42 土産

 ピアスをあけたことで、少しずつ何かが変わっていった。芹香のことを思い出す度、俺は耳に触れた。硬く冷たいピアスは、俺のお守りになった。

 安奈からは、俺を気遣うメッセージが来た。イギリス土産を渡したいとも添えてあった。それで、八月の中旬、いつもの公園に集まった。


「達矢」


 少しだけ前髪を切った安奈が俺に笑いかけた。


「それ、自分で切った?」

「うん。よく気付いたね。達矢こそ、ピアスあけてる」

「ああ」


 安奈は大きな紙袋を持ってきていた。中に入っていたのは、クッキーの缶と大量の紅茶のティーバッグだった。

 それと、貸しっぱなしにしていた例の小説も返して貰った。どうやら安奈には難しすぎたらしく、途中で読むのを断念したらしい。


「俺からも。これ、母さんが持っていけって」


 俺も紙袋を差し出した。地元の和菓子の詰め合わせが入っていた。俺たちは毎年こうしている。


「イギリス、どうだった?」

「ゆっくり……はできなかったかな。今回は色んな親戚が集まったから、忙しくて」


 それから俺たちは、夏休みの宿題の進み具合とか、それぞれの家族の様子とか、そんなことを話し合った。山手家と若宮家は俺たちを介して今も繋がっている。それが再確認できた。


「それでさ、安奈」

「なぁに、達矢」


 気持ちの良い風が、俺たちの間を吹き抜けていった。


「俺、芹香ちゃんとはこれからもいい友達でいる。もちろん、優太とも。また四人で遊びに行こうな?」


 まだ、完全に吹っ切れたわけじゃない。けれど、そうした決意を安奈に話すことで、心の整理がつく気がした。


「うん、分かってる。わたし、芹香ちゃんのことも優太くんのことも大好き。あの四人でもっと過ごしたい」


 相変わらず理解ある幼馴染だ。あの夏祭りは、俺たちの絆を深めるいい機会になった。


「それと、拓磨くんや香澄くんも。あの四人も、楽しかったよね?」

「ああ、そうだな。また放課後寄り道しようか」


 あの別荘以来、彼らとは会っていない。拓磨は大丈夫だろうが、香澄は今頃宿題で必死なのかもしれない。


「ねえ、達矢。やっぱり、わたしたち二人でも遊ぼうよ。夏休みはまだあるし」

「やだ。俺、残りの期間はのんびりしたいの」

「二人でのんびりしようよ」

「安奈が居たらのんびりできないんだよ」


 ぷくっと頬を膨らませた安奈は、恨めしい目を俺に向けた。


「達矢のバカ」

「はいはい」


 夕飯どきになったので、俺たちはそれで解散した。家に帰り、俺は母親にイギリス土産を見せた。


「わあっ、こんなに沢山! 嬉しいわぁ」

「母さん、紅茶好きだもんな」


 今夜のメニューはコロッケだった。それを食べながら、若宮家の近況について俺は両親に話した。


「静枝さんもサムさんもお元気そうで何よりね」


 安奈の両親のことだった。父親が言った。


「サムさんとはまた、飲みにでも行きたいんだがなぁ」

「もう、サムさんのペースに合わせてたら大変でしょう?」


 あちらの両親は二人ともお酒が強い。きっと安奈もそうなのだろう。ふと、芹香との約束を思い出した。二十歳になったら飲みに行こうという約束だ。今でも俺は、それを叶えたいと思っている。男友達として。

 そういえば、安奈とはどうなるのだろう。二十歳の安奈。今よりも、ますます綺麗になっていることだろう。その頃にはお互い恋人も居るかもしれない。安奈ともお酒を飲みたいな、と俺は考えた。

 夕飯を食べ終わり、風呂からあがると、ラインが来ていた。千歳ちゃんからだった。


『元気にしてる? 宿題の進み具合はどう?』


 そんな、何気ない内容だ。俺はすぐに返信した。


『元気だよ! 宿題もあと少しで終わる』


 読書感想文はできていた。ほとんどがあらすじを書いただけで終わった気がするが、こんなものは字数が足りていればそれでいいのである。


『私はもう終わったよ!』

『早いな。さすが千歳ちゃん』

『それでね、近いうちに会わない? 行きたいケーキ屋さんがあるの』


 ケーキか。久しく食べていないな。気分転換にもなりそうだし、いい機会かもしれない。


『いいよ! いつにしようか? 俺は明日でもいいよ』

『私も大丈夫! ねえ、今電話してもいい?』


 俺はベッドに寝転がった。


『いいよ』


 すぐに電話がかかってきた。


「達矢くん?」

「あいよ」

「えへへ、電話した方が早いと思って」

「そうだな。そのケーキ屋ってどこにあるんだ?」


 ケーキ屋は、俺と千歳ちゃんの丁度中間地点の駅前にあるらしい。俺たちはその駅で待ち合わせることにした。


「でも、本当にいいの? 私と二人で」

「えっ、いいぞ? 何か問題あるか?」

「安奈ちゃん、怒らない?」


 そうか、そうだった。普通は彼女持ちの男を誘うときは遠慮するもんだよな。俺は答えた。


「あいつのことなら大丈夫。言っても怒らないよ」

「そっか。良かった。じゃあ、また明日ね」


 それで電話を切った俺は、明日の服装を何にするか考えながら、眠りに落ちた。

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