18 ネイルと将来

 放課後になった。拓磨はバイトがあるから帰ると言い、俺と香澄だけで芹香の席に向かった。

 香澄は芹香の前の席に座り、俺はその横に座った。


「それじゃあ、よろしくね」

「はいはーい! この香澄さんに任せなさい!」


 香澄はまず、ハンドオイルを取り出し、芹香の手をマッサージするかのようにすりこんでいった。ぶっちゃけ、羨ましい。香澄も芹香も小さな白い手をしていて、それが絡み合う様子は思わず赤面してしまうようなものだった。


「じゃあ、爪の形整えていくよー」


 香澄がヤスリで芹香の爪の先を丸くしていると、声がかかった。


「達矢、何してるの?」


 安奈だった。いけねぇ、こいつのこと忘れてた。迎えに来てくれないからと、一組の教室に入ってきたらしい。


「香澄が芹香にネイルするっていうから、見学させてもらってんの」

「そうなんだ! わたしも混ぜて!」


 そう言うと、安奈は芹香の隣の席に腰かけた。こんなことなら、先に帰っとけと言っておけば良かったなどと思いながら、俺は香澄の作業を見守った。


「ふうっ、甘皮もこれくらいでいいかな。それじゃあ塗っていきまーす」


 香澄は、ベースコートと呼ばれる乳白色のものと、黒と白のマニキュアをポーチから取り出した。メインは黒で、白はポイントとして薬指にだけ塗るらしい。


「いやぁ、お姉ちゃん以外の人にするの初めてだから緊張するなぁ」

「香澄って、お姉ちゃん居るんだ?」


 芹香が聞いた。


「うん! 三つ上で、大学通ってるよ。ボクは大学なんて行けるほど頭良くないし、ネイリストになりたいから、専門学校行くつもりだけどね」


 俺は口を挟んだ。


「凄いな。もう将来のこと決めてるのか」

「達矢は?」

「俺なんて全然。大学行きたいとは思うけどな」


 高校受験を終えたばかりで、今から次の受験のことなど考える余裕など俺には無かった。そして、安奈の方をちらりと見た。まさかこいつ、大学まで着いてこないだろうな。


「どうしたの? 達矢」

「いや、安奈は将来のこと考えてるのかなーって思って」

「わたしも大学には行きたいな。できれば法学部」

「へっ? 法学部?」


 それは、初めて聞くことだった。俺は安奈が法律に興味があるなんてことを知らなかった。


「そっかぁ。あたしなら文学部にするな」


 芹香が呟いた。ああ、良さそうだね、文学部。いかにも彼女らしいや。文学部が何をする学部なのかよく知らないけど。


「みんなは勉強頑張ってね! ボクはせめて赤点取らないようにだけ頑張る!」


 すると、芹香がプッと吹き出した。なにこれ可愛い。香澄だと、こうも簡単に笑顔が引き出せるのが、俺には羨ましくて仕方がなかった。

 黒と白のマニキュアを塗り終わると、香澄は小さなストーンをピンセットで器用に掴み、白に塗られた薬指の爪の根元に一つ置いた。これで、あとはトップコートという透明な液体を塗れば終わりらしい。


「わあっ、凄くカッコいい!」


 芹香は目を輝かせた。香澄は得意顔である。俺は安奈の顔をちらりと見た。ふふん、そういうことか。幼馴染のことだ、俺にはすぐ分かる。


「安奈もやって欲しいんだろう?」


 図星だったようで、安奈は慌てたように手を振った。


「全然! わたしなんか!」

「いいよー! 安奈ちゃんもやったげる! どんな色がいいかな? あんまり派手なのはよくないね。どんな色が似合いそうかなー?」


 香澄が一人で勝手に盛り上がり始めた。しかし、これでいいのだ。こうでもしないと、安奈は香澄に言い出せなかっただろうから。


「さーて、乾くの一時間くらいかかるよ! 芹香は指使わないでね!」

「うん、わかった」


 芹香が指を使えない、と聞いて、俺は妙案を思い付いた。


「俺、購買でお菓子買ってくるわ」

「待って! わたしも行く!」


 安奈が着いてきたのは予想通りだったので、それは別にいい。俺たちは教室を出て渡り廊下を通り、購買へと着いた。買ったのは、一口大のコーンスナックとプレッツェルだ。


「買ってきたぞー」

「わーい! ボク、そのスナック大好き!」


 ほくほくと微笑む香澄と、真顔でじっと爪先を見つめていた芹香。俺は袋を開け、中身を取り出そうとした。


「あっ、芹香ちゃん自分で取れないよね。わたしがあーんしてあげる」

「ちょっ」


 安奈が横からコーンスナックの袋に手を入れ、芹香の口に中身を放り込んだ。それ、俺がやりたかったのに! 女同士だからだろう、芹香は何の遠慮もなくもぐもぐと食べていた。安奈め、余計なことを。

 そうしてお菓子をつまみながらネイルを乾かしている間、話は将来のことに戻った。


「拓磨は頭良いからさ、できれば国立大行きたいんだって。学費も安いしね」


 香澄が言った。バイトと勉強の掛け持ちは大変だろうが、真面目な拓磨ならきっとやりこなすのだろう。ミナコーからは、毎年一、二名だけだが国立大への進学者が出ていた。きっとその中に入るに違いない。

 芹香のネイルが乾いて、今回はお開きとなった。明日は安奈のネイル会だ。香澄はどのマニュキアを選ぼうかと今からわくわくしている様子だった。

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