47 告白

 土曜日の午後。俺は安奈にラインを打った。


『話したいことがある。いつもの公園に来て欲しい』


 これで返信が来なければ、それはそれで安奈の答えだ。俺はベッドに横たわって目を瞑り、スマホを右手に握りしめていた。十分ほど経った後、それが振動した。


『わかった』


 短い返事。それでも良かった。俺はベッドから跳ね起きると、公園へ向かった。安奈は先に着いていて、オレンジジュースとコーヒーの缶を持っていた。


「買っといたよ。はい」


 そう言ってコーヒーを突き出す安奈。ショートにしてから、彼女の顔をハッキリ見たのは初めてだ。彼女は昔から髪が長かったから、とても違和感があった。でも、よく似合う。


「ありがとう」

「話って、何」


 冷たい声色だった。しかし、臆してはならない。俺は何度も何度も心の中で練習した言葉を紡ぎ始めた。


「俺、自分にとっての幸福が何かって、ずっと考えてた。そしたらやっぱり、安奈の顔が浮かんだ。他の奴らと居るときも楽しいけど、安奈と一緒に居る時が、一番幸せなんだ。だから、俺と付き合ってほしい」


 安奈は呆けた顔をしていた。


「もう一度言うぞ。俺と、本当の恋人になってほしい」

「達矢……それって、本当の気持ちだよね? わたしに気を遣ってとか、そういうのじゃないよね?」

「うん。俺、安奈のことが、人間として好きなんだと思う。友情とか、愛情とか、そういうのはよく分からない。でも、ただ、好きなんだ。一緒に居たいんだ。安奈は、どうなんだ?」


 ぽろり、ぽろりと安奈の涙がこぼれた。彼女の右手は、ネックレスをきゅっと握っていた。


「わたしも、達矢と一緒に居たい」


 俺は我慢できずに、安奈をぎゅっと抱き締めた。びくり、と彼女の身体は驚いたが、次第に俺に預けてくれて、二人の体温は交わった。彼女の短い毛先が、俺の頬をくすぐった。しばらくして、俺たちは身体を離し、見つめ合った。


「なあ安奈」

「なぁに、達矢」

「本当に、本当の恋人は俺でいいんだな?」

「うん。わたしの本当の恋人は、達矢しか居ないよ」

「本当の恋人ってことは、その、色んなことするぞ?」

「色んなって?」


 きょとんと安奈は首を傾げた。まるで分かっていない。どんどん恥ずかしくなってきた。しかし、俺は言った。


「その、キス、とか……」


 俺は安奈から視線を逸らした。心臓が口から飛び出しそうだ。


「こう?」


 安奈が俺の肩を掴んだ。そして、ふんわりと口づけをされた。


「ちょっ……!」

「な、何照れてんの!? 達矢から言ったんでしょ、キスって!」

「それでも、いきなりしてくるとは思わなかった! もっと心の準備させろよ!」

「そんなの要る!? わたしと達矢の仲だよ!?」


 顔を見合わせた俺たちは、どちらからともなく笑い出した。そうだ、これがいつもの俺たちだ。そして、これからは、新しい俺たちだ。俺は言った。


「親にも付き合ったこと、言おうか」

「そうだね。きっとびっくりすると思う」


 くすくすと笑う安奈。うん、こういう顔を見たかった。俺は安奈を家まで送って行った。ぎゅっと手を握りながら。去り際に、安奈が言った。


「じゃあ、明日からはいつもの時間に交差点でね」

「だな。クラスの奴らには、復縁したって言っときゃいいだろ」


 もう、恋人のフリは終わり。これからは本当の恋人だ。帰宅した俺は、夕飯のときに、両親に切り出した。


「あのさ。俺と安奈、付き合うことになった」

「えっ!?」


 驚いた母親が席を立ち上がった。それを父親がなだめながら座らせた。


「安奈ちゃんと、ってそれ、彼女になったってこと!?」

「そーだよ。言っとくけど、軽い気持ちじゃねぇからな? 俺なりに、色々悩んで出した結果」


 母親はまだ興奮が冷めやらぬようで、一体どういう流れでそうなったのか、根掘り葉掘り聞きたがった。


「まあまあ母さん、いいじゃないか。細かいところは」

「だって、あの安奈ちゃんよ!? 本当に結婚するとは思ってなかった!」

「母さん、まだ付き合っただけだから!」


 夕飯後、父親はコンビニへ行くと言って出て行った。風呂上がりに、俺は父親の部屋に呼ばれた。


「達矢。これ、渡しておく」

「何これ……って!?」


 それは、新品のコンドームの箱だった。


「ちょっ、その、なんでさ!」

「達矢と安奈ちゃんはもう高校生だろう。自分たちのことは自分たちで決められる年齢だ。だから渡した。女の子を傷つけないためだ。練習しておけよ」


 俺は箱をひったくって自分の部屋に戻った。鼓動がまだ鳴り響いていた。父さんめ、いくらなんでも急すぎるぞ。でも、本当の恋人ってことは、そういうことだよな。芹香と優太も、したって言ってたし……。


「あーもう!」


 とりあえず俺は箱を開けてみた。ビニールの袋に個包装された物が連なっていた。こんなもの、触るの初めてだ。でも、いつかその日が来るのなら。俺は唾を飲み込んだ。

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