50 本当の恋人

 日曜日がやってきた。俺は安奈がやって来るのをリビングで一人待っていた。インターホンが鳴り、俺はそれに出た。


「開けてるから、入っていいぞ」

「お邪魔します」


 安奈は紺色のワンピース姿だった。フリルやリボンがついており、非常に可愛らしい。


「それ、似合うよ。可愛い」

「ふふっ、ありがとう。達矢こそ、染めたんだ?」

「うん、どうだ?」

「すっごくカッコいい! さすがわたしの彼氏だよ。どんな髪型も似合っちゃう」


 まずはダイニングテーブルで、紅茶を飲んだ。イギリス土産のやつだ。お菓子は適当にコンビニで買ってきたものを出した。


「映画でも観るか? そうだ、一緒に観たやつ、もうネット配信されてるぞ」

「でも、達矢は三回目でしょう?」

「あれ気に入ったから、何回でも観たいの」


 俺たちは、リビングのソファで隣り合って映画を鑑賞した。主人公がヒロインに告白するシーンは、三回目なのに、とても緊張してしまった。今なら彼の気持ちも少しは分かるかもしれない、と俺は思った。

 さて、そろそろか。俺は安奈を抱き寄せた。石鹸の香りがふんわりと漂った。


「……俺の部屋、行く?」

「うん」


 俺は自分の部屋に安奈を入れた。多少物が多いが、何とか体裁は整えた。


「思ってたより綺麗じゃない」

「良かったー! 必死に掃除したんだぞ?」


 自室には二人で座れる場所が一つしかない。すなわち、ベッドだ。俺からまず腰かけた。続いて安奈が隣に座った。キシッ、とベッドが音を立てた。


「なあ、安奈。俺の部屋に来たがったってことは、その……」

「うん。準備は、できてるよ」

「本当に、俺でいいんだな?」

「わたしは、達矢がいいの。わたしの初めては、全部達矢にあげたい」


 安奈は目を閉じた。それが合図だった。俺は優しくキスをした。

 全てが終わった後、俺たちは一緒にシャワーを浴びた。安奈の髪を、俺はバスタオルで拭いてやった。安奈もお返しに俺の髪を拭いてきた。染めたばかりの俺の髪は、まだヘアカラーの匂いがしていた。


「痛くないか?」

「正直、すっごく痛い」


 下腹部を抑えながら、安奈が言った。ひょこひょことしか歩けていない。


「しばらく、ソファでゆっくりしようか」

「うん」


 俺たちは服を着て、ソファに座り、手を繋いだ。


「これで、今度こそ本当の恋人になったって感じ」


 安奈が幸せそうに目を閉じた。そして、俺の肩にもたれかかってきた。


「好きだよ、達矢」

「うん。俺も安奈のこと、大好き」


 俺は握った手に力を込めた。もう離さない。俺だけの安奈。彼女は言った。


「なんだか、不思議だね? お互いのこと、色々知ってるって思ってたけど、やっぱり知らないことばかり」

「ああ。あんなに可愛い安奈、初めて見た」


 先ほどの事を思い出したのだろう。安奈は俺の目を見て、頬を染めた。


「達矢だって、可愛かったよ?」

「やめろよ、もう」

「色々準備してくれてたんでしょう?」

「まーな」


 俺は時計を見た。父親がゴルフから帰ってくるまでには、まだまだ時間がある。母親は仕事だ。俺は安奈の頬をぷにっと指して言った。


「これから沢山、思い出作っていこうな」

「うん! 色んなとこ、デートしたい。付き合うフリ時代の達矢、どこへも連れてってくれなかったから」

「ああ、それは済まなかった」

「フリだったもんね?」

「もう、これからはそうじゃない」


 俺はもう一度、安奈にキスをした。これからは嘘をつかなくていい。誰にもつかなくていい。素直な気持ちのまま、過ごしていける。

 嘘をつくのは、必ずしも悪いことでは無い。嘘から始まる関係だってある。沢山悩んで、傷ついて、でもその先にはこんな幸福があって。それを俺たちは、大切にしていこう。


「なあ、安奈」

「なぁに?」

「呼んだだけ」


 俺は恋人の頭を撫でた。世界で一番大切な宝物。この俺が、彼女を幸せにしてみせる。だって、俺たちは、本当の恋人なのだから。

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偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~ 惣山沙樹 @saki-souyama

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