また明日を何度でも

PROJECT:DATE 公式

灯火

ふらりふらりと歩くと、

次から次へと教室の風景が流れていく。

今日は3年生も登校日のようで、

いつもより数段賑やかだった。


3年生は既に授業が終わっている。

まだ昼休みだというのに、

鞄を持っている人が廊下に

溢れかえっていた。

この中にはすぐ帰る人や

図書館に向かったり、残って勉強したり

する人がもちろんいるだろう。

受験が終わった人は

この後遊んだり駄弁ったりするのかな。

来年はあても向こう側の立場になる。


麗香「想像つかないけぇ。」


マスクの中でとても小さく呟く。

隣を歩く女子高生の集団にすら

全く聴こえていないようだった。


今日は愛咲先輩達も来ているのだから

せっかくなら少しだけ

話してから帰りたいなんて思った。

最近密に連絡をとっていなかったし、

その間に彼女の母親が

亡くなったなんてツイートも見かけた。

心配している人はその他にもいるけれど、

まずは愛咲先輩に会いたかった。


廊下の窓はそこまで酷くなはないけれど、

教室内の窓はところどころ曇っている。

数ヶ月前ほどではないあたり、

そろそろ春の陽気も近づいてくる。


麗香「あ。」


ふと遠くに癖っ毛を見た。

また部活の人と話しているのかな。

それともクラスの人だろうか。


自然のうちに足が止まって、

彼女のいる方向を眺めていた。

話しかけるには遠すぎて、

視認するには近すぎた。


瞬間、視界に入ったのは

羽澄先輩と三門先輩の姿。


ーあ。

なんだか意外だなと思ったと同時に、

少しばかりの寂しさと、

何となくよかったと、安心が漏れた。

いつからあてはこんなに

周りの人に対して興味を持って

気にするようになっていたのだろう。

多分、愛咲先輩のせいかな。


麗香「ふふん。」


何となく。

何となくだけど、その場をそっと離れた。

声をかけることもなく、

今以上に近づいていくこともせず。


背を向ける瞬間、誰かがこちらを

向いたような気がしたけれど、

きっと気のせいだろう。

ふい、とそっぽをむいて

逃げるようにしてその場を去った。


向かう先は、うーん、どうしよう。

いつも愛咲先輩から逃げるために

使っていた場所へでも向かおうか。


麗香「それもなくなっちゃうのか。」


愛咲先輩も、羽澄先輩も三門先輩も

3月1日で卒業してしまう。

後10日ほど。

それが経ると、もう3月。

そのうち彼女達の登校日数は

残り2、3日だったはずだ。

もう会える日が少ないみたい。


麗香「…実感ないけぇ。」


みんな、大学生になるんだって。

人によってはもう就職して

社会に出て働くんだって。

あても来年は未来を選ぶんだって。


誰かに選んでもらいたいような

心がぐずぐずと顔を出してくるけれど、

それこそ甘えでしかない。

親も含めて指図されないような、

これは自分で選んだ道だって

確信をもって言えるようになりたい。

…なんて言いながら

また親の都合のいいように

なってしまうんだろうけど。


麗香「はーあ。」


大きめにため息をつく。

少し前を歩いていた男子生徒が

こちらへと振り返っていた。

そしてすぐに顔をを正面に戻す。

ほんのわずかな時間だけ

あては他の人に見えたみたい。

そんな錯覚を覚えた。


足を動かしては学校の隅の方まで行く。

角を曲がると、小さな教室が

幾つかだけ存在していた。

そのうちのひとつは

実は鍵が壊れていて

出入りが自由にできるようになっていた。

そこは、あてが愛咲先輩に

声をかけられたくない時に

こっそりと隠れるために使っていた。

それももう必要なくなる時が来るらしい。


冷えたドアノブに手をかけて、

錆びた扉をゆっくりと開く。

ぎぃ、と重たい音がなったかと思えば、

奥ではがたん、と何かが

倒れるような音がした。


麗香「…ん?」


恐る恐る中を見てみると、

そこにはなんと人がいた。

それも、見知った人が。


麗香「花奏けぇ?」


花奏「ぇ、あ、麗香かぁ。」


ほっと胸を撫で下ろしていた。

倒れるような音は、実際には

花奏が慌てて立った時に

鳴ったもののようで、

力が抜けたのか勢いよく座り直した。


麗香「花奏もここのこと知ってたけぇ?」


花奏「うん。」


麗香「へぇ。生徒会以外知らないと思ってたけぇ。」


花奏「教えてもらったんよ。」


麗香「せっかくあてだけの秘密基地みたいな感じになってたのに。ちょっと残念けぇ。」


少し笑ってみる。

すると、花奏はぎょっとして

目を見開いた後、

穏やかに目を細めた。

あてが笑ったのがそんなに

珍しかったのだろうか。

ちぇ、何だか気に食わない。

見透かされてるようで

何となく、本当に何となく調子が狂う。


麗香「んで、そこで何してるけぇ。」


花奏「あはは。前も同じような会話したよな。」


麗香「そう?覚えてないけぇ。」


花奏「えー?あ、そっか。」


麗香「何けぇ。」


花奏「麗香、案外記憶力悪いもんなぁ。」


麗香「なっ…そんなことないけぇ。少なくとも花奏よりは絶対にいいけぇ。」


花奏「まあまあ、そんな意地にならんでや。冗談やって。」


麗香「いつの間に意地悪になったけぇ。」


花奏「前からこんなもんやろ。」


麗香「はいはい。元から意地悪だったけぇ。そういうことにしておいてあげるけぇ。」


花奏「ふふっ。あー、これこれ。麗香って感じするわ。」


口元に手を当てて

擽ったそうに笑う花奏を見ていると、

本当にあの事件の一環は

終わりを迎えたんだなと思う。

表面上は。


あの事件。

花奏が事故に遭った事件。

合わせて、花奏がタイムリープしていた件。


相当精神的に苦しんでいた彼女を

見たことがあったからこそ、

今の平穏がどれほど儚いものか

重々に承知している。

それを崩すこともまた

許されないことなのだろうなともわかる。

終わったことに首を突っ込むべきではない。


でも。

…でも、あて達から見て

終わっている出来事でも、

花奏の中ではまだ完全には

終わっていないのかもしれないなんて

思う時がたまにある。

それは、主に夜中にツイートされる

彼女の言葉を見て思っていた。

文脈はぐちゃぐちゃ、

内面の整理がつかないままツイートして、

後から見返すと多分気持ち悪い等思って

それを消し無かったことにする。

そんな行動が時折見て取れた。


ずっと聞きたくて仕方なかった。

まだ、しんどいんじゃないかって。

もしかしたらまた別の厄介なことで

悩んだり迷ってたりするんじゃないかって。

もしかしたら今日だって

何回目かの今日かもしれないし。

変な方向へ思考や常識が

捻じ曲げられてから、

敏感になってしまった気はする。

それはみんなそうなのだろう。


あてだけじゃなくて、9人みんな。


麗香「それは悪口けぇ?にぃ?」


花奏「そんなわけないやろ?」


麗香「確かに。花奏はそういうやつじゃないけぇ。」


立ったままでいるのも疲れるので、

花奏の座っていた場所の

正面に腰を据える。

どかっと肘をついて、そこに頬を乗せた。

足を組んで、思いっきり猫背になって

部屋の中にある小さな窓を見やる。

いつかのときもこうしていたような気が

しないでもない、か。


花奏「麗香はどうしてここに来たん?」


麗香「あー…愛咲先輩から逃げるためけぇ。」


花奏「今日登校日やったっけ。」


麗香「そう。」


花奏「いいやん、話してきいや。」


麗香「羽澄先輩達と話してたから、距離をとっただけけぇ。」


花奏「へえ。案外気い遣ってんねんな。」


麗香「気遣うっていうか、卒業まで残り少ないし、同級生との時間を大切にして欲しいって思っただけけぇ。」


花奏「じゃあ、気遣うっていうよりは優しさなんかな。」


麗香「優しさは気遣いとほぼ同義だと思うけど…あれ、それだと結局あては気を遣ってることになるけぇ?」


花奏「ふふ、そうかもな。ええやん、親しき仲にも礼儀ありっていうし。」


麗香「ま、そういうことけぇ。」


テストも終わってすぐだったので

頭を使うことを忘れてしまったみたい。

今日くらい考えることとは

離れていたっていいだろう。

少しくらい、休んだって

神様は許してくれるはずだ。


神様に頼るなんて母親みたいで

大層気悪いけれど、

今日は浮かれているのかもしれない、

そこまでゔっとは来なかった。


それから花奏とは最近の話をした。

テレビ何見たか、とか、

勉強の具合はどうだとか。

やはり話題に上がってくるのは

受験の話が多かった。

3年生も卒業するし、

後2ヶ月も経てばあてだって

受験生になるのだから。

その他には、また猫カフェに

連れて行って欲しいだとか、

最近暖かくなったねだとか。

話をするとするほど、

不可解な出来事の話を

持ち出さないようにしようという

雰囲気を感じ取っていた。


だからあても、聞かなかった。

聞けなかった。

最近おかしなことない?って。

そのたったひと言だったのに。

ふんわりとたった今咲いたばかりのような

幼い笑顔を見ていると、

やはり今を壊したくなくてやめた。

あてはあてが思っている以上に

臆病だったんだなって

今更ながらに思う。


いつの間にか話し込んでいたようで、

時間が経っていた。

はっとして改めて花奏を見ると、

また目を細めてこちらを見ていた。


花奏「そろそろやね。」


麗香「え?うん。そろそろけぇ。」


花奏「愛咲んとこ、行かんでよかったん?」


麗香「また会いたきゃ会うけぇ。」


花奏「仲ようなったんやね。」


麗香「前々からけぇ。」


花奏「あ、なんていうんかな。4月に比べてっていうかさ。」


麗香「その時に比べれば先輩後輩っていうよりは友達って感じになったけぇ。」


花奏「やっぱりみんな変わったよな。」


麗香「まぁ、そうとも言えるけぇ。」


花奏「他に言い方あるかいや?」


麗香「それこそ、さっき花奏が言ったように仲が良くなったとも言えると思うけど。」


花奏「…ふははっ、そうやな。」


儚げではなく、少しばかり

豪勢に笑うとがらがらと

音を立てて椅子から立ち上がる彼女。

それにつられるようにして

あても席を立つ。


先ほどから進まない会話を

繰り広げていたけれど、

これはこれで居心地はよかった。

そういえば愛咲先輩と

話している時もこんな感じだったなと

不意に思い出す。


やっぱり、少しだけでもいいから

話しておけばよかったな、なんて。

そういえば花奏こそ

三門先輩と話さなくてよかったのだろうか。

ちらと花奏のいる方を確認すると、

扉の元へ行ってドアノブを握っている。

そして、きいぃと音を立てて開くと、

そのまま手で押さえてくれていた。


花奏「どうぞ。」


麗香「ありがとう。気がきくけぇ。」


花奏「あはは。何なりとどうぞ。」


麗香「ふむう、くるしゅうないけぇ。」


花奏「ふふ。」


こんな感じだったっけ。

あても、花奏も。

何だかそれぞれ浮かれているのだなと

再確認する他なかった。


扉から出ると、まだ生徒がいくらか

騒いでいるのが聞こえた。

そして花奏のほうへと振り返ろうとした時、

視界の隅に映る人影があった。

壁に背を寄せているようで

微動だにしていなかったけれど、

ふと、あてのことを見たような気がした。

花奏を見るよりも先に

そちらへと目がいってしまう。


麗香「…あ。」


そこには、スマホをいじっている

三門先輩が壁にもたれかかっていた。

あてのことをじっと見ては、

スマホを持った方の手で

緩く手を振っている。


花奏「麗香?どうしたん…」


言葉は尻すぼみながら事切れた。

それは、三門先輩を見つけたからに

他ならなかった。


三門先輩はあて達の話を

聞いていたのか否かわからないが、

少し離れた位置にいた。

足音を立てずにこちらに寄ってくると、

よりはっきり彼女だと視認できる。

あてより少しだけ小さいけれど、

これでもひとつ上で先輩だ。

そういえば花奏も

年齢でいえば先輩なんだっけ。

本当、年齢関係なく友達という

型にはまったなと思う。


歩「よ。」


花奏「よ、やなくて。どうしたん?」


歩「たまたま嶺が見えて、こそっと追ったらここに来た。」


麗香「ストーカーけぇ、ぶーぶー。」


歩「追っかけたのは悪かったよ、ごめん。でも話は聞いてないから。」


麗香「本当けぇ?」


歩「さっきまで向こうにいたの見てたでしょ。あそこまで聞こえるかって。」


麗香「とか言いながら絶対聞いてたけぇ。」


歩「廊下がうるさくてたまんないから無理だっての。そんなに聞かれたくないことでも話してたわけ?」


花奏「全然。天気の話とかやったで。」


歩「世間話?」


麗香「そんな感じけぇ。」


歩「あそ。ま、あんた見つけれてよかった。」


そう言っては、もちろんあてではなく

花奏の方を見ていた。

2人は最近学校以外で

会ったり話したりしているのだろうか。

あては最近愛咲先輩を誘って

遊ぶことはなかったななんて

自分に当てはめて考えていた。


花奏「なんか用事やったん?」


歩「ん、まあ少し話せたらなって思ってたくらい。」


麗香「ふふーん、寂しくなったんだけぇ?にぃ?」


歩「受験もひと通り終わったし、せっかくならと。」


麗香「素直じゃないけぇ。」


歩「うるさ。」


花奏「あはは…まあまあ、お互いちくちくせんの。」


麗香「とか言って、さっき花奏もちくちくしてたけぇ。」


歩「そうなの?意外。」


麗香「ちぇ、あてだけけぇ?」


花奏「歩には勝てへんからせんのや。」


歩「は?うざ。」


三門先輩は相変わらず

口調が強いなとは思うけれど、

花奏はごめんごめんと軽く謝っては

くすりと笑っていた。


刹那、予鈴が鳴り響く。

意外な組み合わせの3人だったけれど

居心地はよかった。

だが、2人でも少しくらい話したいだろう。

あてだったらそう思うから。


麗香「んじゃ、あては先戻るけぇ。次移動教室だったし。」


歩「ふうん。」


麗香「んじゃ、おふたりとも帰る時は気をつけてー。」


花奏「うん、ありがとな!」


歩「じゃ、また。」


麗香「うん。また、けぇ。」


また。

また、なんて後数えるほどしか

ないかもしれないのに。

もしかしたら最後かもしれないのに。

そんなことを考えるけれど、

いつだって何故か愛咲先輩なら

どういうかなと考えてしまう。

愛咲先輩だったらきっと、

「これを最後にしなきゃいい」って

いきいきと咲く花のような笑顔を浮かべて

よく通る声で言うんだろうな。


2人に軽く手を振って、

廊下の方へと戻った。

暖かくなったとはいえまだ2月。

パーカーに手を埋めながら、

近々愛咲先輩や羽澄先輩を誘って

出かけたいななんて感じていた。


自然と体が軽かった。

まるで猫になったみたい。

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