17 席替え
何とか安奈を泣き止ませて帰った翌日。今日は芹香のネイルが見られる日だ。俺はいつもより早く目が覚めた。それで、小説を少し読み進めたりなんかして、朝の時間を過ごしていた。
「おはよう! 安奈」
「おはよう、達矢。何だかご機嫌だね?」
「ちょっと早く起きてさ。小説読んでた」
電車に乗ると、安奈は昨日のことを弁解し始めた。
「ごめんね、泣いたりして」
「いいって。嬉し泣きだろ?」
「うん。実はね、今日つけてきちゃった」
安奈はシャツの襟を少し開けた。俺が渡したネックレスのチェーンがちらりと見えた。第一ボタンを留めていれば、飾りは見えない位置だ。特別な日にでもつけてもらえればと俺は思っていたのだが、どうやら肌身離さず持っていたいらしい。
「実はさ、拓磨と香澄にも選ぶの手伝ってもらったんだ」
「あっ……もしかして、この前の土曜日のお出かけって」
「うん、そういうこと」
さすがの俺も照れてきた。俺は安奈から視線を外し、窓の外を眺め始めた。そうしているうちに電車は駅に着き、俺たちはそれぞれの教室へ向かった。
「おはよう、芹香」
「ん、おはよう」
芹香の態度は少しずつではあるが軟化していた。こうして挨拶も普通に交わしてくれるようになった。それだけで俺は嬉しかった。
「そういえば、昨日は優太が来なかったんだよな」
「奴なりに、身の程をわきまえたんじゃないか?」
「そうだといいけど」
ふうっとため息をつき、芹香は自分の席に座った。そういえば、今日は席替えだ。朝のホームルームで、くじ引きが行われた。俺は芹香の近くになれますようにと念を込めながらくじを引いた。
「うわぁ……一番前かよ」
しかも、教卓の目の前だ。これじゃあ内職とかもできやしない。しばらくは真面目に授業を受けるしか無さそうだな、と思いながら、俺は拓磨に話しかけた。
「拓磨、どこ?」
「窓側の一番後ろ」
「いいなー!」
「まあ、オレの背だと邪魔になるし、どのみち一番後ろにしてもらおうかとは思ってたけどね」
俺は新しい席へと机を動かした。教卓は、思っていたより威圧感があった。周りには誰が居るのだろう、ときょろきょろしていたら、右隣の男子生徒に話しかけられた。
「よっ。一番前とかついてないよな」
彼は黒いスッキリとした短髪で、いかにも運動部という出で立ちの生徒だった。
「だよな。俺、山手達矢」
「知ってる。若宮安奈ちゃんの彼氏だろ?」
「ああ、知られてたか」
「オレは
やはり、運動部だったか。俺は中学から帰宅部なので、運動部の奴らとはあまりつるんだことが無かった。でも、一樹の爽やかな笑顔を見て、彼とも仲良くなりたいと思った。
「よろしくな、一樹」
「オレが寝てたら起こして。朝練でもうくたくたなの」
「ははっ、そうするよ」
一樹は腕を組んで満足そうに笑った。芹香はどこに居るのだろう、と探したところ、窓側の後ろから二番目の席に居た。拓磨の前だ。いいなあ、拓磨。彼のことだから、きっとむやみに話しかけることは無いんだろうけど。
「ねえ、達矢」
背中越しに声がしたので振り返ると、香澄が右斜め後ろの席に居た。
「おっ、香澄。割と近いな」
「だね。ボクのことも起こしてね?」
「おいおい、後ろなんだから寝ててもすぐわかんねぇぞ?」
それから俺と一樹、香澄は、授業が始まるまでしばらく語らった。
昼休みは、一樹は他の運動部の奴らと学食に行くと言い、席を立ってしまった。なので、空いた一樹の席に拓磨が来て、香澄と三人で弁当を食べた。
「あれ? 優太くん、今日も来ないね」
弁当を食べ終わり、香澄が言った。
「うちの安奈に、もう少し引けって言われたからな」
「あはっ、可愛いねぇ。確かにあの勢いじゃ、芹香も落ちないよ」
芹香は今日も一人でパンを食べていた。女の子のグループは既に出来上がっていて、そのどこにも属したがらないのだろうということは目に見えて分かった。なぜ、そこまで人を拒絶するのだろう。バスケ部を途中でやめたことと何か関係があるのだろうか。
「あっ、ボク、芹香の席に行ってくるね」
香澄が白いポーチを持って立ち上がった。俺と拓磨は、彼らのやり取りを見守った。どうやら今日使うマニュキアを見せているらしい。芹香の頬はゆるんでいた。いつもああいう表情をすればいいのに。なぜ、俺や他の生徒には見せてくれないのだろう。
「香澄のお節介、裏目に出なけりゃいいけどな」
拓磨が言った。俺は聞いた。
「というと?」
「芹香ちゃんが一人になりたいのには、何か理由があるんだろう。それを突かなきゃいいが」
俺の知らないだけで、中学時代の香澄は何かを引き起こしていたのかもしれない。そう思わされるセリフだった。
「きっと大丈夫だよ。ネイルのことだって、本人は喜んでるっぽいしさ」
「そうだな」
芹香が一人になりたい理由、か。俺はいつか、それを知りたいと思った。そして、教えてくれるように、信頼を勝ち取ろうと決めた。だから、優太のように俺も一歩引いて、じっくりと仲良くなろう。まだ、高校生活は始まったばかりだ。
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