第一話 冒険者たち
Part1
旅立ちの日から三ヶ月。
「おーい、どしたクラリスー」
「あ……ごめんミミィ。街の食べ物って、こんなに美味しいんだって……」
「考え事してたよね、してたよね!」
「まあ……ちょっと」
椅子に座り、食べかけのパスタを前にぼーっとしていたクラリスに、ピンクの髪の少女ミミィが声を掛ける。壁に立て掛けた杖が示すように、彼女は魔法使いである。
王都からの旅における越えるべき最初の壁、ウル山脈に最も近い街、イズール。その路地にあるレストランでクラリスは今、仲間の冒険者たちと食事を共にしていた。
「もしかして不死身って事、気にしてんのか?」
「やっぱり、ずるいよね。私だけ絶対に死なないなんて」
仲間の一人である黒髪の少年の問いに、クラリスは自嘲するようにそう言うが、ミミィがその言葉に待ったをかける。
「加護って人によって効果が違うんでしょ? それでクラリスちゃんは最強だった。それは才能だよ!」
「それでも、こんなの弱い私には勿体無いなって思って……。それこそレオンみたいな強い人じゃないと……」
「別に不死身にしてくださいって頼んだわけでもないんだろ。いい物拾ったって思って受け入れちまえよ」
「……うん、そうする」
ここにいる仲間の中で、黒髪の少年レオンはクラリスと同じ加護の剣士だ。他にはミミィともう一人の少年がいるが、彼ら二人は加護の剣士ではなくレオンに誘われた冒険者である。
レオンは加護を受けたものの、クラリスのような不死ではない。殺されれば死ぬ、その点においては普通の人間と何ら相違ない。
だが彼は強かった。クラリスを惨殺したグラスドッグを難なく蹴散らし、さらに強力なモンスターとも渡り合える実力。人を引きつける魅力に、仲間を的確に動かす指揮能力。どれを取ってもクラリスよりも遥かに強く、まさに勇者と呼ぶに相応しい存在とも言えるだろう。
その証拠に冒険者としての格付けは早くも第三等級。未だ最下層である第五等級のクラリスの二つ上である。
「オレはクラリスが不死で大正解だって思うぜ!」
「リック、お前ろくでもないこと考えてるだろ」
「バカ言え! こーんな美少女が死んだらそれこそ人類の……いや、世界の損失だろうが! 神様もそう考えてクラリスを不死にしたんだぜ、絶対!」
もう一人いる金髪の少年の名は、リック。ややスケベな一面のある戦士で、武器はバトルアックスだ。
「んなわけあるか」
「えー、あたしは案外間違ってない気がするよ?」
クラリスが可愛いから神に好かれ、不死になったという荒唐無稽な主張にレオンは即座にNOを突きつける。一方ミミィはその考えを否定しなかった。
「神様の加護の強さって、人によって違うじゃん。それが神様の気分とか好き嫌いで決まるんだとしたらさ。不死なんて凄いのをもらったクラリスちゃんは、本当に神様に好かれてるんじゃないかな」
彼女の言うように、加護の剣士が受ける恩恵の強さは人によって異なる。また効果も様々で、大きく人の能力を逸脱する事はないものの身体機能や精神的な部分の強化、果てには具体化できない運勢などの運命的な要素に影響を及ぼす事もある。
それらの違いが神の気まぐれによるものなのだとしたら、不死という人の域を超えた力を与えられたクラリスは何なのか。それこそ神に愛されているのだろうと、ミミィも考えていた。
無論、その理由が容姿の可愛らしさではないとは思っているが。
「あんたら黙って食いな!」
そうして会話に盛り上がるレオン一行に、店主の女性が一喝する。
「クラリスちゃんを見倣ったらどうだい!」
「いえ、すごく美味しいのでつい……」
会話に夢中のレオン一行の中で一人だけ、夢中でパスタに舌鼓を打っていたクラリスを除いてだが。
先程少し考え事をしていた彼女だったが、我に返ってからは一転。小さな一口でぱくぱくと、小盛りのトマトソースマカロニを黙々食べ進めていた。
味付けはシンプルなトマトソースだがトマトのさっぱりとした酸味にニンニクの香りと旨味、唐辛子のピリッとした微かな辛味がクラリスの控えめな食欲を掻き立てる。
そしてそのソースが絡むのは、もっちりとした食感で食べやすくも満足感のあるマカロニ。一口を小さく食べられるのも、クラリスにとっては嬉しいポイントだった。
「ほんっとにいい子だねクラリスちゃんは。決めた、あのバカ共とは違っていい子のクラリスちゃんにだけ特別サービスだ! 好きなだけお食べ!」
「そりゃねぇぜ姐さん!」
「差別だ差別ー!」
「俺もバカなのかよ!?」
そうして食事を楽しんでいたクラリスに対し、他の仲間たちは雑談ばかり。それならとクラリスにだけサービスしようとする店主に対し、食べ盛りの少年少女たちは抗議の声を上げた。
「食べ切れないので、他のみんなに食べさせてあげてください。私はこれでお腹いっぱいですから」
そんな彼らを見かねてか、クラリスはそう言って救いの手を差し伸べる。
尚、食べられないというのは本心。普通の6割ほどの量の小盛りで彼女の腹は充分に満たされていた。
生まれつき病気で、野菜が溶けるまで煮込んだスープやオートミールなど、柔らかい食事を少ししか食べられなかった為、クラリスの胃は他の仲間たちよりもかなり小さいのだ。
加護により病のない身体を得た事で、ニンニクや唐辛子などといった刺激物が食べられるようになっただけでも彼女にとっては奇跡のようなものである。
「だとさ。この子に免じてあと一皿サービスだ」
「優しさが沁みるよぉ……」
結局クラリスの優しさのお陰で、サービスしてもらえる事になった一行。
そんな彼らの様子を見守り微笑むクラリスに、店主は一杯のグラスを差し出した。
「ジュースなら飲めるかい、クラリスちゃん」
「ありがとうございます」
「この店で一番高いやつだよ。これはクラリスちゃんにだけのサービスだ」
中に入っているのは、黄金のような色のフルーツミックスジュース。あまり食べられないクラリスでもドリンクならという心遣いだ。
爽やかだが複雑な味わいの、甘酸っぱいジュースは美味であると同時に、先程のパスタで残っていたニンニクと唐辛子の後味をさっぱりとリフレッシュさせてくれる。
まさに至福のひととき。ジュースをちびちびと舐めるように飲むクラリスは、幸せのあまり思わず顔を綻ばせていた。
(か、可愛い……!)
用があり話しかけようとしていたレオンだったが、そんなクラリスのあまりの可憐さに近付くことすら躊躇してしまう。
決して彼は、そんなつもりでクラリスを仲間に誘った訳ではない。だがそれでも、真面目な彼でさえ思わず恋心を抱いてしまう程に、今のクラリスは愛らしかった。
「なあ、クラリス」
「どうしたの、レオン」
それでも意を決して話しかけたレオンに、クラリスは振り向いてつぶらな瞳を向ける。
すっかり意識してしまい、気圧されるレオンだったがなんとか気を取り直して話の本題に入った。
「誘っておいてなんだけどさ、その装備じゃこの先キツいと思うんだ。飯食い終わったら武具屋に行ってみないか」
「でもこれが持ち慣れてるし、私は弱いからこれで充分……」
「だったら尚更じゃないか。強さに自信がないなら、それだけいい装備で補わないと」
「……わかった。行ってみる」
レオン一行の中で、一人だけ装備のランクが極端に低いクラリス。価格にすれば10倍近い差だ。
その現状を改善しようとするレオンの誘いに乗り、この後の予定は武具屋での買い物と決まったのだった。
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