Part4

 グラスドッグを初めて倒したこの日の夜。


 山の洞窟まであと少しというところまで歩いた一行は、一旦足を休めて火を焚き、野営を始めていた。


「みんな、スープできた」

「なんか色薄いな」

「よくお母さんが作ってくれたの」


 皆が羽を伸ばして疲れを癒やす中、クラリスはスープを作って皆に振る舞っていた。キャンプで作りやすいようにアレンジはしているが、故郷でよく母が作ってくれたものだ。


「うん、美味しいよクラリス」

「なんだか身体に良さそうな、ほっとする味だよ」


 クラリス特製の野菜スープは戦いに疲れた一同の身体の隅々まで染み渡り芯まで温め、心も癒やしてゆく。オートミール入りのおかげで腹持ちがよく、満足感もあった。


「そうか? 俺はもっと刺激があった方が……」

「このバカ舌は気にしないでね」

「誰かバカ舌だ!」


 リックにとっては薄味だったようだが、何の遠慮のないその発言にミミィは慌ててフォローする。


「今度はもう少し、味が濃いのを作ってみる……」


 だが傷つくかもしれないというミミィの懸念は杞憂だった。

 リックの不満げな言葉を聞いたクラリスは、いつかリックの舌も満足させてみせると。拳を握り、次の料理の機会へ向けて静かに闘志を燃やすのだった。






 食事を終えた後、毛布に包まり星を眺めながら座り込むクラリスにミミィが話しかけた。


「ところで不死身ってさ、どんな感じなの?」

「どんなって……」


 どうやら彼女は、クラリスの不死に興味があるらしい。今の所クラリスも不死という事はオープンにしており、特に隠すべき部分もないと考え包み隠さず質問に答える。


「絶対に死なない! やられても平気、無敵! みたいな?」

「そんなのじゃないと思う……」

「なら死んじゃっても生き返るって感じ?」

「うん、多分そう。動けなくなって、しばらくしたら元通りになってる」


 一度しかまだ経験していない為確実とは言えないが、クラリスの不死は決して無敵ではない。戦闘においては普通の人々と同じように攻撃を受けたら怪我もするし動けなくもなる。ただ、心臓が止まらないというだけだ。

 それからゆっくりと時間をかけて、身体が元に戻ってゆくのがクラリスの不死だ。


「不思議だねー。レオンくんの加護も不思議だけどさ」

「彼の加護って、どんなの……?」

「傷の治りが早いとか、運がちょっとよくなるとか……そんな感じ!」

「他の人は、そうなってるんだ……」


 そしてクラリスもまた、自分とは違う他人の加護の力を知り、そういうものもあるのかと頷く。


「何の話してるんだ?」

「あ、レオン!」

「加護の事をちょっと……」

「そんな話してたのか」


 加護について語る二人の元に、レオンがやってきて声をかける。そんな彼の顔を見て、ミミィは何かを察したようににやけ面を浮かべた。


「リックは?」

「寝たよ」

「私もあと一回結界に魔力入れたら寝よっかな」

「お疲れ」

「二人も程々で寝なよぉー」


 その後、そう言ってクラリスとレオンの元に背を向けて地面に描いた魔除けの魔方陣の中心へ向かうミミィ。


 そして二人だけになったところで、レオンは意識してしまうのか、クラリスから目をそらしつつも声を詰まらせながら声をかける。


「まあその……なんだ。不死だからって気負い過ぎるなよ」

「やっぱり……思ってしまうの。自分だけ死なないなんてずるいって。だから私がもっと、頑張らないといけないって……」

「死なないからって全部お前に押し付ける程人間は無責任じゃないさ」

「……頑張ってみる」


 レオンの言うように、確かにクラリスは気負い過ぎている面があった。死なない自分は、誰かの死を代わりに引き受けなければならないという責任感と、初めて殺されて受けた痛みの間で悩んでいた。


 だがレオンの励ましに、クラリスの気は少しだけ気が楽になっていた。


「まあ今日は寝ようぜ。明日はいよいよだからな」

「うん、おやすみ」


 夜が明けたら洞窟攻略。その為にも今は身体を休める事が先決だ。

 会話を終えると二人はそれぞれ自分の毛布に包まり、横たわった。ここまでずっと、クラリスは気付かなかった。自分と話す時のレオンが、顔を赤く染めていた事に。


「まだ早い。まだ早いぞ、俺……!」


 加護の剣士とはいえレオンもまだ思春期の少年。一度意識してしまってからというもの、彼の頭からはクラリスの姿や可愛らしい仕草が一時も離れずにいた。


 だがまだ一目惚れのようなものだ。告白にはまだ早いと。そう自分に言い聞かせて気持ちを抑え込みながら、レオンは一人悶々と夜を過ごすのだった。


 

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