してはメリットがないからな」
慎太がそう言うと、ケヴィンは首を小さく振りながら呟いた。
「……『セントルイスに集まるように』、か」
慎太はそう呟いた。動画は日本での報道へ。
『八王子プラントでの事故後の捜索で、当時使用されていたピュア・ゼルフェリウム約三〇トンのうち九八パーセントが消失、残りの二パーセントも高熱の影響で気化、霧散しており現場にはほとんど残っておりませんでした。これに対し専門家で、有人外宇宙惑星探査船アルカディア三号の元搭乗員のキース・ゴードン氏は「ゼルフェリウムに可燃性はなく、むしろその性質上基本的には熱や電気を急激に吸収するはずで、三〇トンものゼルフェリウムの周囲であれだけの火災が起きたこと自体に大きな疑問がある」と述べています』
イギリスのワイドショーにて、ある専門家の発言に続く。
『セントルイスプラントでの爆発は、TNT換算で約二五トンと言われ、一連の事故の中でも最大の威力であったと言われています。比較として、かつて爆弾の母と呼ばれたMOABが一一トン。つまり軍事兵器となんら変わらない爆発であったということです。また併発した火災は半径一キロを焼き尽くし、内部の瞬間最高温度は一〇〇〇度を超え、これもナパーム弾の引き起こす火炎に匹敵します。私たちは本当にかの暗黒物質を信用して良いのでしょうか。これは下手をすると核に匹敵……いや、もっと凄惨な未来に向かって行っているのでは』
「各地のプラントから燃料が『移動』し、セントルイスに集結する。確かに地球を半周するには相当な規模の爆風に乗る必要はあるだろうが……どうなのかねぇ」
そう言うと、ケヴィンはため息をはさみ、その先を続けた。
「瑆素、ゼルフェリウム。宇宙から持ち帰った『天然電池』。恒久的に周囲のエネルギーを吸収し続け、わずかな質量の中に膨大な力をため込む。一トンでアメリカが二ヶ月動く常識外れの燃費の良さ。こんな旨い話、疑うなって方がムリだよな」
「そもそもが、人間の繁栄の根幹である相対性理論、質量とエネルギーの等価法則に対する唯一の『実在する否定判例』だ。三十年以上経った今でも飲み込めた学者なんていやしないよ」
と慎太は返した。ケヴィンは苦笑しながら慎太の方へ目をやった。
「そんな学者さまの苦労もつゆ知らないで、先進国はホイホイ飛びついたわけか。原子力でも不足なんてありゃしなかったのにな。そのツケまで背負うことになったとはなんとも難儀なことだな」
「同情もありがたいが、ドライな視点に立てばこの大惨事だっていいデータだ。今後このパンドラの箱をどう扱えばいいか、それがやっと分かるかもしれないんだ。動けるときに動くべきだ」
慎太はそう言いながらチャプターをいくつか飛ばした。後半になるにつれ内容が重複するようになったためだった。だがある映像でその手がピタリと止まった。それは日本の報道の様子で、セントルイスプラントの事故での、在米日本人の死者、行方不明者の実名を公開し、物議を醸した映像だった。
羅列された名前の中に「稲上翔」という文字があった。
ケヴィンはそれを横目で見て、低いテンションの声で言った。
「本当は、俺たち政治家は、あんたたちに伏して謝るべきなんだ。親父さんが瑆発の普及に対して鳴らした警鐘を、みんなして無視して、このざまだ。気が狂って床に伏せるまで独りで戦ってきたんだろ。こういう事態を、避けるために」
「……独りじゃなかったさ」
慎太は、独り言を言うようにそう返事をした。ケヴィンが口を開いた。
「それはあんたもだ。人類のためとか言って、ムリしてそんなドライになる必要はない。大事な家族を失ったことを悲しむくらい、誰にも咎められはしないよ」
慎太はしばらく黙った後、パタンと音を立ててタブレットパソコンを閉じた。そして隣りで哀しむ友人に、少しだけ笑って見せた。
「心配ないさ。『泣く暇使って考えろ』が形見の言葉だ。悲しむからこそ、今は行動あるのみさ」
ケヴィンはただ「そうかい」と頷いた。
車はその三分後、かつてプラントがあった、黒焦げのクレーターの縁にたどり着いた。
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