第二話 竜殺し
Part1
青々と木々が生い茂る、とある山中。
木陰の中を一人の幼い少女が、カゴを背負って険しい獣道を物ともせず慣れた足取りで進んでゆく。
「あまり奥には行っちゃだめ。日がてっぺんに行ったら帰る。……よしっ!」
両親からの言いつけを改めて自分に言い聞かせ、まだ蒼い空を見上げて頷きながら。
「きのこに山菜どこかなー、出てこーい」
少女がここに来た目的は食材集め。今日の夕食をより美味しいものにする為、そして町で待っている家族に喜んでもらう為。少女は足取り軽くも注意深く辺りを見渡し、図鑑で調べた食べられる山菜やきのこを摘み取っていく。
「声……女の人?」
そんな少女の耳に、聞き慣れない声が届いた。
「綺麗な歌……」
まるで朝の小鳥のさえずりが優雅に音階をなぞりメロディを奏でているような、儚くも美しく心地良い音色に惹かれ、導かれるように、少女は険しい坂を降りていく。
木々の間を通り茂みを抜けた先には、麓の町に繋がる透き通った川の清流。
「真っ裸の、妖精さん……?」
そして同性の、しかもまだ10歳にもなっていない幼い少女ですら見惚れてしまう程の、あまりにも美しい乙女。恐らく15歳前後であろうその少女は白金のような長い髪をなびかせながら、触れれば折れてしまいそうなか細くも美しい裸体を惜しげもなく晒して川で水浴びをしていた。
「あなた……このあたりの子?」
「ご、ごめんなさいっ!」
気付いた白金の乙女に声をかけられると、少女は謝りながら慌てて茂みに隠れてしまう。声もかけずに水浴び中の裸を見てしまった。見惚れてしまった。思わぬ失礼をしてしまったと少女は自分の行いを反省しながら目を塞ぐが、そんな少女に乙女は優しく声をかけた。
「隠れないで。大丈夫だから、ね」
そう言われると、少女は恐る恐る茂みを出て白金の乙女に姿を見せ、再び乙女の容姿に目を奪われる。
「綺麗……」
思わず口にしてしまう少女。それ程までに、乙女は美しかった。緑の宝石のようなつぶらな瞳に整った顔立ち。起伏の少ないスレンダーな身体に、さらさらの白金の髪。最初に口にした通り、人間離れしたその美しさはまるで妖精のようで、見つめるのは駄目だと頭ではわかっていながらも目を離すことを少女に許さなかった。
「傷、たくさん……」
だが同時に目を引くのは、その華奢で美しい裸体に刻まれた痛々しい傷痕の数々。治りきっていない切り傷や青い痣、擦り傷。一体何をしたら、こんなに傷だらけになるのだろうかと、少女の頭に疑問が浮かぶ。
そしてその答えは、乙女の左手の甲にくっきりと刻まれていた。
「もしかして、剣士さん?」
「うん」
「じゃあその傷も、戦ってできたんだ。かっこいいなぁ……」
身体の一部に紋章を持つ者、加護の剣士。予言に従い、神の加護を受けて世界を脅かす魔神王を打ち倒す為に旅立った剣士たち。きっとこの美しい乙女はそれなのだと、彼女自身の頷きもあり少女は理解した。
「お姉ちゃん、お名前なんていうの?」
「クラリス」
「クラリスちゃんかぁ……。可愛い名前だねっ!」
「ありがとう。あなたは?」
「あたしはね、サラっていうの!」
「うん、いい名前」
互いに名を明かすと白金の乙女クラリスは軽く布で体を拭い、裸のまま少女サラの隣の岩に座って語り始める。
「さっき私の事、妖精って言った……よね」
「ご、ごめんなさい!」
「私ね……人間じゃないの。妖精でもないけど」
「どう見ても人間だよ? すっごく綺麗だけどさ」
「死なないの。例え殺されても絶対に死なない。人間面した
幼いサラはまだ事知らないが、今王国内で噂になっている祝福の剣士。加護の剣士たちの中でも、不死という異常にして最高の加護を得た神に愛されし者。それがクラリスである。
そして彼女自身の言うとおり、その不死性は絶対だ。
「すごい、クラリスちゃん不死身なの!? 無敵だよ、最強だよっ!」
不死がどういう事かも知らず、無邪気にはしゃぐサラにクラリスは優しい声で問いかける。
「サラ、痛いのは嫌?」
「あたし痛いの嫌いー」
そう、誰だって痛いのは嫌いだろう。当たり前の事だ。その上で、クラリスは不死という祝福の裏側を語る。
「死なないって事はね、ずっと痛いの。内臓を抉り出されても、触れないくらい熱い焼けた剣で全身を引き裂かれても……終わりがないの。ずっとずっと痛いまま。死ねたら楽なのにずっとずっと痛くて苦しくて辛くてみんな死んでも私ばっかり置いて行かれてずっとずっとずっとッ!!」
絶対的な不死性に蝕まれた心。どんな痛みからも苦しみからも決して逃れる事は許されず、死という救いすら与えられずに地獄の苦痛を味わい続ける。そしてどんな惨劇の中で、仲間が全て死に絶えようと自分だけは必ず生き残ってしまう。
ズタズタに傷ついた心を、耳を傾けてくれるサラを前にしてクラリスはさらけ出さずにはいられなかった。目に涙を浮かべ、子供に聞かせる事ではないとわかっていながら、理性すら働かずに。
「クラリス……ちゃん……?」
「ごめんね、ちょっとおかしくなってた。本当に私って……」
「こっちこそごめんなさい、クラリスちゃんの気持ちも考えないで……」
サラは理解した。不死とは、決して幸せなものではないのだと。不死故にクラリスは酷く辛い思いをしていたのだと。
そしてクラリスは、川辺に置いていたボロボロの衣服を手に取るとそれらを身に纏い始めた。
まずは股上がとても長いズボンを履いて座り、上に服を着る。そしてズボンと服が重なる部分を紐で巻いて背中で結んで立ち上がる。後は膝当てとグローブを着けて、靴を履けば完了だ。
その過程を見て、サラはある事に気付く。
「クラリスちゃん、下着は履かないの?」
今のクラリスは、下着を履いていない。裸の上に直接ズボンを履いていたのだ。
「サラは履いてるんだ」
「え、うん」
「私は農村の生まれだから、履かないのが普通なの」
それなりに良い家に生まれたサラには馴染みのない事だが、クラリスが生まれたような農村などの庶民では、これは普通の事。直接肌に密着する下着に使えるような布は、庶民にはなかなか手が出ない高級品である。その為クラリスのような庶民は下着を着けず、肌に密着しない余裕のあるゆったりとした衣服を紐で結んで着るのがスタンダードなのだ。
更に言えば今着ている服はかなりの安物の中でも、虫食いなどで傷み廃棄処分寸前のものを値引いた代物。本来ならば貴族などが奴隷に着せる為にまとめて買い取るような物である。
「そうだ、今日はあたしの家においでよ!」
「サラの家に?」
「今日のお夕飯はシチューなの。ママのシチューはとっても美味しいんだよ。一緒に食べよっ」
「なら……お言葉に甘えて」
そんな貧しい剣士への施しか、はたまた単に友情の証なのか。ともあれサラに誘われるまま、クラリスは彼女の家を訪ねる事になった。
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